手中の花
昔々とは言わないほどの少し昔。long long ago が long agoくらい昔。とある国に男がいた。この男、若い時分に随分と女遊びが激しい事で有名で、その噂は国内に留まらず、南方の部族の長から北の果ての貴族にまで届く程だった。ある時は夜街きっての女を手玉に取り、またある時は王家の末娘に手を出す程。男の周りは常に女で溢れ、色めいた話には事欠かなかった。
こんな男のどこがいいのか、街のむさ苦しい野郎共は言う。あんな男の何がいいのか、年頃の娘を持つ親は言う。なに、答えは単純な事、顔が良いのさ。凛々しい眉に柔らかく子犬のような目、かと思ったら艶やかに笑う唇。性格だって大したものだ。相手によってコロコロ対応を変えていく。可愛らしく甘えてみれば、色気を出して迫ってきたりもする、ちょっと情けない顔と声だってお手のもの。相手にとって一番良い顔、良い声、良い態度でどれだけ警戒されていようが、するっと懐に入り込んでしまう。いやむしろ色街の手練手管の女や徹底して警戒していたお貴族様の方が案外騙される。
しかしながら、そんな男も恋に落ちるなんて事があった。今まで散々好き放題した報いだろうか、意中の相手はこれっぽちも靡かない。なんなら冷たくあしらわれる始末。気になるだろう? その相手が。実は森に住んでる魔女が好きなんだとよ、しかも長年恋した相手だと。なんでも幼い頃に救われた、命の恩人なんだと。バカだよな、他の女に手を出すくらいなら一途にその魔女を想ってれば、他の女たちだって泣かずに済んだんだ。あっちこっちに手を出すクセに、魔女の元にずーっと通ってたんだとよ。
あ? その男の末路? あー……どうだったかなぁ、俺が子供の頃の話だからなぁ……死んだのは確かさ。なんてったって、ここらじゃ最近戦が多かった。徴兵されたか、巻き込まれたか、はたまたどっかで野垂れ死んだか。しかも森は真っ先に燃やされて魔女の行方も分からねぇ。お姉さん、なんだってそんな事聞くんだ?遠くから来てるみたいだが。あ?人に会いにきてた? はー手元の花は旅の土産?ご苦労なこった。
だったら諦めた方がいいかもな。ここらはもう人は住んじゃいねぇよ、戦で死ぬか、移住した。わざわざ持って来たところ残念だが、その花は近くの共同墓地にでも供えてやんな。




