遺言
幸せであれ。それが唯一の家族からの遺言だった。家族と言っても血縁関係はない。一緒に暮らしていただけ、けれど私達は確かに家族だった。だからこそ、あの一言しか記されていない遺言書を見て酷く落胆した。あの人にとって私はその程度の人なのかと。死別の悲しみの中に一呼吸の憎らしさがあった。もう少し言葉があってもいいんじゃないかと。
しかしそれが唯一の言葉であるなら、きっとあの人にも考えがあるのだろうと、四十九日を過ぎてから無理に自分を納得させた。そうしないと愛しさや悲しみより恨みが勝ってしまう気がしたから。数少ないあの人の取って置ける形見としての遺言書さえ破り捨ててしまいそうだったから。私とあの人の数少ない記憶を共有できる品。
死ぬ直前に私を見て、満足そうな顔をして逝ったあの人の気持ちはもう分からない。であれば、残った言葉くらいは私の好きなように解釈したっていいはずだ。だから、私はおそらく世間一般的に幸せと言われるものをとりあえず追い求めてみた。うまくいかない事の方が多かった。
元来、出世欲や物欲が薄い性質の私は仕事での称賛や、金銭の増減にあまり関心がない。むしろ自己顕示欲といったものもあまりなかった。むしろこんな私がそういった幸せを求めるのが間違いであった。
他にも色々、様々な人間の幸せと呼ばれるものに近づこうとしたが、やはりうまくいかなかった。しかし試行錯誤を繰り返す内に、家族を得る事となった。家族、あの人以来の家族である。あの人が死んでからすっかり失念していたが、家族もまた、幸せの一つと言えるだろう。せっかくだから家族、という形の幸せを目指してみることにした。
元々はあの人と同じ様に、一緒に暮らした。日々に少しずつ温度が戻ってきたような気がした。しばらくして子が産まれた。心臓から凪いだ温かさが全身に回る気がした。子が成長していった。一瞬一瞬も見逃したくないという執着に似ているが、もっと柔らかい感情ができた。二人目の子が産まれた。最初の子との違いが興味深かった、飽きずにずっと見ていられた。子供たちが成長した。日常が騒がしくなり、かつての静寂は遠くなったが、この日々がずっと続けばいいと思った。子供たちが巣立って行った。再び訪れた静かさが寂しかったが、不思議と満足感があった。子がさらに子を産んだ。もう見ることはないと思っていた、自分の血を継いだ赤ん坊を撫でたくなった。
そうして日々を過ごしているうちに、私はいつの間にか年老いて、身体も動かせなくなっていった。今ではもう生活のほとんどがどこかに座るか、寝てるかしている。ふと、柔らかな春の日差しにあたりながら考えた。今までの人生についてである。思い返せば、家族ができてから私の人生は暖かく、そしてかけがえのないものになった気がする。良いこともあれば、悪いこともあった。しかしそのすべてが私にとって必要不可欠であり、そのすべてがあって初めて私は今満ち足りた気持ちになっているのだと。数分、光の揺らめきを眺めていた。そうして気づいた。
ああ、これが幸せということか。
そして、ゆっくりと自身の意識が遠くなっていく。うっすらとこの後起こりうる事が理解できた。ぼんやりとした意識の中で紙とペンを取る。そうしてあの人のように記すのだ。
幸せであれ、と。




