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無題

 何もない。今日に至るまで何も。無味無臭、酷く乾燥した人生であった。

 思えば、物心ついた時からそのようであった。自ら何かを成そうという志どころか、そのようなことを考えることすらしなかった。思い付きもしなかった。

 両親の言うことに唯々諾々としたがい、反抗することすらなかった。学舎では教師に忠実な学生であった。大人が下す私の評価は聞き分けの良い子、だった。

 これは成人しても同様だった。上司に常に付き従い、仮に間違っているように思われても異は唱えなかった。上司からの評価は優秀で素直な部下、だった。

 家庭を持っても同様だった。元からの気質もあり、父母が望み、用意した女と結婚した。家督をついだため私が長ではあったが、実質的な権力は未だ父にありこれまでの生活とさして変わりはなかった。家族からの評価は先代を尊ぶ道徳心のある人という評価だった。

 のちに子が何人か産まれたが、名付けも、教育方針も父母に従った。妻は何か言いたげだったが、私が黙っているのを見て諦めたような目をするようになった。子供達は私と関わりはしなかった。

 気がつけば、子供達は手が離れていた。妻とは会話もしなくなっていった。しばらくして母が、ついで父が死んだ。遺言に従い、葬儀を執り行った。なぜか眼球は乾いたままだった。

 それからもう少しして妻が病気になった。どうも肺を患ったらしい。都会の空気は体に悪いから、と少し老けた娘の一人が自身の家に療養につれて行った。家の掃除が煩わしいな、としか思わなかった。

 日が経った頃、息子夫婦が孫を連れて訪ねてきた。歳だから隠居してはどうかと。自分達が住んでいる近くに引っ越して、妻と慎ましく生活するのもいいのではないかと話す息子の後ろで、孫が奇怪な声を上げて駆けずり回っていた。

 妻と隠居することになった。息子も娘も訪ねやすい土地に居を構えた。妻の病気は酷くなっているらしく、酷く咳き込んでいた。私は以前と変わらない生活を送っていた。

 冬に入る頃。妻は死んだ。死んで初めてしっかりと顔を見た。そこらにいる老女だった。

 それから満月になった頃。今度は私が肺を患った。なるほど。咳き込むはずだ。しかし、誰も見舞いには来なかった。私は使い古し、少し匂いのする布団に籠った。それが最後だった。

 雪の降る夜のことだった。

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