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標本

 この部屋は棚でできている。あくまで表現の一種だが、そういっても過言ではないくらいにこの部屋は棚がほとんどの面積を占めている。その棚の全ての段にところ狭しと並べられている物。一つ一つは小さいが物は一級品だ。種類は様々数多く。植物、鉱物、剝製……なんだってある。


 そんな棚に囲われた先、この部屋唯一の小さな窓。その前に古びた木製の机と椅子が置かれている。ここはある人物の特等席。今はもういない、土の下で静かに眠る人の席。その人はここで長く過ごしていた。子供の頃も、青年になっても、結婚しても、老いても。そんな少し変わっていると言われていた人。でもとても優しく、繊細な感性を持った人。私が大好きだった人。幼い私に棚においてある物を取り出して説明してくれた。私の祖父にあたる人。


 私自身はこの部屋と祖父には頻繁に関わっていたわけではない。家が遠く簡単に行き来できなかったのだ。しかしそれでも数少ない祖父との思い出は全部この部屋だった。ある時祖父は優しく私を抱き上げ、小さな石を取り出して光に当てて見せてくれた。祖父の石を持つ手が動く度に部屋中に散った光の欠片がチラチラと舞う様子がとても綺麗だったのをよく覚えている。

 窓から差す光の角度、吹き込む柔らかい風、少しばかり漂う埃。木と、古い物の香り。それら全てに変わりはない。時が止まった様に、ずっとそこに存在し続けている。まるでこの部屋そのものが標本になっているかのように。


 ゆっくりと、机に向かう。年季の入った木製の机と椅子は丁寧に扱われていたのだろう。軽く手入れさえすれば充分に使えそうだった。じっと見つめていると腰をかけて、机に肘をつき、窓の外を眺めたくなる。かつての祖父がそうしていたように。

 少しばかり背もたれを撫でてから、ゆっくりと、慎重に、まるで大切な宝物を扱うようにして椅子に腰掛ける。ギッと軽く軋んだがそれ以上椅子はなにも言ってこなかった。天井を見上げ息を吐く。こんなことをしても祖父に会えるわけでもないのに。目線を棚に向ける。そこにチラチラと光の欠片があった。気になって近くを見てみると棚の端、その一番手前に小さな小さな石があった。祖父が昔見せてくれた石だった。

 途端に祖父との思い出が蘇る。私と一緒に窓を眺め、そっと私の頭を撫でてくれた手の暖かさ。私の持ってきた貝殻を嬉しそうに受け取り丁寧にしまう祖父。

「これは大事な孫が私だけにくれた一番貴重な標本だから」

 そう言って祖父は貝殻を机の引き出しにしまったのだったか。かつて祖父がそうしたように、引き出しを開けるとこの部屋のどんな物より丁寧に箱に収められた貝殻がしまわれていた。

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