アルプヤルナ
ハッと息を飲み、じっと見つめてしまった。だってこの世のものとは思えないくらい可愛らしいんだもの。クリクリの目に長くて天に向かってのびる睫毛、プックリとふくれてぽってりと赤い唇。頬は甘いリンゴのように色付いて。
なんて素敵なんでしょう!なんて幸せなんでしょう!こんなにも甘やかな感情初めてだわ!体がふわふわとして落ち着かない!風でもきたらきっと私は飛ばされてしまうわ。もし突風なんてきたら飛ばされて遠く遠くに行って帰ってこれないくらい。
キュッと心臓が音をたてた。ついつい痛くもないのに胸を押さえてしまう。だって世界で1番いとおしいのだもの。笑ったときにできる目元の微かなシワ。むすくれたときの困り眉。
なんていじらしいのでしょう!なんて庇護欲をそそるのでしょう!小さくて柔らかくてそして優しい香り。ときどき困ったことをするけれどもそれでも愛情は尽きることがない乾くことがない。私はきっと泉なのだわ。決して枯れることのない愛の泉。いくらでも湧いてくる愛情。こんなにも人を愛したのは初めてだわ。心がポカポカと暖かい。それどころか体まで熱を持ってしまいそう。きっと私の体は暖炉の火のように真っ赤になっているわ。
クッと言葉を飲み込んだ。喉になにかがつかえたみたい。だって戸惑ってしまったの。瞳は純粋に満ちていて、唇は希望を紡いで。でもきっとその瞳は悪意に汚されて唇は愉悦に絶望を叩き付けられてしまう。
なんて酷いことでしょう。なんて悲しいことでしょう。私が大事に大事に守ってきたものは悪意を持った誰かの愉悦のために壊されてしまうのだわ。どうしようもないことに私はそれを止める術を知らない持っていない。きっと涙がとまらなくなる。雨のように降り注ぎ頬を川のように流れスカートに小さな海をつくるのだわ。自分の事ではないのにこんなにも胸が張り裂けそうな痛みは初めてだわ。きっとこの裂け目を縫い合わせることはできないでしょう。
ギュッと唇を噛み締める。まるで敵を食い殺すかのように。だってこんなことってないでしょう?こんな残酷なことってないでしょう?汚して、壊して、蹂躙して。故意じゃなければいいのかしら?もうやっちゃったからいいのかしら?
私の大切な大事なあの子はもういないの。純粋で希望に満ち溢れていたあの子は悪意と絶望に飲み込まれていなくなった。川の流れが戻らないように過ぎた時間は戻らない。なくなったものはかえってこない。目の前が歪んでいく。頭がぐらぐらとして、それでも怒りだけはハッキリしているの。きっと私の頭は馬鹿になったのだわ。じゃなきゃこうはならないもの。脳味噌が溶けてふつふつと煮たっているかのよう。こんなにも人を憎んだのは初めてだわ。きっと私も二度と昔の私には戻れないでしょうね。
グチャリとなにかを踏んだ。でもそんなことどうでもいいの。どうだっていい。目の前の肉塊を“処分”できればどうだっていい。なんだっていい。この肉塊はずいぶんとお喋りなようでずっとなにかを喚いてる。
でもなにを言っているのかわからないわ。だって言葉になっていないもの。煩わしいわ。耳を傾ける価値もない。
あの子にはしたことを自分にされるのは嫌みたい。ずぅっとなにか言ってるの。都合がいいのね。自分勝手ね。あなたたちのせいであの子はいなくなったの。私の大切な大切なあの子は。だからあなたたちもいなくなってね。汚れて、壊されて、蹂躙されて?だってあなたたちがしたことよ?自分がしたことは返ってくるのよ?希望も無垢も純粋も消えて一時の愉悦のために絶望を叩き付けられてちょうだい。
こんなにもむなしい気持ちになったのは初めてだわ。きっと私の心は鉛のように重く北の国の夜のように冷たく砂漠のように乾いてひび割れ熱を取り戻すことはないでしょう。




