エピローグ 今日を語る人々
旅は続いていた。
目的地を急ぐこともなく。
答えを探し回ることもなく。
ただ、人々の暮らしを見つめながら。
五人は世界を歩いていた。
◇
最初に立ち寄ったのは、小さな花の町だった。
町の入口では、色とりどりの花が風に揺れている。
その傍らを、小さな花の妖精たちが楽しそうに飛び回っていた。
「見て!」
子どもの声が響く。
一人の少女が、大切そうに花を抱えている。
「今日はね、お父さんがお仕事お休みだったの!」
少女は嬉しそうに花壇へ花を植えた。
「だから、このお花」
花の妖精がその花へそっと触れる。
つぼみだった花が、ゆっくりと開いた。
「わぁ……!」
少女の笑顔に、花の妖精も嬉しそうに笑う。
セリアは静かにその光景を見つめていた。
悲しみだけではない。
喜びもまた、花になるのだ。
◇
さらに旅を続ける。
夕暮れ、懐かしい灯りが見えてきた。
「星灯り亭だ」
リリカが笑顔になる。
「久しぶり!」
扉を開くと、鈴が軽やかに鳴った。
「いらっしゃ……おや!」
店主のエルドが目を丸くする。
「帰ってきたねぇ!」
ミレナも嬉しそうに笑った。
その夜、食堂には旅人たちが集まっていた。
温かなスープの香り、笑い声、食器の触れ合う音。
以前と変わらない景色。
ミレナは料理を運びながら、いつものように席を回る。
そして、にこりと笑って尋ねた。
「今日はどんな一日だった?」
一人の旅人が笑う。
「橋の上で虹を見たよ」
別の旅人が言う。
「道に迷ったけど、そのおかげで綺麗な湖を見つけた」
また別の誰かが笑う。
「今日初めて、この宿に泊まるんだ」
それを聞きながらエルドは何度も頷く。
とても嬉しそうだった。
セリアは静かにその様子を眺める。
隣でレオンがぽつりと呟いた。
「……あの人は、毎日聞いてるんだな」
ミレナが小さく笑う。
「毎日聞いてるの」
優しく店内を見渡して。
「だって今日の話は、今日しか聞けないじゃない」
その言葉に、セリアは自然と微笑んでいた。
◇
山あいの診療所。
薬師のエリオスはいつものように患者を見送っていた。
「薬は無理に飲まなくてもいい」
「ちゃんとご飯を食べて、眠ること」
患者は笑って頷く。
「ありがとうございます」
帰ろうとしたその時。
「そうだ」
エリオスが穏やかに声を掛けた。
「今日はどんな一日だった?」
患者は少し驚いた顔をした。
けれどすぐに笑った。
「孫がね、花を摘んできてくれたんです」
「それは良い一日だ」
診療所を出る患者の足取りは、来た時より少し軽かった。
◇
遠く離れた塔。
ノクスは机に向かっていた。
静かな部屋には窓から風が吹き込む。
日誌を開き、ペンを取る。
今日は、風が心地よかった。
少し考えてもう一行。
世界は今日も、歩いている。
その文字を見つめノクスは静かに微笑んだ。
◇
夕暮れ時、セリアたちは丘の上を歩いていた。
世界は広い。
忘却は、これからもきっと訪れるだろう。
それでも、
花を咲かせる人がいる。
歌を紡ぐ人がいる。
手紙を書く人がいる。
今日を語る人がいる。
セリアは振り返る。
誰もいない道。
けれど、これまで出会った人々の笑顔が心の中に浮かんでいた。
「どうした?」
レオンが尋ねる。
セリアは首を横に振る。
「ううん」
少しだけ空を見上げて。
柔らかく笑う。
「今日も素敵な一日だったなって」
◇
風が吹く。
その風は、今日も誰かの言葉を乗せながら世界中を巡っていた。




