エピローグ 歌を残す人々
風奏の街へ近付くにつれ、懐かしい音色が風に乗って聞こえてきた。
優しい笛の音、誰かが口ずさむ歌、遠くで響く子どもたちの笑い声。
「聞こえる!」
リリカがぱっと表情を明るくした。
「この街の歌だ!」
思わず足取りも軽くなる。
セリアも微笑んだ。
あの日、この街では歌を忘れる人が増えていた。
歌が好きな人ほど、そのことを悲しんでいた。
だからこそ、この音色が胸に沁みた。
◇
街へ入ると、広場にはたくさんの人が集まっていた。
以前よりも賑やかだ。
旅人も、子どもも、お年寄りも。
みんな輪になって何かを歌っている。
「新しい歌でしょうか?」
ユークが耳を澄ませる。
けれど少し不思議だった。
歌詞が少しずつ違う。
「……あれ?」
セリアも気付く。
一番を歌う人。
二番で新しい言葉を足す人。
最後に子どもたちが笑いながら別の一節を付け加える。
それでも歌は途切れない。
「完成してないんだな」
レオンがぽつりと言う。
「そうなんです」
後ろから声がした。
振り向くと、以前出会った楽師の青年が笑っていた。
「お久しぶりです」
「今は」
青年は広場を見渡す。
「一曲を誰か一人が作るんじゃなくて」
「みんなで育てる歌が流行ってるんです」
「育てる?」
リリカが目を輝かせる。
「忘れることもあります」
青年は穏やかに笑った。
「歌詞を間違える人もいます」
「でも、誰かが続きを歌ってくれる」
その言葉に、セリアは長老の声を思い出した。
『人は弱くない。』
「だから」
青年は肩をすくめる。
「最近は間違えても、誰も気にしなくなりました」
「一緒に歌えば大丈夫って」
◇
広場から笑い声が聞こえる。
小さな女の子が歌詞を忘れて立ち止まった。
「あれ?」
困ったように首を傾げる。
すると、隣のおばあさんが優しく続きを歌い始めた。
その声に合わせて、周りの人たちも歌い出す。
女の子は嬉しそうに笑って、また一緒に歌い始めた。
誰も責めない。
誰も笑わない。
歌は、一人のものではなかった。
リリカは思わず口ずさみ始める。
すると、近くにいた子どもたちが振り返った。
「旅のお姉さんも歌えるの?」
「うん!」
その一言で、輪が少し広がる。
セリアも、ユークも、ガルドも。
そして、少し照れながらレオンも。
気付けばみんな歌の中にいた。
◇
風が吹く。
音を乗せて街中へ。
そして、まだ見ぬ誰かのもとへ。
歌が終わると、大きな拍手が起こった。
青年は照れくさそうに頭を掻く。
「また少し歌が長くなりましたね」
誰かが新しい一節を加えたらしい。
セリアは空を見上げた。
歌は残る、言葉は変わる、歌う人も変わる。
それでも、誰かが受け取り誰かへ渡していく。
「歌も」
セリアは小さく呟く。
「手紙と同じなんだね」
風は答えない。
けれど、どこか嬉しそうに歌声を運んでいた。




