エピローグ 手紙を綴る人々
雨音の街には、今日もしとしとと雨が降っていた。
屋根を叩く優しい雨音。
石畳を濡らす細かな雫。
傘を差して歩く人々の足音さえ、この街では穏やかな音楽のようだった。
◇
「久しぶりだね」
リリカが嬉しそうに辺りを見回す。
「やっぱりこの街、落ち着くなぁ」
「雨が嫌いじゃなければな」
ガルドが苦笑する。
「私は好きだな」
セリアは空を見上げた。
「雨の日だから見える景色もあるから」
レオンは何も言わず、小さく笑う。
その横でユークは早くも街の様子を観察していた。
「……少し変わっていますね」
◇
街へ入ってすぐ、セリアもその変化に気付いた。
「あれ?」
通りのあちこちに、小さな木箱が置かれている。
屋根付きで、雨に濡れないよう工夫された箱。
その横には一枚の札が立っていた。
『今日のことば』
セリアはそっと箱の中を覗き込む。
そこには、何枚もの紙が重ねられていた。
今日、久しぶりに息子が帰ってきました。
市場のおばあちゃんに飴をもらいました。
雨上がりの虹がきれいでした。
パンを少し焦がしてしまったけれど、美味しいと言ってもらえました。
どれも短い、ほんの数行。
けれど、どの紙にもその日の温もりが綴られていた。
「これ……」
セリアが呟く。
「最近始まったんですよ」
振り向くと、以前出会った郵便配達の青年が笑っていた。
「お久しぶりです」
「あっ!」
リリカが手を振る。
「覚えてる!」
「最初は一人のおばあさんだったんです」
青年は木箱を見つめる。
「毎日、小さな出来事を書いて入れていて」
「それを読んだ人が、『私も書いてみようかな』って」
今では街のあちこちに、この木箱が置かれていた。
「忘れないためですか?」
ユークが尋ねる。
青年は少し考えてから首を振る。
「……そうかもしれません」
そして優しく笑った。
「でも、それだけじゃないんです」
「誰かの今日を知ると、なんだか自分も頑張ろうって思えるんですよ」
その言葉にセリアは静かに目を伏せた。
『思ったことも』
『気付いたことも』
『怖いことも』
『全部』
あの日、焚き火を囲みながら話した言葉が蘇る。
「共有してるんだ」
セリアは小さく微笑んだ。
「え?」
青年が首を傾げる。
「ううん」
セリアは首を横に振る。
「とても素敵だなって思って」
青年は少し照れくさそうに笑った。
「そうだ、よかったら皆さんも書いていきませんか?」
木箱の横には、小さな机が置かれていた。
紙と万年筆。
誰でも自由に書けるようになっている。
リリカは真っ先に席へ座った。
「書く書く!」
「早いな」
ガルドが笑う。
ユークも静かにペンを取る。
レオンは少し迷っていた。
「レオンも」
セリアが微笑む。
「……書くことなんて」
そう言いながらも、彼は結局椅子へ腰を下ろした。
◇
雨音だけが静かに響く。
五人は、それぞれ紙へ向かう。
セリアは少し考えてから、ゆっくりと書き始めた。
今日、雨音の街へ帰ってきました。
変わらない雨の音を聞いて、少し安心しました。
誰かと今日を話せることは、とても幸せなことなんだと改めて思いました。
書き終えると、そっと木箱へ入れる。
その紙はいつか誰かが読むだろう。
名前も知らない誰かが。
けれどそれでいい。
人は、誰かの今日を知ることで。
また明日を歩いていけるのだから。




