第七章 星降る湖
星降る湖へ着いたのは、夕暮れの終わりだった。
山々に囲まれた静かな湖。
風は穏やかで、水面は鏡のように空を映している。
沈みゆく陽が、湖を淡い金色に染めていた。
「……綺麗」
セリアは立ち止まる。
その声は小さかった。
誰かに聞かせるためじゃない。
思わず零れた独り言だった。
湖の向こうで鳥が鳴く。
空には最初の星が灯り始めていた。
「ルークも同じこと言ってた」
隣から声がする。
レオンだった。
セリアが振り返る。
「お兄ちゃんが?」
「ああ」
しばらく湖を見つめたままレオンは言う。
「ここへ来た時な」
その言葉だけで嬉しかった。
知らない兄を知れることが。
「その時も綺麗だった?」
「いや」
「えっ?」
「今の方が綺麗だ……星がな」
後ろでリリカがニヤニヤしていた。
◇
その夜。
宿へ入った後も、セリアは眠れなかった。
窓の外には湖が見える。
月明かり。
静かな水面。
そして無数の星。
気づけば外へ出ていた。
夜気は少し冷たい。
でも心地いい。
湖畔へ続く小道を歩く。
草を揺らす風。
星の光。
遠くで虫の声がする。
世界が静かだった。
そして湖のほとりには先客がいた。
黒い外套。
見慣れた背中。
「レオン」
呼ぶと振り返る。
「起きてたのか」
「レオンも」
「まあな」
それだけ。
特別な会話はない。
でも不思議と居心地が悪くない。
セリアは少し離れた場所へ腰を下ろした。
二人で湖を見る。
星が映っている。
空と湖の境界が分からない。
まるで世界が上下逆になったみたいだった。
「……すごいね」
セリアが呟く。
「空の中にいるみたい」
レオンは答えない。
ただ同じ景色を見ていた。
しばらく沈黙が続く。
けれど気まずくはない。
その静けさごと共有しているみたいだった。
「ねえ」
セリアが言う。
「お兄ちゃん、ここで何を調べてたんだろう」
風が吹く。
湖面の星が揺れる。
レオンは少し考えてから答えた。
「さあな」
嘘だった。
ルークが何を調べていたのか。
レオンは知っている。
でも今はまだ言えない。
セリアは気づいている。
レオンが何かを隠していることを。
けれど問い詰めなかった。
いつか話してくれると思ったから。
そういう人だと知っていた。
だから代わりに言う。
「そのうち教えてね」
レオンが少し目を見開く。
そして
「……ああ」
静かに頷いた。
夜風が吹く。
星が揺れる。
その時だった。
セリアの胸元で、ペンダントが微かに光る。
誰にも気づかれないほど小さく。
けれど湖の底では何かが目覚めるように、白銀の光が揺らめいていた。




