第五十六章 風の道の迷子
翌朝、妖精の里は穏やかだった。
風が吹く。
葉が揺れる。
枝の上を子妖精たちが駆け回っている。
そして、平和は長く続かなかった。
「大変だー!」
子妖精が飛び込んでくる。
「長老ー!」
「今度は何だ」
長老は慣れていた。
「風の道が迷子になった!」
沈黙。
セリアたちは顔を見合わせた。
「風の道が……迷子?」
「うん!」
子妖精は元気よく頷いた。
「いつもあった場所にない!」
説明されてもよく分からない。
だが、長老だけは少し真面目な顔になった。
「案内しなさい」
その一言で空気が少し変わる。
◇
風の道。
それは妖精たちだけが使う特別な流れだった。
風と記憶。
願いと想い。
様々なものが流れていく場所。
妖精たちはそれを道と呼ぶ。
そして、案内された場所では確かに何かが欠けていた。
セリアには見えない。
だが、ペンダントが微かに震える。
風の流れが途中で途切れていた。
「本当だ」
長老が呟く。
珍しく少しだけ眉をひそめる。
「こんなことあるの?」
リリカが聞く。
長老は首を傾げた。
「ない」
即答だった。
だからこそ少しだけ不穏。
その時だった。
「長老」
ユークが前へ出る。
目が輝いていた。
完全にスイッチが入っている。
「風の道に関する記録はありますか?」
長老は少し笑った。
「ある」
顔を輝かせるユーク。
推しが資料をくれるとでもいうような顔だった。
◇
数時間後。
ユークは本の山に埋もれていた。
「見つけました!」
勢いよく立ち上がる。
全員が振り返る。
「早いな」
レオンが呟く。
「楽しいので」
即答だった。
「認めたね今」
リリカが笑う。
ユークは気にしない。
完全に研究者モードである。
「過去にも似た事例があります」
長老の目が細められる。
「ほう」
「ただし記録は極めて少ない」
「風の流れが弱まる現象」
「原因不明」
静寂。
長老の表情が少しだけ変わる。
ほんの一瞬、誰も気づかない。
ユーク以外は。
「長老?」
ユークが首を傾げる。
長老はすぐに笑った。
「続きを聞こう」
穏やかな声。
だが、何かを知っている。
そんな気がした。
◇
夕暮れ時まで調査は続いていた。
セリアは少し休憩していた。
枝の上、風の吹く場所で。
そこへ、
「こんなところにいたのか」
レオンだった。
自然な足取り。
自然な距離。
「ユークすごかったね」
セリアが笑う。
「そうだな」
「楽しそうだった」
「楽しそうだったな」
風が吹く。
穏やかな時間。
そして、セリアはふと思う。
こういう時間が増えた。
旅を始めた頃よりずっと。
自然に話せる。
隣にいるのが当たり前になっている。
だが、その答えはまだ分からない。
だから、セリアは何も言わない。
ただ風を見上げた。
◇
その頃、長老は一人で風の途切れた場所を見つめていた。
誰もいない場所。
風だけが吹く。
そして、小さく呟く。
「まだ早い」
風が揺れる。
「だが……」
「近いな」




