第五十七章 長老の杖
事件は朝から起きた。
「長老ー!!」
子妖精たちが飛び込んでくる。
慌ただしい。
嫌な予感がした。
◇
長老はお茶を飲んでいる。
落ち着いていた。
いつものことだと慣れていた。
「今度は何だ」
ため息混じりだった。
「杖がない!」
沈黙。
長老は目を閉じ深呼吸をしていた。
「誰だ」
静かな声だった。
子妖精たちは一斉に視線を逸らす。
「心当たりはあるようだな」
「ごめんなさい」
秒で白状した。
どうやら昨日のかくれんぼで長老の杖を借りたらしい。
勝手に。
「返そうと思ったの!」
「本当だよ!」
「でも!」
嫌な予感。
「どこに隠したか忘れた!」
長老は空を見上げる。
風が吹く。
◇
「探そう」
セリアが言うと子妖精たちがぱっと明るくなった。
「ありがとう!」
「優しい!」
その瞬間、全員セリアへ群がった。
一方、レオンはなぜか子妖精たちに囲まれていた。
「抱っこ!」
「肩車!」
「遊んで!」
「……なぜだ」
本人が一番分かっていない。
「意外と面倒見良さそうだからじゃない?」
リリカが笑う。
レオンは否定しなかった。
否定できなかった。
◇
捜索は二手に分かれた。
セリアとレオン、リリカとガルド。
そして、ユークは単独行動。
「杖探さないの?」
セリアが聞いた。
「探します」
ユークは頷く。
「ただ」
目が輝いている。
嫌な予感。
「長老の蔵書庫に杖の記録があるかもしれません」
絶対違う。
「資料を調べます」
嬉しそうだった。
◇
そして数時間後、森の奥の風の通り道。
セリアとレオンは杖を探していた。
穏やかな時間だった。
鳥の声、葉擦れ、柔らかな風。
「妖精たちって自由だね」
セリアが笑う。
「自由すぎる」
レオン即答。
二人で笑う。
そして、少しだけ沈黙。
心地良い沈黙だった。
以前なら気まずかったかもしれない。
でも今は違う。
何も話さなくても自然だった。
ふと、セリアは思う。
隣を見る。
変わった。
やっぱり少しだけ。
レオンも。
そして自分も。
そんな気がした。
◇
その頃、蔵書庫では
「見つけました!」
ユークが叫ぶ。
長老はもう驚かない。
「何をだ」
「風石です」
長老の表情が少し変わる。
「風石の記録です」
ユークは本を広げる。
「風の道を観測するための石」
「流れが弱まると輝きも弱くなる」
静寂。
長老は頷く。
「その通りだ」
そして、ユークは次の頁を開く。
少し破れた古文書の古い記録。
「ここです」
ユークが言う。
「過去にも風石の輝きが弱まった記録があります」
長老の目が細められる。
ゆっくりと文を読む。
長い沈黙。
そして、
「……そうか」
静かな声だった。
だがどこか重い。
「長老?」
ユークが首を傾げる。
長老は本を閉じ、窓の外を見る。
風が吹いている。
穏やかな風。
だが何かが違う。
そんな気がした。
「杖を探そう」
長老は言った。
「その話は後だ」
ユークは不思議そうだった。
だが、長老の横顔はどこか遠くを見ていた。




