第五十五章 風の道
妖精たちに案内された先は湖の奥だった。
細い水路。
風に揺れる木々。
そして、誰もいないはずの場所。
「ここ?」
セリアが首を傾げる。
妖精たちは笑った。
「見えないだけ!」
その瞬間、風が吹いた。
世界が揺れ、景色が変わる。
目の前に現れたのは巨大な樹、風車、浮かぶ光。
枝の上に建てられた家々と、風と共に生きる里。
「わぁ……」
セリアが息を呑む。
リリカも珍しく静かだった。
そしてユークは固まっていた。
「ユーク?」
返事がない。
ただ震えている。
「ユーク?」
「生きた妖精文化圏……」
呟いている。
震え声だった。
「数百年規模の伝承が現存している可能性が」
「始まった」
リリカが言った。
「始まったな」
ガルドも言った。
ユークは歩き出す。
とても早歩きだった。
妖精のおじいちゃんを見つける。
「失礼します」
礼儀正しい。
だが、
「妖精史はどこまで遡れますか?」
「風の道の形成時期は?」
「湖国成立以前の交流記録は?」
「失礼ですが年齢は?」
妖精のおじいちゃんが後ずさっている。
「待て待て待て」
「一個ずつ聞いてくれ」
セリアは思った。
ユークってこんな人だったよな。
「楽しそうだな」
レオンとガルドが同時に言う。
完全に一致していた。
◇
一方、リリカは別方向へ暴走していた。
「妖精限定スイーツ!」
小さな露店を発見。
花の蜜を使った焼き菓子、木の実のタルト、風花クッキー。
「ここは天国?」
真顔だった。
そんな賑やかな時間の中。
一人の妖精が近づいてくる。
白い髪、穏やかな瞳、風のような衣。
長老だった。
妖精たちが慌てて頭を下げる。
「長老!」
長老は微笑んだ。
「騒がしいと思ったら」
視線が移る。
ユーク、質問攻め中。
リリカ、スイーツ五個目。
ガルド、子妖精を肩車している。
レオン、なぜか子妖精に囲まれている。
「……賑やかな旅人たちだな」
少し楽しそうだった。
そして、その視線がセリアへ向く。
正確には胸元のペンダントへ。
一瞬。長老の目が細められた。
だが、すぐに微笑む。
「その翼」
静かな声だった。
「美しいな」
セリアはペンダントへ触れる。
「ありがとうございます」
「大切なものなんです」
長老は頷いた。
どこか懐かしそうに。
「そうだろうな」
風が吹く。
木々が揺れる。
そして、長老は静かに言った。
「心は水に似ている」
セリアは耳を傾ける。
「留まれば淀む」
「流れれば澄む」
「だから我らは流す」
風の民の答え。
妖精たちの答え。
セリアは考える。
そして、小さく言った。
「でも」
「忘れたくない気持ちもあります」
長老は笑った。
優しく、穏やかに。
「それもまた正しい」
風が吹く。
違う答え。
違う生き方。
それでもどちらも否定しない。
長老は空を見上げた。
「大切なのは」
「流すか残すかではない」
セリアが顔を上げる。
長老は微笑んだ。
「誰かと分け合えるかだ」
その言葉にセリアは少しだけ目を見開いた。
どこかアイシアの言葉に似ている気がした。
風が吹く。
穏やかな午後だった。




