第五十二章 風の子どもたち
湖面の波が静まっていく。
砕けた核の光は風へ溶けた。
街の人々から歓声が上がる。
だが、セリアの視線は別の場所へ向いていた。
湖の上、風の中の小さな影たち。
それは妖精たちだった。
見つかった。
そんな顔をしている。
いや、顔はよく見えない。
でも、雰囲気で分かる。
◇
「逃げる?」
ひそひそ。
「逃げる?」
「逃げようか?」
ひそひそ。
「待って」
セリアが声を掛ける。
一斉に固まる妖精たち。
本当に子どもみたいだった。
その時、
「お前たちか」
レオンの一言。
震える妖精たち。
「怒ってる?」
「少しな」
正直だった。
さらに震える。
ガルドが苦笑した。
「レオン」
「事実だろ」
「事実だけどな」
セリアはしゃがみ込む。
目線を合わせるように。
「どうしてあんなことをしたの?」
少し沈黙。
やがて、一番小さな妖精が口を開いた。
「悲しい気持ちが増えてたから」
全員が顔を見合わせる。
「悲しい気持ち?」
「うん」
妖精は頷く。
「寂しい気持ち」
「苦しい気持ち」
「後悔」
「泣きたい気持ち」
風が揺れる。
「放っておくと魔障になる」
ユークが目を細めた。
興味深そうだった。
「だから集めたの?」
「うん」
「湖へ流すために」
セリアは驚く。
妖精たちなりの方法。
魔障への対処。
白き森とは違う答え。
だが、そのとき一匹の妖精が元気よく手を上げた。
「でも!」
嫌な予感。
「せっかくだから形を作ろうって!」
犯人だった。
「面白そうだったから!」
犯人だった。
「水竜!」
犯人だった。
レオンが額を押さえる。
ガルドが空を見上げる。
リリカが笑いを堪えている。
「それで暴走したんですね……」
ユークが呟く。
「うん」
しゅん。妖精たちが縮こまる。
「ごめんなさい」
今度は本当に反省していた。
セリアは少し考える。
怒るべきだろうか。
叱るべきだろうか。
きっと、少しは必要だ。
「ありがとう」
妖精たちが顔を上げる。
予想外だったのだろう。
「みんなを助けようとしてくれたんだよね」
こくり。
妖精たちが頷く。
「だから、それはありがとう」
嬉しそうな顔。
だが、
「でも」
全員固まる。
「人の気持ちは遊び道具じゃないよ」
優しい声だった。
けれど、真剣な声でもあった。
「悲しい気持ちも」
「寂しい気持ちも」
「大切なものだから」
風が静まる。
妖精たちも黙って聞いていた。
「忘れたい気持ちもある」
「でも」
セリアは胸元のペンダントへ触れた。
「忘れたくない気持ちもあるの」
お兄ちゃん。
白き森。
旅の仲間。
失ったもの。
繋がったもの。
全部。
今の自分の一部だった。
「だから」
少し笑う。
「無理に消さなくていいんだよ」
沈黙。
やがて一匹の妖精が聞いた。
「悲しいのに?」
「うん」
「苦しいのに?」
「うん」
「どうして?」
セリアは振り返る。
そこには仲間たちがいた。
レオン。
ガルド。
リリカ。
ユーク。
みんな少しだけ呆れた顔をしている。
でも、誰も離れない。
だからセリアは笑った。
「一人じゃないからかな」
風が吹く。
優しい風だった。
妖精たちは顔を見合わせる。
まだ全部は分からない。
でも、少しだけ何かが伝わった気がした。
「人間って不思議」
妖精が呟く。
「そうかも」
セリアは笑った。
その横で
「感動した!」
リリカが拳を握る。
嫌な予感。
「なのでスイーツ食べよう!」
風の妖精たちの笑い声が。
湖畔の空へ溶けていった。




