間章 Side レオン 星の記憶
静かな夜だった。
窓の外では星が揺れている。
《星灯り亭》の客室。
ベッドに腰掛けたセリアは、まだ少し混乱した顔をしていた。
「……ごめんね、びっくりさせちゃって」
そう言って困ったように笑う。
レオンは壁際に寄りかかったまま、腕を組んでいた。
「謝るな」
「でも……」
「お前、自分がどれだけ危ない状態だったか分かってないだろ」
少し低い声。
怒っているというより、焦っていた。
セリアはしゅんと肩を落とす。
「……ごめんなさい」
「だから謝るなって」
レオンは深く息を吐いた。
調子が狂う。
責めたいわけじゃない。
ただ、無茶をしてほしくないだけなのに。
その時セリアの髪から、
編み込まれた細いリボンがほどけ落ちた。
「あ……」
拾おうとして、二人の手が同時に伸びる。
指先が触れた。
「っ……」
セリアが小さく肩を揺らす。
近い。
月明かりの下で見る横顔は、やけに綺麗だった。
淡い睫毛。
透き通る肌。
柔らかな香り。
レオンは慌てるように視線を逸らした。
「……寝ろ。今日は疲れてる」
「う、うん」
けれど部屋を出ようとした時。
「……レオン」
呼び止められる。
「なんだ」
振り返ると、セリアは少しだけ不安そうな顔をしていた。
「わたし、怖いよ」
ぽつり、と。
「急に知らない力が出てきて……自分でも分からなくて」
その声は、今までで一番弱かった。
いつも誰かを安心させる側の彼女が、初めて助けを求めるみたいに。
レオンの胸が、少し痛む。
「……大丈夫だ」
自然と口から言葉が出た。
「お前が何者でも、俺が隣にいる」
セリアが目を見開く。
「だから、一人で抱え込むな」
静かな声。
でも嘘じゃなかった。
どんな秘密があっても、どんな力を抱えていても。
守る。
そう思ってしまった。
セリアはしばらく黙っていたけれど、やがて小さく笑った。
「……ありがとう」
その笑顔を見た瞬間。
胸の奥が、どうしようもなくざわついた。
◇
初めて会った日のことを、時々夢に見る。
まだレオンが十六だった頃。
血だらけで、誰も信用していなかった頃。
討伐任務で深手を負い、半ば死にかけた状態で運ばれた小さな治療院。
『ったく、お前また無茶したな』
呆れたように笑っていたのはルークだった。
陽だまりみたいによく笑う男。
強くて、
優しくて、
眩しかった。
そして
『レオンさん、痛い?』
ひょこっと顔を出した小さな女の子。
ふわふわの灰桜色の髪。
大きな瞳。
まだ子供だったセリア。
『別に』
ぶっきらぼうに返したのに、その子は全然怖がらなかった。
『うそ。痛い時の顔してる』
『……』
『だいじょうぶ。すぐ治るよ』
小さな手が、そっとレオンの腕に触れる。
その瞬間だった。
ずっと焼けるみたいに痛んでいた呪傷が、一瞬だけ静かになった。
『……な』
驚くレオンを見て、
セリアは嬉しそうに笑った。
『よかった!』
ただ、それだけ。
見返りも、恐れもなく。
まっすぐに笑った。
その時初めてレオンは思ったのだ。
こんな優しい奴が、本当にいるんだな、と。
◇
「……だから嫌なんだよ」
誰もいない廊下で、
レオンは小さく呟いた。
失いたくない。
もう二度と。
ルークを失った日の、
あのどうしようもない感覚を。
なのに。
セリアはあまりにも似ている。
誰かを守るためなら、
自分を削るところまで。
「ほんと……似なくていいんだよ」
苦い声。
けれど同時に。
ルークとは違う笑い方をする彼女に、
少しずつ惹かれている自分にも気づいていた。
その時。
廊下の奥から、
エルドが静かに現れる。
「眠れないのか?」
「……まあ」
エルドは隣に立つと、
窓の外の星空を見上げた。
「星祈りの力が目覚め始めてる」
レオンの表情が険しくなる。
夜風が吹く。
星灯りが揺れる。
「……守れますかね」
ぽつりと零れた声。
レオンらしくない弱音だった。
エルドは少しだけ笑う。
「守るんじゃない」
「?」
「あの子はきっと、お前と一緒に立ち向かう子だよ」
その言葉に、レオンは静かに目を伏せた。
遠く、夜空の星が瞬いていた。




