第四十四章 白き森の異変
集落の広場には重い空気が漂っていた。
雪原の村らしい静けさではない。
どこか怯えたような沈黙。
人々の顔には疲れが見える。
「何があったんですか?」
セリアが尋ねる。
村長は深いため息をついた。
「森だ」
老人は雪原の向こうを指差した。
黒い針葉樹林。
白銀の景色の中でそこだけが影のように見える。
「最近あの森へ入った者が体調を崩す」
「体調?」
ガルドが聞く。
「悪夢を見るんだ」
その言葉に全員が顔を見合わせる。
「眠れなくなる」
「眠っても叫び声を上げる」
「中には森へ近づくだけで倒れる者もいる」
セリアの胸元でペンダントが微かに熱を帯びた。
魔障。
間違いない。
◇
村長の案内で診療所へ向かう。
中には数人の患者がいた。
熱はない。
怪我もない。
だが顔色が悪い。
眠れていないのだろう。
セリアは一人の少女の手を取る。
「怖い夢を見るの」
少女は小さく呟いた。
「どんな夢?」
「分からない」
震える声。
「でも」
少女は俯く。
「ずっと一人なの」
その言葉に。
セリアは少しだけ胸がざわついた。
一人
◇
その夜、宿で作戦会議が開かれた。
テーブルには地図。
ランタンの灯り。
そして難しい顔をしたユーク。
「古文書に似た記録があります」
出た。
全員が思った。
出た。
ユークの古文書。
「ありました」
本人は嬉しそうだった。
「どういう現象なんだ?」
ガルドが聞く。
「魔障が人の不安や後悔へ反応する事例です」
食堂が静かになる。
「悪夢を見せる?」
リリカが眉をひそめる。
「恐らく」
ユークは頷いた。
「ただの瘴気ではありません」
「精神へ干渉している」
レオンが腕を組む。
「面倒だな」
「かなり」
ユークも珍しく同意した。
「森の中心に核があるはずです」
「それを見つける必要があります」
そこでセリアが口を開いた。
「明日調査しよう」
全員が頷く。
そして、セリアは少し迷った後笑った。
「一人じゃ無理だから」
レオンが顔を上げる。
「手伝ってね」
一瞬。
本当に一瞬だけ。
若い日の雪原が脳裏を過った。
一人で全部やる必要ないだろ
焚き火。
ルークの声。
そして今、目の前のセリア。
レオンは少しだけ目を細める。
「最初からそのつもりだ」
セリアが笑う。
リリカがニヤニヤする。
ガルドも気づいている。
ユークだけ地図を見ていた。
平常運転だった。
◇
翌朝、一行は白き森へ向かう。
雪を踏む音。
冷たい風。
そして、森へ近づくほど空気が重くなっていく。
セリアのペンダントが光る。
魔障は近い。
だが今回は違う。
もう一人ではない。
仲間がいる。
そのことが不思議なほど心強かった。




