間章 Sideレオン 吹雪の日(後編)
今思えばあの時から嫌な予感はしていた。
ルークという男は放っておけない類の人間だった。
そして放っておくべきではない人間でもあった。
◇
魔障に侵された魔獣の群れは予想以上だった。
雪原の谷。
吹き溜まりの奥。
十を超える気配。
ルークも表情を引き締める。
「多いな」
「ああ」
「村へ戻って応援を呼ぶか?」
レオンは即答した。
「今やる」
ルークが嫌そうな顔をする。
「そういうところだぞ」
「行ける」
「行けない」
「行ける」
数日前と同じやり取りだった。
結局レオンは飛び出した。
若かった。
本当に若かった。
魔獣を一体倒す。
二体目を斬る。
三体目。
だが視界の端。
雪の陰にもう一匹。
気づくのが遅れた。
牙。
衝撃。
身体が吹き飛ぶ。
雪へ叩きつけられる。
「っ……!」
立ち上がろうとする。
だが脚に力が入らない。
その瞬間。
「レオン!!」
初めてだった。
ルークが怒鳴ったのは。
術式が走る。
雪原に青白い光が広がる。
魔獣たちが吹き飛ばされる。
そして気づけばルークが前に立っていた。
庇うように。
守るように。
レオンは呆然とする。
なぜそんな顔をする。
怒った顔。
焦った顔。
まるで大切なものを失いそうになったみたいな。
◇
その夜、二人は再び山小屋へ避難していた。
吹雪が戻ってきたからだ。
焚き火の音だけが響いている。
レオンは黙っていた。
ルークも黙っていた。
珍しく。
本当に珍しく。
長い沈黙だった。
やがてルークが口を開く。
「何でだ」
低い声。
いつもの軽さがない。
「何で一人で行った」
レオンは答えない。
「行けると思った」
ようやく言う。
「行けると思ったじゃない」
ルークが言う。
「行けなかっただろ」
焚き火が揺れる。
レオンは黙る。
反論できない。
できなかった。
「強いのは分かる」
ルークは続けた。
「頑張ってるのも分かる」
「でも」
そこで言葉を切る。
少しだけ目を伏せる。
そして静かに言った。
「一人で全部やる必要ないだろ」
レオンは顔を上げる。
焚き火の向こう。
ルークがいた。
「助けてもらえ」
「頼れ」
「無理な時は無理って言え」
「そんなの」
レオンは呟く。
「できるわけないだろ」
思わず出た言葉だった。
ルークは驚かなかった。
怒りもしない。
ただ少しだけ悲しそうに笑った。
「できないんじゃない」
静かな声。
「やったことがないだけだ」
その言葉が妙に胸へ残った。
やったことがないだけ。
そんなこと考えたこともなかった。
頼ること。
助けを求めること。
誰かと一緒に生きること。
全部自分には関係ないと思っていたから。
長い沈黙。
外では雪が降り続いている。
やがてルークが立ち上がる。
「明日からどうする?」
「何がだ」
「旅」
当然のように言う。
「俺は北へ行く」
少し笑う。
「一緒に来るか?」
レオンは即答した。
「行かない」
「そうか」
ルークは頷く。
それだけだった。
引き止めない。
説得もしない。
ただ当たり前みたいに受け入れた。
翌朝、吹雪は止んでいた。
青空。
白銀の雪原。
ルークは歩き出す。
振り返らない。
本当に行くつもりらしい。
レオンはその背中を見る。
一歩。
二歩。
三歩。
遠ざかっていく。
その時。
「……待て」
声が出た。
自分でも驚いた。
ルークが振り返る。
そして笑った。
まるで最初からそうなると知っていたみたいに。
「おう」
その一言だった。
それがレオンの最初の旅の始まりだった。
そして人生で一番長い旅の始まりでもあった。




