第四十章 雪灯籠の夜
祭りの日は朝から賑やかだった。
村中の人が準備に追われている。
氷灯籠を並べる者。
屋台を準備する者。
雪像を作る者。
子どもたちはその周りを走り回っていた。
「レオン兄ちゃん!」
「レオン兄ちゃん!」
「手伝って!」
朝から捕まっている。
完全に人気者だった。
「断れないんだね」
セリアが言う。
「断ってる」
「断れてないよ」
その通りだった。
今も雪像作りを手伝わされている。
しかも妙に上手い。
「なんでそんな器用なの」
「昔からやらされてた」
レオンは雪を削りながら答える。
すると近くのおじさんが笑った。
「こいつ昔から器用だったんだよ」
「やめろ」
「灯籠も一番綺麗に作るしな」
「やめろ」
「料理も上手かったし」
「やめろ」
レオンが珍しく本気で止めている。
リリカは完全に面白がっていた。
「もっと聞きたい」
「聞くな」
「レオン坊」
「やめろ」
また笑いが起きた。
雪灯りの村は穏やかだった。
◇
夕方、日が沈み始める。
村人たちが一つずつ灯をともしていく。
氷灯籠。
窓辺の灯り。
雪原へ続く小道。
村全体が柔らかな光に包まれていく。
セリアは思わず息を呑んだ。
「すごい……」
昼間とはまるで違う。
まるで星空が地上へ降りてきたみたいだった。
氷の中で揺れる灯りは温かく。
雪は静かに光を反射している。
遠くでは楽器の音も聞こえる。
祭りが始まったのだ。
「じゃあ自由行動ね!」
リリカが宣言した。
待ってましたと言わんばかりだった。
「私は屋台巡りしてくる!」
「僕は記録を」
ユークが言う。
「祭りの記録は後にしろ」
ガルドが肩を叩く。
そのまま皆ばらばらになっていった。
そしてなぜかセリアとレオンだけが残った。
沈黙。
数秒。
「……行かないの?」
セリアが聞く。
「別に」
レオンが答える。
相変わらずだった。
「じゃあ少し歩こう」
そう言ったのはセリアだった。
レオンは少しだけ目を瞬く。
そして。
「ああ」
と頷いた。
◇
二人は雪道を歩く。
氷灯籠が並ぶ道。
静かな夜。
賑やかな祭りの音は少し遠い。
その距離が心地良かった。
途中、小さな男の子が走ってくる。
「わっ!」
足を滑らせた。
セリアが反射的に手を伸ばす。
だが雪道だった。
今度はセリアの足が滑る。
「あ」
次の瞬間、腕を掴まれた。
力強い手。
温かい体温。
レオンだった。
セリアは一瞬固まる。
近い。
思ったよりずっと。
「大丈夫か」
いつも通りの声。
でもなぜか少しだけ心臓がうるさい。
「う、うん」
レオンは何事もなかったように手を離した。
その時助けられた男の子が言った。
「仲良しだね!」
沈黙。
「違う」
レオン即答。速かった。ものすごく速かった。
「速くない?」
思わずセリアが言う。
「違うだろ」
「そうだけど」
なんだろう。
少しだけ納得いかない。
ちょっとむくれるセリア。
レオンはそんなことに気づいていない。
男の子は笑いながら走っていった。
◇
祭りの終わり頃、
二人は村外れの小さな丘へ辿り着いた。
そこからは村全体が見渡せた。
無数の灯り。
雪原。
星空。
静かだった。
「綺麗だね」
セリアが言う。
「ああ」
レオンも頷く。
しばらく二人で景色を眺める。
するとレオンがぽつりと呟いた。
「昔は嫌いだった」
セリアは顔を向ける。
故郷の話だと分かった。
「雪灯りの村?」
「故郷そのものだ」
静かな声だった。
「早く出て行きたかった」
風が吹く。
白い息が空へ溶ける。
「どうして?」
少しだけ迷う。
でも聞いた。
レオンはしばらく答えなかった。
遠くの灯りを見つめている。
やがて
「一人だったからだ」
その言葉だけが返ってきた。
セリアは何も言えなかった。
冗談ではないことが分かったから。
今のレオンからは想像できない。
けれど、その横顔は少し寂しそうだった。
だからセリアはただ隣に立った。
何も言わずに。
レオンも何も言わない。
それでよかった。
雪が静かに降っていた。
◇
その頃丘の下にはリリカがいた。
「なるほど」
腕を組む。
隣にはガルド。
「何がだ」
「何でもない」
ニヤニヤしている。
ガルドは察した。
「放っておいてやれ」
「もちろん」
リリカは笑う。
「今はね」
そして楽しそうに屋台へ向かっていった。
明日からまた旅は続く。
だからこそ今日くらいは穏やかな夜でいいと思った。




