第三十九章 雪灯りの村
雪灯りの村が見えてきたのは、日が傾き始めた頃だった。
白銀の雪原の中に、小さな灯りがぽつぽつと並んでいる。
近づくにつれ、それが氷で作られた灯籠だと分かった。
透き通る氷の中に灯る橙色の光。
村全体が優しく輝いている。
「綺麗……」
セリアは思わず足を止めた。
雪景色の中に浮かぶ灯りは、まるで星が地上へ降りてきたみたいだった。
「今日は祭りの準備の日だからな」
レオンが言う。
「明日が本番だ」
「知ってるんだ」
セリアが振り返る。
「昔来たことがある」
短い返事。
でも、どこか懐かしそうだった。
その時だった。
「おや?」
村の入口から声が聞こえた。
振り返る。
雪かきをしていた老婆が目を丸くしていた。
「レオン坊じゃないか!」
静寂。
数秒。
完全な静寂。
「……坊はやめろ」
レオンが言う。
リリカが吹き出した。
「坊?」
「坊?」
セリアも思わず復唱する。
ユークまで肩を震わせている。
「レオン坊だって」
「言うな」
「レオン坊」
「言うな」
「レオン坊」
「リリカ」
低い声だった。
だがリリカは全く怯まない。
むしろ楽しそうだった。
老婆は笑う。
「元気そうだ」
「変わりない」
「そうかい?」
どう見ても懐かしいやり取りだった。
セリアは少し驚く。
こんなレオンを見るのは初めてだった。
村へ入る。
すると今度は別の声が飛んできた。
「レオン兄ちゃん!」
雪玉が飛んできた。
レオンの顔面に直撃した。
犯人は十歳くらいの男の子だった。
逃げる。
レオンが無言で雪玉を作る。
投げる。
命中。
子どもたちの歓声。
雪合戦が始まった。
「……」
「……」
セリアとリリカは固まった。
ガルドは笑いを堪えている。
「何?今の」
「知らん」
レオン本人も少し困った顔をしていた。
だが子どもたちはお構いなしだった。
「兄ちゃん今年も祭り手伝って!」
「無理だ」
「手伝って!」
「無理だ」
「絶対できる!」
完全に押し切られている。
セリアは気づいた。
この村の人たちは。
レオンの扱いがうまい。
◇
宿へ荷物を置いた後、
一行は祭りの準備を手伝うことになった。
氷灯籠を並べたり。
雪を運んだり。
子どもたちと遊んだり。
穏やかな時間が流れていく。
その中でセリアは不思議な光景を見た。
レオンが笑っていた。
大笑いではない。
ほんの少し。
口元が緩む程度。
けれど確かに。
自然な表情だった。
それは旅の中でもほとんど見たことがない顔だった。
「意外か?」
隣へ来たガルドが聞く。
セリアは少し考える。
「うん」
正直に答えた。
「なんだか別人みたい」
ガルドは笑った。
「故郷だからな」
その言葉を聞きながら。
セリアはレオンの背中を見る。
雪かきを手伝いながら。
子どもたちに囲まれながら。
少しだけ困ったような顔をしている。
けれど、どこか楽しそうだった。
自分の知らないレオン。
旅を始めてから。
初めて見る姿だった。
◇
夜、宿へ戻る道。
雪が静かに降り始めていた。
氷灯籠の光が雪へ反射している。
幻想的な景色だった。
「綺麗だね」
セリアが言う。
隣にはレオン。
二人で少し後ろを歩いていた。
前ではリリカとユークが何やら言い争っている。
ガルドは仲裁役だ。
いつもの光景。
「そうだな」
レオンが答える。
少し間が空く。
そして
「昔は嫌いだった」
珍しく自分から話し始めた。
セリアが驚いて顔を上げる。
「雪?」
「故郷」
静かな声だった。
「早く出て行きたかった」
セリアは何も言わない。
続きを待つ。
レオンは雪景色を見つめている。
その横顔はどこか遠くを見ているようだった。
「今は?」
セリアが聞く。
レオンは少しだけ考える。
そして
「分からん」
そう答えた。
でもその答えの中に
まだ話されていない物語があることだけは分かった。




