第四章 やさしい灯りの場所
「ここだ」
レオンが短く言う。
扉を開けた瞬間、
温かな空気がふわっと流れてきた。
香草スープの香り。
焼きたてパン。
暖炉の火。
旅人たちの笑い声。
「いらっしゃい!」
明るい声と共に現れたのは、
長い赤茶色の髪をまとめた女性だった。
柔らかな雰囲気の美人で、
どこか姉のような安心感がある。
「レオン! 久しぶりじゃない!」
「ミレナ」
彼女はレオンを見るなり笑顔になる。
けれど次の瞬間、
視線がセリアに止まった。
「……あら」
じっと見つめる。
セリアは少し戸惑った。
「えっと……?」
「……かわいい」
「へっ」
次の瞬間。
「なにこの子!! お人形さん!?」
「わっ!?」
勢いよく抱きしめられた。
ふわっと甘い花の香り。
「肌白い! 髪さらさら! 細い!」
「ミレナさん近い近い」
「レオン!! この子ちゃんとご飯食べてる!?」
「知らん」
「知らんじゃないのよ!」
リリカが爆笑している。
その時、
奥の厨房から穏やかな声が聞こえた。
「ミレナ、困らせちゃだめだよ」
現れたのは、
大柄で優しそうな男性だった。
深緑のエプロン。
柔らかな笑み。
どこにでもいそうな宿屋の主人。
……なのに。
彼が現れた瞬間、
レオンがわずかに姿勢を正した。
「久しぶりです、エルドさん」
「元気そうで良かった」
穏やかな声。
けれどその瞳には、
歴戦の冒険者だけが持つ静かな鋭さが宿っていた。
セリアがぺこりと頭を下げる。
「は、初めまして。セリアといいます」
その瞬間だった。
エルドの表情が、僅かに止まる。
ほんの一瞬だけ。
驚いたように目を細めた。
「……なるほど」
「?」
「いや。なんでもないよ」
けれど彼はすぐに優しく笑った。
「ゆっくりしていくといい。ここは旅人の家みたいなものだから」
不思議な人だな、とセリアは思った。
その時。
エルドがふとレオンを見る。
そして静かに言った。
「……ルークによく似てる」
セリアの目が大きく揺れた。
兄の名前。
レオンは少しだけ目を伏せる。
「……そうですね」
暖炉の火が、静かに揺れていた。
◇
《星灯り亭》の夜は、
外の静けさとは別世界みたいに温かかった。
暖炉の火がぱちぱちと音を立て、
木造の店内を優しい橙色に染めている。
「はい、できたて!」
ミレナが大皿をテーブルに並べる。
香草たっぷりのシチュー。
焼きたての丸パン。
ハーブグリル。
色鮮やかな野菜料理。
「わぁ……!」
セリアの瞳がきらきら輝く。
「すごい……おいしそう」
「いっぱい食べなさいね〜。細すぎるんだから」
ミレナは完全に保護者モードだった。
「レオン、この子ちゃんと食べさせてる?」
「なんで俺」
「保護者でしょ?」
「違う」
即答。
なのに。
レオンは自然な動作で、
セリアの前にスープを置いた。
「熱いから気をつけろ」
「……ありがとう」
ユークがぼそっと呟く。
「無自覚って怖いですね」
「ほんとだよねぇ」
リリカがにやにや笑う。
「?」
セリアだけ状況が分かっていない。
◇
「……おいしい」
ひと口食べた瞬間、
セリアは思わず頬を緩めた。
優しい味。
身体の芯まで温まる。
「気に入った?」
厨房からエルドが顔を出す。
「はい! すごく好きです」
その笑顔を見て、
エルドは少し目を細めた。
「……やっぱり似てるな」
「え?」
「いや、こっちの話だよ」
そう言って静かに笑う。
レオンはその横顔を見て、
ほんの少しだけ視線を伏せた。




