第三十三章 封印の日
その夜、セリアは再び記憶の海を訪れていた。
星々が漂う静かな世界。
足元には夜空が広がり、
遠くには無数の光が浮かんでいる。
歴代の星祈りたちの記憶。
願い。
想い。
その全てがここに残されていた。
「また来たのね」
振り返るとアイシアがいた。
穏やかな微笑み。
けれど前より少しだけ疲れて見える。
セリアはその変化に気づいてしまった。
「……無理してたんだね」
アイシアは少し驚いた顔をした。
そして小さく笑う。
「ルークにも同じことを言われたわ」
やっぱり。
セリアは少しだけ笑った。
兄らしいと思った。
「知りたいの?」
アイシアが聞く。
「翼のこと」
セリアは頷く。
すると記憶の海が揺らぎ始めた。
星々が流れる。
景色が変わる。
古塔の屋上。
今よりずっと昔、まだ翼が失われる前の時代だった。
そこには何人もの人影がいた。
星祈りたち。
若い者もいる。
年老いた者もいる。
だが、皆どこか疲れていた。
笑顔の人もいる。
けれど目だけが疲れている。
セリアは胸が苦しくなった。
「みんな……」
「頑張りすぎたの」
アイシアが静かに言う。
「人を助けることをやめられなかった」
遠くで誰かが咳き込む。
別の誰かは立ち上がれない。
それでも、助けを求める声が届けば向かう。
笑顔で当たり前のように。
まるで自分の痛みなど存在しないみたいに。
「違う」
セリアは思わず呟いた。
「それは違うよ」
アイシアは優しく振り返る。
「そうね」
悲しいほど優しい笑顔だった。
「でも私たちは気づけなかった」
景色が変わる。
◇
古塔の最上階。
アイシアとノクスがいた。
今より少し若いノクス。
それでも既にどこか孤独な目をしている。
「やめろ」
ノクスが言う。
「まだ方法はある」
「ないよ」
アイシアは静かに首を振った。
「ある」
「ないの」
声を荒げているのはノクスだけだった。
アイシアは不思議なくらい穏やかだった。
「私は見てきた」
ノクスが言う。
「だから分かる」
「なら分かるでしょう?」
アイシアは微笑む。
「このままじゃ駄目だって」
ノクスは言葉を失う。
その沈黙が答えだった。
彼も分かっていた。
このままでは星祈りが壊れ続けることを。
けれど、受け入れられなかった。
「あなたは優しいから」
アイシアが言う。
「違う」
「ううん」
少しだけ寂しそうに笑う。
「誰より優しい」
ノクスは目を伏せた。
セリアは気づく。
アイシアは最初から知っていた。
この人がどれだけ苦しんでいるかを。
「だからお願い」
アイシアは一歩近づく。
「見届けて」
ノクスが顔を上げる。
「忘れないで」
風が吹いた。
白銀の髪が揺れる。
夜空には無数の星。
「星を見て」
アイシアが言う。
「そうしたら私たちの繋がりが見えるはずだから」
その言葉を最後に。
景色が崩れ始める。
翼が光る。
雪の結晶が光る。
そして、
星祈りたちの翼が一つずつ結晶へ封じられていく。
消えたわけではない。
失われたわけでもない。
未来へ託されたのだ。
誰かが同じ過ちを繰り返さないために。
そこで記憶は終わった。
◇
セリアは目を開く。
古塔の客室だった。
胸元のペンダントが温かい。
雪の結晶の両側には、
以前よりもはっきりと翼の光が浮かんでいる。
完全ではない。
けれど確かに変わっていた。
その時、窓の外に人影が見えた。
古塔の屋上。
白銀の髪。
夜空を見上げる青年。
ノクスだった。
その手には何かが握られている。
小さな白銀の欠片。
翼の形をした結晶。
セリアは息を呑む。
あれはきっと翼の一部だ。
ノクスは気づいていない。
セリアが見ていることに。
ただ静かに、何百年も続けてきたように。
夜空を見上げていた。




