第三十章 隠していたこと
古塔の廊下を歩きながら、セリアは胸元へ手を当てた。
ペンダントは静かだった。
けれど、ノクスと話した後からどこか温かい。
まるで長い眠りから少しずつ目覚めているみたいだった。
客室へ戻る。
扉を開けた瞬間。
「……起きてたの?」
思わず立ち止まる。
レオンがいた。
腕を組んで椅子に座っている。
完全に待ち伏せだった。
「誰と会ってた」
挨拶もない。
即本題だった。
セリアは少しだけ苦笑する。
「ノクス」
レオンが深いため息をついた。
本当に深く。
人生の疲れが全部入っていそうなため息だった。
「やっぱり」
小さく呟く。
「知ってたの?」
「半分」
レオンは目を閉じる。
「古塔に来た時点で覚悟はしてた」
セリアは椅子へ腰を下ろした。
少し沈黙が続く。
窓の外では夜風が吹いていた。
遠くで星が瞬いている。
「怒ってる?」
セリアが聞く。
レオンは少し考えた。
「……怒ってない」
本当だった。
昔なら違ったかもしれない。
止めようとしたかもしれない。
だがもう分かっている。
セリアは止まらない。
ルークと同じで。
自分で見て、自分で考えて、自分で決める人間だ。
「ただ」
レオンは視線を落とした。
「話しておくべきだと思った」
その声は少し重かった。
セリアの表情も自然と真剣になる。
「何を?」
レオンはしばらく黙っていた。
言葉を選んでいる。
それが分かった。
「星蝕だ」
初めてその言葉がはっきり口にされた。
セリアの胸が小さく痛む。
ルークの記録にあった名前。
「星祈りが魔障を抱え込み続けると起きる」
静かな説明だった。
「最初は疲労だ」
「疲れやすくなる」
「眠れなくなる」
「集中できなくなる」
セリアは何も言わない。
「その後」
レオンは続ける。
「感情が摩耗する」
部屋が静まる。
「感情?」
「ああ」
レオンは頷く。
「怒れなくなる」
「笑えなくなる」
「泣けなくなる」
それは病より怖かった。
人として少しずつ失われていくみたいで。
「最後は?」
レオンは答えない。
数秒。
沈黙だけが流れる。
「……最後は人による」
それが答えだった。
そして、その言葉が一番重かった。
決まった終わり方がない。
だからこそ怖い。
「お兄ちゃんも」
セリアが呟く。
「そうだったの?」
レオンは窓の外を見る。
夜空。
昔と同じ星空。
「最初は気づかなかった」
低い声だった。
「本人も隠してた」
少しだけ苦笑する。
「笑うところまで同じだった」
セリアも少し笑う。
そして少し泣きそうになる。
「でも」
レオンは続ける。
「最後まで後悔はしてなかったと思う」
その言葉に救われる。
少なくとも。
少しだけ。
その時だった。
胸元のペンダントが光る。
白銀の光。
柔らかな輝き。
セリアは思わず手を当てる。
そして見えた。
一瞬だけ。
記憶の海。
アイシアの姿。
そしてその隣に立つ誰か。
白銀の髪。
金色の瞳。
若い頃のノクス。
今より少しだけ優しい目をしていた。
映像はすぐ消える。
だが、セリアは見逃さなかった。
「……レオン」
「なんだ」
「ノクスって」
少し迷う。
そして
「昔はもっと笑ってた人なのかな」
レオンの表情が止まった。
完全に予想外の質問だった。
「何だそれ」
「なんとなく」
セリアは首を傾げる。
「そんな気がしただけ」
レオンは小さく息を吐く。
そして本当に久しぶりに。
少しだけ笑った。
「かもしれないな」
その答えは否定ではなかった。
窓の外では星が輝いている。
古塔の夜は静かだった。
けれど、止まっていた物語は少しずつ動き始めている。
星祈り。
ノクス。
失われた翼。
そして、まだ誰も知らない過去へ向かって。
◇
その頃、古塔最上階。
ノクスは一人で夜空を見上げていた。
風が吹く。
白銀の髪が揺れる。
そして胸元から小さな欠片を取り出した。
白銀の結晶。
翼の形をした欠片だった。
誰にも見せたことがない。
何百年も。
ずっと。
握り続けてきたもの。
「……まだ早い」
小さく呟く。
けれどその声は。
昔より少しだけ柔らかかった。




