間章 Sideレオン 守れなかったもの
古塔の廊下を歩く。
石壁に足音が反響する。
静かな夜だった。
だが、レオンの心は少しも静かではなかった。
セリアがノクスと会った。
その事実が頭から離れない。
◇
壁にもたれかかる。
窓の外には星空。
七年前と同じ景色だった。
嫌になるくらい。
同じだった。
初めて古塔へ来た時、
ルークは今のセリアと同じだった。
知らないことを知りたがった。
困っている人を放っておけなかった。
そして無理を続けた。
◇
最初は分からなかった。
本当に少しずつだったから。
疲れやすくなる。
眠れなくなる。
咳が増える。
それでも本人は笑う。
大丈夫だ。
問題ない。
心配するな。
全部聞いた。
全部信じた。
信じたかった。
だから気づくのが遅れた。
◇
ある夜だった。
ルークが倒れたのは。
古塔の客室で。
高熱。
呼吸は浅い。
意識も曖昧だった。
レオンは初めて焦った。
本気で。
医師を呼ぼうとした。
薬を探した。
何でもやろうとした。
だが、そこへ現れたのがノクスだった。
何も言わない。
ただルークの様子を見る。
脈を測る。
額へ手を当てる。
慣れていた。
嫌になるほど。
その時レオンは理解した。
こいつは知っている。
星祈りがどうなるかを。
「助かるのか」
気づけば聞いていた。
ノクスは答えない。
「聞いてる」
長い沈黙。
そして
「分からない」
怒りが込み上げた。
「分からない?」
「知ってるんじゃないのか」
「星祈りのことを」
「全部」
ノクスは静かにルークを見ていた。
苦しそうに眠る青年を。
「知っている」
静かな声だった。
「だから分からない」
レオンは言葉を失った。
ノクスは続ける。
「助かった者もいる」
「壊れた者もいる」
「死んだ者もいる」
「私は未来を知らない」
その瞳を。
レオンは今でも覚えている。
諦めていたわけじゃない。
冷たいわけでもない。
ただ見送りすぎた人の目だった。
何度も。
何度も。
何度も。
だから希望を口にできない。
◇
その後、ルークは回復した。
少なくともその時は。
そして笑った。
いつものように。
「心配しすぎ」
レオンは怒った。
本気で。
「笑い事じゃない」
だが、ルークは困ったように笑うだけだった。
「妹がいるんだ」
あの夜も同じことを言った。
「だから」
「もう少し頑張りたい」
◇
レオンは目を閉じる。
あの日から何度も考えた。
もっと止められたんじゃないか。
もっと早く気づけたんじゃないか。
もっと別の道があったんじゃないか。
答えは出ない。
今でも。
そしてだからこそ、セリアを見ていると怖くなる。
浄化をしようとする時。
無理をする時。
大丈夫と言う時。
全部同じだから。
全部。
あの日のルークと。
◇
レオンは窓の外を見上げる。
星が綺麗だった。
昔と変わらず。
「本当に兄妹だ」
小さく呟く。
「放っておけないところまで似なくていい」
誰にも聞こえない声。
その時だった。
背後に気配がした。
振り返らなくても分かる。
ノクスだった。
二人の間に沈黙が落ちる。
数年ぶり。
それなのに、昨日会ったみたいだった。
「会ったな」
ノクスが言う。
レオンはため息をついた。
「余計なことをした」
ノクスは少しだけ目を細める。
「私か」
「お前以外に誰がいる」
そして、レオンは初めてまっすぐノクスを見る。
「セリアを巻き込むな」
静かな声だった。
ノクスはしばらく黙っていた。
そして夜空を見上げる。
「それは」
長い沈黙。
「私に言うことではない」
その言葉にレオンは何も返せなかった。
なぜならその意味が分かってしまったから。
セリアはルークと同じで誰かに止められて止まる人間ではない。
それを誰より知っているのはレオン自身だった。




