第二十八章 失われた翼
地下書庫のさらに奥。
セリアは一人で壁画を見上げていた。
皆は別々に調査を続けている。
ユークは古文書。
リリカは途中で飽きてどこかへ行った。
ガルドは荷物整理。
レオンは別の資料室を調べている。
珍しく静かな時間だった。
壁画には大きな紋章が描かれている。
雪の結晶。
その左右には白い翼。
そして中心には見慣れない文字。
セリアは胸元のペンダントを取り出した。
やはり似ている。
けれど違う。
ペンダントには翼がない。
まるで途中だけが残されたみたいに。
「……何を意味してるんだろう」
独り言のように呟いた。
その時だった。
「そこは違う」
静かな声が聞こえた。
セリアは振り返る。
誰もいないはずだった。
だが、そこには一人の青年が立っていた。
白銀の長い髪。
夜空を思わせる黒い外套。
そして金色の瞳。
夢で見た。
記憶の海で見た。
あの人だった。
青年は壁画へ視線を向ける。
「それは紋章ではない」
低い声。
「記録だ」
セリアはしばらく言葉を失った。
不思議だった。
初めて会うはずなのに。
初めて会った気がしない。
「……あなたは」
青年は答えない。
代わりに。
視線がゆっくり胸元へ落ちる。
雪の結晶のペンダント。
その瞬間。
金色の瞳がわずかに揺れた。
本当にわずかに。
「それを持っているのか」
静かな声だった。
驚きでもない。
怒りでもない。
もっと別の感情。
懐かしさにも似た何か。
セリアは無意識にペンダントへ触れる。
「知っているの?」
青年は答えなかった。
ただ長い時間ペンダントを見つめている。
まるで遠い昔を思い出すように。
「あなたは誰?」
今度はまっすぐ尋ねる。
青年はようやく視線を上げた。
二人の目が合う。
そして
「ノクス」
短い答え。
それだけだった。
けれど、セリアはなぜか少しだけ安心した。
名前が分かったからではない。
その声の奥に。
敵意がなかったから。
むしろ深い疲労のようなものが滲んでいた。
ノクスは壁画へ目を向ける。
「翼がない理由を知りたいのか」
セリアは頷く。
ノクスはしばらく黙っていた。
まるで話すべきか迷うように。
そして
「失われたのではない」
低い声が響く。
「封じられたんだ」
セリアの鼓動が速くなる。
「誰に?」
ノクスは答えない。
代わりに壁画へ触れた。
白い翼。
その表面をなぞる。
「星祈り自身に」
静寂が落ちた。
意味が分からない。
星祈りが。
自ら封じた?
「どうして……?」
セリアが呟く。
ノクスは目を閉じる。
その横顔はひどく悲しそうだった。
「優しすぎたからだ」
ノクスは続ける。
「人を救いたかった」
「世界を救いたかった」
「だから自分を削った」
静かな声。
怒りはない。
ただ長い長い時間積み重なった悲しみだけがあった。
セリアはその横顔を見つめる。
そして思う。
この人はずっとこれを見てきたのだと。
何度も。
何度も。
何度も。
その時だった。
背後から足音が響く。
「セリア!」
レオンだった。
息を切らしている。
普段の彼らしくないほど焦った顔。
だが、彼が視線を向けた先には。
もう誰もいなかった。
白銀の青年の姿は消えている。
まるで最初から存在しなかったみたいに。
ただ一つ。
壁画の翼だけが。
淡く白銀に輝いていた。
ついにノクスとの対面!古塔編に入ってからレオンの過保護モードが強化中です。




