第二十七章 星祈りの真実
翌朝、古塔には静かな朝が訪れていた。
窓から差し込む光が石床を照らしている。
古い建物なのに不思議と寒さは感じない。
まるで誰かに守られているみたいだった。
セリアは昨夜の夢を思い出していた。
アイシア。
記憶の海。
そして遠くにあった孤独な光。
胸の奥に小さな痛みが残っている。
「眠れたか?」
朝食の皿を並べながらレオンが聞く。
「うん」
少し迷ってから続ける。
「夢を見たけど」
レオンの手が止まった。
本当に一瞬だけ。
「どんな夢だ」
「知らない人に会った」
セリアは微笑む。
「でも知らないはずなのに懐かしかった」
レオンは何も言わない。
ただ少しだけ目を伏せた。
まるで答えを知っているみたいに。
◇
朝食の後、一行は再び地下の隠し部屋へ向かっていた。
ユークは既に興奮状態である。
「昨夜ほとんど眠れませんでした」
「寝なさいよ」
リリカが呆れる。
「無理です」
即答だった。
通常運転である。
◇
部屋へ入ると、壁の古代文字が昨夜よりもはっきり見えていた。
まるでペンダントの光に反応したみたいに。
ユークは夢中で解読を始める。
しばらくしてふと動きが止まった。
「……これは」
珍しく声が硬い。
「どうした?」
ガルドが聞く。
ユークは壁を見つめたまま答えた。
「星祈りは」
静かな声だった。
「最初から浄化のために生まれた存在ではありません」
部屋が静まる。
「え?」
セリアが顔を上げる。
ユークは文字を指差した。
そこにはこう刻まれていた。
星祈りは世界の声を聞く者
天を知り
地を知り
人を知る者
セリアは息を呑む。
花守りの祠で聞いた言葉。
世界と共に在る。
その意味が少しずつ繋がっていく。
「じゃあ浄化は?」
リリカが聞く。
「後から生まれた力かもしれません」
ユークは言う。
「少なくとも古い記録では主な役割として書かれていない」
◇
セリアは壁へ近づく。
指先で文字をなぞる。
その瞬間。
ペンダントが淡く光った。
そして。
もう一つの文章が浮かび上がる。
今まで見えなかった文字。
まるで隠されていたみたいに。
星祈りは繋ぐ者
失われた想いを
未来へ繋ぐ者
胸が熱くなる。
なぜだろう。
その言葉を知っている気がした。
◇
その時だった。
ペンダントが強く光る。
白銀の輝き。
部屋全体を照らすほどの光。
皆が目を細める。
そして壁の一角がゆっくり開いた。
「まだあるの!?」
リリカが叫ぶ。
正直みんな同じ気持ちだった。
◇
現れたのは小さな収納棚だった。
その中には一冊の手帳。
そして数枚の紙。
古びている。
けれど見覚えのある字だった。
「これは……」
セリアの指が震える。
手帳を開く。
そこには。
世界の真実でも。
星祈りの秘密でもなく。
『セリアへ』
『薬草を乾燥させる時は窓際に置くな』
『前に全部だめにした』
沈黙。
そして。
「何が書かれてますか」
ユークが真顔で言った。
「お兄ちゃん……」
セリアは思わず笑う。
笑って、それから少し泣いた。
ページをめくる。
『レオンは見た目より料理が上手い』
『それもかなり』
『本人は認めない』
「おい」
レオンが低く言う。
リリカが吹き出した。
ガルドも肩を震わせている。
さらに次のページ。
『セリアは無理をする』
『だから周りを頼れ』
『たぶん読んでも聞かないと思うけど』
セリアは泣き笑いになった。
本当に。
本当にルークらしい。
世界を救う話じゃない。
ただの日常。
ただの兄。
でも、その何気ない言葉の方がずっと会いたかった気がした。
最後のページだけは。
少し筆圧が強かった。
『もしノクスに会ったら』
『まず話を聞いてくれ』
セリアの手が止まる。
『あいつは優しい人だ』
『たぶんお前には分かる』
部屋が静まり返る。
ノクス。
またその名前。
そしてルークは最後まで同じだった。
世界の秘密より。
誰かの心配をしていた。
◇
その頃、古塔の最上階。
白銀の青年は静かに空を見上げていた。
風が長い髪を揺らす。
金色の瞳がふと閉じられる。
「優しい人、か」
誰にも聞こえない声。
少しだけ苦笑する。
そして遥か下にいる少女を思い浮かべた。
灰桜色の髪。
雪の結晶のペンダント。
あまりにも懐かしい面影。
「……本当に」
小さく呟く。
「似ているな」
その言葉が誰に向けられたものだったのか。
まだ誰も知らない。




