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星祈りの少女は、傷ついた世界を旅する  作者: 天野みんと


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第二十六章 記憶の海

 その夜、

 古塔の客室として使われていた部屋でセリアは眠りについた。

 窓の外には満天の星。

 古い石造りの部屋には静寂だけが満ちている。

 けれど胸元のペンダントだけが、淡く光を宿していた。

 まるで呼ぶように。

 誘うように。

 優しく。

 静かに。

 そしてセリアは夢を見る。

 いや、夢ではなかったのかもしれない。

 気づくとそこは、夜空だった。

 星が浮かんでいる。

 足元にも。

 頭上にも。

 どこまでも続く星々。

 まるで海の中にいるようだった。

 星の海。

 そんな言葉が浮かぶ。

「……ここは」

 セリアが辺りを見回した時だった。

「ようやく来たのね」

 穏やかな声が聞こえた。

 振り返る。

 そこには一人の女性が立っていた。

 長い銀髪。

 夜空のような深い瞳。

 白い衣。

 そして胸元には、セリアと同じ雪の結晶のペンダント。

 古塔で見た女性だった。

「あなたは……」

 女性は優しく微笑む。

「アイシア」

 静かな声。

「三百年前の星祈りよ」

 セリアは息を呑んだ。

 目の前にいるのは。

 歴史の中の人。

 本来なら会えるはずのない人だった。

「ここは?」

「記憶の海」

 アイシアは星々を見上げる。

「ペンダントの中に残された記憶の場所」

 その言葉と共に。

 無数の光が揺れた。

 セリアは気づく。

 光の一つ一つが。

 誰かの記憶だった。

 誰かの人生だった。

 そして誰かの願いだった。

「全部……星祈り?」

 アイシアは頷く。

「そう」

 その声は優しい。

 でも、どこか寂しそうだった。

 セリアは周囲を見渡す。

 光は美しい。

 けれど、どこか静かすぎる。

 笑い声もない。

 楽しそうな気配もない。

 不思議だった。

「みんな」

 セリアはぽつりと呟く。

「疲れてる気がする」

 アイシアの表情が少しだけ揺れた。

「鋭いのね」

 そして小さく笑う。

「あなたのお兄さんに似てる」

 セリアは思わず笑った。

 またルークだ。

 こんなところまで。

「星祈りはね」

 アイシアがゆっくり歩き出す。

「たくさんのものを救った」

 星の海が揺れる。

 その光景の中に。

 断片的な景色が浮かぶ。

 病から救われた村。

 魔障から解放された森。

 笑顔の人々。

 喜びの声。

 けれどその裏で、一人の少女が倒れていた。

 別の星祈りが泣いていた。

 誰にも知られずに。

 静かに。

 セリアは目を見開く。

「どうして……」

「救うことばかり求められたから」

 アイシアは静かに答えた。

「私たちは人を救った」

「でも」

 少しだけ空を見上げる。

「自分を救う方法は教わらなかった」

 胸が苦しくなる。

 言葉にできないほど。

 苦しくなる。

 アイシアはセリアを見る。

「でもね」

 優しい笑顔だった。

「それでも後悔はしていない」

 星々が揺れる。

「人を好きだったから」

 その言葉は。

 セリアの心へ静かに落ちた。

 どこか。

 自分にも似ている気がした。

 その時、遠くの星がひとつ強く光る。

 アイシアの表情が変わる。

「……珍しい」

「え?」

 セリアが振り返る。

 遠い場所。

 星の海の果て。

 そこに一つだけ。

 近づいてこない光があった。

 ずっと遠くで留まっている。

 まるでこちらへ来ることを拒むみたいに。

「誰?」

 アイシアは少しだけ悲しそうに微笑んだ。

「来られなかった人」

 セリアは首を傾げる。

「ずっとここへ来られなかった人」

 アイシアはその光を見つめる。

「一番傷ついた人」

 その声には。

 長い時間を生きた人だけが知る寂しさがあった。

 セリアはその光から目を離せなかった。

 なぜだろう。

 会ったこともないのに。

 その光がひどく孤独に見えた。

 ◇

 その瞬間世界が揺らぐ。

 目が覚める。

 古塔の部屋。

 窓の外には夜空。

 胸元のペンダントは静かだった。

 けれど、セリアの頬には涙が伝っていた。

 何故泣いているのか分からない。

 アイシアのためか。

 歴代星祈りのためか。

 それとも、遠くでひとり立ち尽くしていた光のためか。

 その頃、古塔の最上階。

 崩れた天文台には一人の青年が立っていた。

 白銀の長い髪が夜風に揺れる。

 金色の瞳。

 静かな横顔。

 彼は夜空を見上げていた。

 そして遥か遠くで灯った白銀の光を見つめる。

 ほんの一瞬だけ。

 その表情が揺らいだ。

「……アイシア」

 誰にも聞こえない声。

 懐かしい名前。

 そして青年は再び空を見上げた。

 まるでまだ会うべきではないと知っているみたいに。

ノクスとの対面はまだ先です。次回Sideルークになります!

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