第二十五章 記憶の器
ペンダントは雪の結晶みたいな星のモチーフです。
隠し部屋の奥にあった扉は小さかった。
地下書庫の壮大さに比べれば拍子抜けするほど質素な造りだ。
白い石。
星の紋章。
そして中央には雪の結晶。
セリアは思わずペンダントへ触れる。
不思議だった。
この塔へ来てからずっと。
誰かが呼んでいる気がする。
懐かしい誰かが。
「開きそうか?」
ガルドが聞く。
ユークは扉を調べていた。
「鍵穴がありません」
「じゃあどうするの?」
リリカが首を傾げる。
その時だった。
ペンダントが光る。
白銀の光。
柔らかな輝き。
そして雪の結晶が浮かび上がる。
まるで扉が呼応するように。
静かな音を立てて開いた。
「……うそ」
セリアが呟く。
部屋の中は驚くほど小さかった。
本棚もない。
机もない。
ただ中央に一つ。
水晶のような台座が置かれていた。
その上には。
小さな結晶。
星みたいに淡く光っている。
「記録結晶だ」
レオンが低く言う。
ユークが顔を上げる。
「知ってるんですか?」
「ルークから聞いた」
それだけだった。
けれどセリアは見逃さなかった。
レオンの表情が少しだけ硬くなったことを。
まるで開いてほしくない記憶を見るみたいに。
セリアは台座へ近づく。
結晶へ手を伸ばす。
触れた瞬間、部屋が光に包まれた。
眩しい。
暖かい。
そして聞こえた。
「もしこれを聞いてるなら」
懐かしい声。
ずっと会いたかった声。
少し笑うような。
優しい声。
「セリアだよな」
セリアの目が大きくなる。
「お兄ちゃん……」
涙が滲む。
声だけだった。
姿は見えない。
それでも分かった。
間違えるはずがない。
「まず最初に」
ルークの声が続く。
「ここまで来たことを褒めたい」
少しだけ笑う声。
「頑張ったな」
それだけで。
胸がいっぱいになる。
言葉が出ない。
ルークは少し沈黙した。
そして今度は真面目な声になる。
「ペンダントを持ってるか?」
セリアは無意識に胸元を握る。
「持ってるなら絶対になくすな」
「……うん」
思わず返事をしてしまう。
もちろん声は届かない。
それでも返事をしたかった。
「それはただの形見じゃない」
部屋が静まる。
「星祈りの記憶を受け継ぐ器だ」
ユークが息を呑む。
レオンは目を閉じた。
知っていた。
知っていたからこそ。
聞きたくなかったのかもしれない。
「歴代の星祈りは」
ルークの声が少し遠くなる。
「記憶をそこへ残してきた」
「記憶……」
セリアが呟く。
「だからお前は見る」
静かな声。
「知らないはずの景色を」
「知らないはずの人を」
「知らないはずの想いを」
セリアの脳裏に銀髪の女性が浮かぶ。
花守りの祠で見た光景。
古塔で見た夢。
全部繋がっていく。
「でも」
ルークは続けた。
「全部を見ようとするな」
その言葉にレオンの視線が動いた。
「無理をすると」
ルークは少しだけ迷う。
まるで言うべきか悩むように。
「星蝕が進む」
部屋の空気が変わる。
初めて出てきた言葉。
セリアは聞いたことがない。
けれどレオンは知っている。
その顔を見れば分かった。
「お兄ちゃん……」
ルークは少し笑った。
それまでの重さを消すように。
「まあ」
「今のお前なら絶対無理するんだけどな」
セリアは思わず泣き笑いになる。
ひどい。
でもその通りだ。
「だから仲間を頼れ」
優しい声だった。
「一人で抱えるな」
少しだけ声が柔らかくなる。
「お前は昔からそうだから」
沈黙。
そして最後の言葉。
「セリア」
懐かしい呼び方。
子供の頃から変わらない。
「世界はお前が思っているより広い」
「そして」
ルークの声が少しだけ遠くなる。
「ノクスは敵じゃない」
セリアの心臓が跳ねる。
「ただ」
短い沈黙。
「誰よりも傷ついている」
その一言を最後に。
光は消えた。
静寂が戻る。
誰もすぐには動けなかった。
セリアは結晶を見つめる。
涙が一筋だけ零れた。
会えたわけじゃない。
触れられたわけじゃない。
でも、確かに兄の声だった。
その時、誰も気づかなかった。
部屋の奥、壁に刻まれた古い紋章が淡く光ったことを。
雪の結晶。
そしてその中心に描かれた翼。
セリアのペンダントには存在しないはずの模様だった。




