第二章 白銀の風亭
「……つまり、お前は王都を出たいってことか?」
夕暮れの治療院。
薬草茶の湯気越しに、レオンは眉をひそめた。
向かいに座るセリアは、小さく頷く。
「もっと広い世界を見てみたいの」
「急だな」
「……ずっと、考えてたよ」
窓の外を見るその横顔は、少しだけ寂しそうだった。
王都での生活は楽しい。
傷ついた人を癒やし、誰かの希望であり続ける。
それは嫌じゃない。
けれど――。
「わたし、自分が何者なのか……まだちゃんと知らない気がする」
ぽつりと零れた本音。
レオンは静かに彼女を見る。
普段のセリアは、誰かのために笑う。
でも今の彼女は、“自分のため”に前へ進もうとしていた。
「……ふーん」
「興味なさそう」
「いや。むしろ――」
レオンは少し口角を上げた。
「やっと人間っぽいこと言ったなって思った」
「えっ」
「いつもみんなのためって奴だと思ってた」
セリアは少し困ったように右眉を下げている。
「わたしだって普通だよ」
「どこが?」
「いっぱい悩むし、落ち込むし……甘いものも好きだし」
「最後だけ平和すぎるだろ」
思わずレオンが吹き出す。
その笑い方が、少しだけ柔らかくなっていることにセリアは気づかなかった。
◇
三日後。
二人は王都を離れ、冒険者ギルド《白銀の風亭》を訪れていた。
王都の中心部から少し離れた場所に、
冒険者ギルド《白銀の風亭》はあった。
昼間だというのに賑やかだ。
酒を飲む者。
依頼を探す者。
討伐帰りで泥だらけの者。
様々な冒険者たちが行き交っている。
「やっぱり慣れないなぁ……」
セリアは少し緊張しながら呟いた。
治療院の手伝いで来たことはある。
でも冒険者として足を踏み入れるのは初めてだった。
「お前、人は助けられるのに人混みは苦手なのか」
隣からレオンが言う。
「なんかみんな強そうで」
「実際強いぞ」
「安心できる要素がないよ」
思わず頬を膨らませる。
その様子にレオンの口元がわずかに緩んだ。
◇
「レオン!!」
元気な声が飛んできた。
金茶色の髪を結んだ少女。
猫のように身軽で、
人懐っこい笑顔。
「久しぶりじゃん!」
「リリカ」
少女はレオンの返事を聞く前に、
セリアへ視線を移した。
「えっ」
数秒固まる。
「かわいい」
「えっ」
「かわいい!!」
距離が近い。
近い近い近い。
「レオン! どこで拾ったの!?」
「拾ってない」
「セリアだよ。よろしくね」
「リリカ! 弓使い! 恋バナ大好き!」
「最後いる?」
セリアは思わず笑ってしまった。
なんだか小動物みたいな子だった。
◇
「やかましいですね」
今度は落ち着いた男性の声。
銀髪に眼鏡。
知的な雰囲気。
片手には分厚い本。
「ユーク」
レオンが呼ぶ。
「魔導具技師兼魔法使いです」
ぺこりと頭を下げる。
礼儀正しい。
……ように見えた。
「ちなみにレオンさんが女性を連れてくるのは初です」
「余計なこと言うな」
「事実です」
「へぇぇぇぇぇ」
リリカがにやにやし始める。
「!?」
セリアは慌てた。
◇
最後に現れたのは、
大柄な男だった。
背中に巨大な槍。
厳つい顔。
怖い。
と思った瞬間。
「飴食うか」
「え?」
差し出されたのは蜂蜜飴だった。
「……ありがとう」
「おう」
無口。
でも優しい。
セリアはなんとなく察した。
この人はたぶん良い人だ。
「ガルドだ」
「よろしくね、ガルドさん」
ガルドは少しだけ照れたように視線を逸らした。
◇
その時だった。
ギルドの扉が勢いよく開く。
「緊急依頼だ!!」
受付嬢の声が響く。
室内が静まり返った。
「西の森で魔障濃度が急上昇!」
ざわり。
「魔獣が暴走している!」
空気が変わる。
緊急依頼。
しかも魔障案件。
ベテラン冒険者たちですら表情を引き締めた。
「黒竜の眷属の可能性もあります!」
その言葉に、
ユークの眉が動く。
「面倒ですね」
「面倒だねぇ」
「大物か」
ガルドが槍を担ぐ。
そして。
レオンがセリアを見る。
「どうする」
試すような声だった。
セリアは少しだけ迷った。
怖い。
でも。
困っている人がいる。
傷つく誰かがいる。
それを知ってしまったら。
「行く」
答えは決まっていた。
レオンは小さく息を吐く。
まるで最初から分かっていたみたいに。
「だろうな」
その瞬間。
新しく結成されたパーティが動き出す。
まだ誰も知らない。
この依頼が、
セリアの中に眠る“星祈り”を目覚めさせる最初の一歩になることを。




