第一章 癒しの少女と黒狼の剣士
空気感など気に入っていただけましたら嬉しいです!
この世界には、魔気が満ちている。
草木が芽吹くのも、火が燃えるのも、人が魔法を使えるのも、すべて魔気の循環によるものだ。
けれど魔気は、ときに淀む。
深い森の底。
戦場の跡。
悲しみが積もった土地。
そこに生まれる濁りを、人々は“魔障”と呼んだ。
魔障は、悪ではない。
本来は世界の一部。
自然に生まれ、自然に巡り、やがて薄れていくもの。
けれど人は、それを恐れた。
病を生み、土地を枯らし、獣を魔獣へ変えるそれを。
だから人々は祈った。
――どうか、この穢れを消してください。
そしてその祈りに応え続けた一族がいた。
星祈り。
魔障をその身に引き受け、世界を浄化する者たち。
かつて彼らは、聖者と呼ばれた。
けれど今、その名を知る者はほとんどいない。
救い続けた者たちが、最後にどうなったのかを。
人々は、忘れてしまったから。
◇
王都アストレアの朝は、白銀の鐘の音で始まる。
街外れの小さな治療院で、セリアは薬草を束ねていた。
淡い灰桜色の髪。
朝露のように静かな瞳。
白と淡青のローブ。
彼女は王都でも珍しい、光属性の治癒師だった。
「セリアさん! 北門で冒険者が負傷を!」
扉が勢いよく開く。
セリアは束ねていた薬草を置き、すぐに杖を手に取った。
「分かった。すぐ行くね」
北門には、血の匂いと焦りが満ちていた。
魔獣に襲われた若い冒険者たちが、地面に横たわっている。
「毒が回ってる……回復薬が効かない!」
セリアは膝をつき、負傷者の手を取った。
「大丈夫。まだ助かるよ」
手のひらに、淡い光が灯る。
「――《ヒールシャワー》」
温かな光が降り注いだ。
傷が塞がり、毒に紫色へ変わっていた肌が元の色を取り戻していく。
「すごい……」
「さすがセリアさんだ……」
誰かが呟く。
けれどセリアは、誇るような顔をしなかった。
「無理しないで。今日はちゃんと休んでね」
ただ、そう微笑むだけだった。
その時。
「相変わらずだな」
低い声がした。
振り返ると、黒髪の青年が立っていた。
鋭い金色の瞳。
使い込まれた剣。
黒い外套。
王都でも名の知れたS級冒険者。
“黒狼”のレオン。
「助けられるなら全部助ける。そういう顔してる」
「……だめかな」
「だめとは言ってない」
レオンはセリアの手元を見る。
彼女の指先が、わずかに震えていた。
「でも、お前は自分の限界を見ない」
セリアは言葉に詰まる。
図星だった。
「……大丈夫だよ」
「そういう奴が一番危ない」
レオンはため息をつき、セリアの薬箱を持ち上げた。
「運ぶ。ふらついてるだろ」
「えっ、でも」
「却下」
ぶっきらぼうに言って、彼は歩き出す。
その歩幅は、セリアに合わせて少しだけ遅かった。
◇
その背中を見ながら、セリアは思う。
怖そうな人。
でも、不思議と怖くない。
レオンは振り返らない。
ただ小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……似なくていいんだよ」
その言葉の意味を、セリアはまだ知らない。
レオンが、かつて自分の兄と旅をしていたことも。
兄が命を懸けて守ろうとした秘密が、自分の中に眠っていることも。
そして。
この出会いが、傷ついた世界を巡る長い旅の始まりになることも。




