第十六章 花冠の町
花冠の町フィオラが見えたのは昼過ぎだった。
雪山の合間を抜けた瞬間、
世界が変わった。
そう思った。
「……わあ」
セリアは思わず立ち止まる。
視界いっぱいに広がる花畑。
桃色。
白。
薄紫。
黄色。
風が吹くたびに花々が揺れる。
まるで春そのものが息をしているみたいだった。
「すごい……」
ぽつりと零れる。
隣から小さな笑い声が聞こえた。
「ルークも同じこと言ってた」
レオンだった。
セリアが振り返る。
「またそれ」
「事実だ」
「お兄ちゃん語録多すぎる」
珍しく少しだけ拗ねたように言う。
レオンの口元が僅かに緩んだ。
◇
町の中心は祭りで賑わっていた。
色とりどりの花。
屋台。
音楽。
笑い声。
花冠祭。
一年で最も賑わう日だった。
「まずはスイーツ!」
リリカが走る。
「また始まりましたか」
ユークが呆れ声を出す。
「スイーツ!!」
リリカは全く聞いていなかった。
ガルドは到着から十分で子供たちに捕獲された。
「ガルドー!」
「肩車!」
「鬼ごっこ!」
「……おう」
なぜ受け入れるのか。
誰にも分からない。
本人にも分からない。
◇
広場では花冠作り体験が行われていた。
「みんな作ろうよ!」
リリカが言う。
「俺はいい」
レオンが即答する。
「だめ」
「なぜだ」
「お祭りだから」
「理由になってない」
完全に巻き込まれていた。
◇
結果、全員参加になった。
セリアは白い花を選ぶ。
小さくて可憐な花。
どこか雪の結晶にも似ていた。
◇
リリカは盛り盛りだった。
花。
花。
花。
花。
「重そう」
セリアが言う。
「芸術だから」
らしい。
◇
ユークはかなり几帳面だった。
一つ一つ配置を考える。
左右対称。
完璧主義。
「性格出るね」
セリアが笑う。
「そういうものです」
本人は真面目だった。
◇
「……」
レオンは黙々と作業している。
十分後。
全員が固まった。
「うまっ」
リリカが叫ぶ。
完成した花冠は売り物みたいだった。
いや、売り物より綺麗だった。
花の配置。
色のバランス。
完璧。
「なんで?」
セリアが聞く。
「なんでとは」
「なんでそんな上手いの」
レオンは少し考える。
「別に」
全然答えになっていない。
近くで見ていた職人が言った。
「君、弟子にならない?」
「ならん」
即答だった。
◇
夕方、セリアは一軒の工房を訪れていた。
花冠職人の店。
ルークのノートに書かれていた場所。
扉を開く。
鈴が鳴る。
花の香りが広がった。
「いらっしゃい」
穏やかな女性が顔を上げる。
長い栗色の髪。
優しい瞳。
花冠職人アイラ。
そしてルークを知る人。
アイラはセリアを見る。
しばらく。
じっと。
そして
「似てる」
静かに笑った。
「よく言われます」
セリアも笑う。
だがアイラは首を振った。
「顔じゃなくて」
セリアが首を傾げる。
「大事な人のために頑張りすぎるところ」
その言葉にセリアは少しだけ言葉を失った。
◇
アイラは奥の棚から小さな箱を取り出した。
大切そうに。
ゆっくりと。
箱を開く。
中には。
一つの花冠。
長い年月を経ているはずなのに。
丁寧に保存されていた。
「これは……」
セリアが息を呑む。
「ルークが作ったの」
優しい声だった。
花冠には小さな札がついていた。
見覚えのある字。
見覚えのある文字。
『妹へ』
その二文字だけで。
胸がいっぱいになる。
「不器用な人だった」
アイラは懐かしそうに言う。
「でも」
少し笑う。
「妹さんの話になると止まらなかったわ」
セリアは顔を覆った。
「お兄ちゃん……」
完全にシスコンだった。
◇
工房を出る頃には夕焼けになっていた。
町中が花色に染まっている。
笑い声。
音楽。
優しい時間。
セリアは胸元の花冠を抱きしめる。
遠く離れた場所で。
兄が自分を想っていた証。
それが嬉しかった。
そして気づかなかった。
祭りの喧騒から少し離れた資料館で。
ユークがある古文書を見つめていたことに。
その表情がいつもの彼とは少し違っていたことに。




