第十四章 アップルパイパーティー
雪解けの泉の一件から二日後。
谷には穏やかな日常が戻っていた。
作物は元気を取り戻し、水は澄み、村人たちの表情も明るい。
「ということで!」
リリカが立ち上がった。
嫌な予感がする。
「泉解決記念アップルパイパーティーを開催します!!」
「ということで、とは」
ユークが冷静に突っ込む。
「いやだって!」
リリカは真剣だった。
アップルパイに関してだけ異常に真剣だった。
「お祝いだよ!?」
「そうですね」
「しかもこの谷のアップルパイ美味しいし!」
「そうですね」
「だからみんなで食べるべきなの!」
「理屈が分かりません」
ユークは首を振る。
リリカは諦めない。
「ガルドは?」
「食う」
「よし!」
即戦力を確保した。
◇
結局。
薬師の家の大きなテーブルに、
アップルパイが並ぶことになった。
五種類。
全部違う店。
リリカ厳選。
妙な迫力があった。
「まずはこちら!」
「始まった」
セリアが小さく笑う。
食べ比べは意外と盛り上がった。
「こっち好きかも」
セリアが言う。
林檎の酸味が少し強い。
「だよね!」
リリカが食いつく。
「分かってる!」
なぜか褒められた。
「レオンは?」
聞かれて。
レオンは一口食べる。
「全部うまい」
「雑!!」
リリカが叫ぶ。
ガルドは頷いていた。
「全部うまい」
「ガルドまで!?」
アップルパイ評論家リリカは絶望した。
◇
食後、セリアは食器を片付けていた。
窓の外は夕暮れ。
谷を橙色に染めている。
「また働いてる」
リリカが隣へ座った。
「つい」
セリアは少し笑う。
「昔から?」
「うん」
手を動かしながら答える。
「治療院が忙しかったから」
◇
セリアの育った治療院は、
王都の外れにあった。
豪華な場所じゃない。
でも人が集まる場所だった。
怪我人。
病人。
身寄りのない子供。
困っている人。
たくさんいた。
「お兄ちゃんもよく手伝ってた」
懐かしそうに笑う。
「朝から晩まで働いてたな」
「ルークさんらしいですね」
いつの間にかユークも聞いていた。
「でも」
セリアは少し考える。
「嫌じゃなかったよ」
窓の外を見る。
「誰かが元気になるのを見るのが好きだったから」
その言葉に部屋が少し静かになる。
誰も茶化さない。
たぶん本気だと分かるから。
◇
その夜、食器洗いを終えた頃。
エリオスが声をかけた。
「少し来い」
セリアは首を傾げる。
薬師の家の裏手。
雪解け水の流れる小さな川。
夜風が静かに吹いている。
エリオスはしばらく黙っていた。
そして
「ルークの話だ」
セリアが顔を上げる。
「お前は」
老人は川を見つめたまま言う。
「ルークが何のために旅をしていたと思う」
「何のため……」
セリアは少し考える。
「人を助けるため?」
「半分正解だ」
静かな返事だった。
「最初は薬を探していた」
「薬?」
「ああ」
エリオスは頷く。
「ある病の治療法をな」
セリアは首を傾げる。
そんな話は聞いたことがない。
「誰のための?」
すると。
エリオスは初めてこちらを見る。
深い瞳。
長い時間を生きてきた人の目。
「お前だ」
風が止まった気がした。
セリアは言葉を失う。
「……私?」
「ああ」
「でも私、病気なんて」
「知らなかっただろうな」
老人は静かに言う。
「ルークは知られたくなかった」
◇
雪解け水の音だけが聞こえる。
「先生」
セリアの声は小さかった。
「お兄ちゃんは何を知っていたの?」
エリオスは答えない。
すぐには。
代わりに。
一冊の古いノートを差し出した。
「これは?」
「ルークが置いていった」
見覚えのある字。
見覚えのある革表紙。
セリアの胸が少しだけ高鳴る。
「次の町で読め」
「え?」
「その方がいい」
意味は分からなかった。
ただエリオスの顔は真剣だった。
◇
その夜遅く屋根の上では、
レオンが一人で夜空を見ていた。
そこへエリオスが現れる。
「話してきた」
「ああ」
短い会話。
長い沈黙。
そして。
老人がぽつりと言う。
「ルークは最後まで諦めなかった」
レオンは目を閉じる。
知っている。
誰よりも。
「だから今度は」
エリオスは夜空を見上げる。
「お前が諦めるな」
その言葉にレオンは何も答えなかった。
ただ遠くの星だけを見つめていた。
まるでもう届かない友人へ向けるみたいに。




