第十一章 薬師見習いとアップルパイ
翌朝、セリアは日の出前に目を覚ました。
窓の外はまだ薄暗い。
山の空気は冷たく澄んでいる。
静かな谷だった。
雪解け水の音だけが聞こえる。
「……気持ちいい」
そう呟いて外へ出る。
すると
「遅い」
エリオスがいた。
「えっ」
「薬草は朝採る」
老人は籠を差し出す。
「来い」
◇
朝の薬草畑は美しかった。
葉の先には朝露。
雪解け水が小川になって流れている。
陽光を受けて、薬草が淡く輝いて見えた。
「これは?」
セリアが尋ねる。
「雪星草」
「解熱ですね」
「ほう」
エリオスの眉が動く。
「これは?」
「月雫花」
「作用は」
「鎮静」
老人は何も言わない。
けれど少しだけ機嫌が良さそうだった。
◇
昼、調合室。
セリアは真剣な顔で薬を作っていた。
薬草を刻む。
煎じる。
濾す。
冷ます。
その手際は見事だった。
エリオスは腕を組んで見ている。
「誰に習った」
「兄です」
また同じ答え。
でも今回は少し違った。
「あと治療院のみんな」
セリアは少し笑う。
「小さい頃から手伝ってたので」
◇
その頃町では。
「見つけたぁぁぁぁ!!」
リリカが叫んでいた。
両手には紙袋。
「名物アップルパイ!!」
目が輝いている。
「朝から三軒回った!」
「何してるんですか」
ユークが呆れる。
「食べ比べ」
「意味が分からない」
「人生に必要だよ」
「不要です」
◇
夕方、薬師の家。
テーブルいっぱいにアップルパイが並んでいた。
異様な光景だった。
「全部違うんだよ?」
リリカは真剣だった。
アップルパイにだけ。
異様に真剣だった。
「これはシナモン強め」
「ふむ」
「こっちはリンゴが大きい」
「ほう」
なぜかガルドが付き合っている。
真面目に聞いている。
セリアは思わず笑った。
「楽しそう」
「セリアも食べる!」
半ば強制的に皿を渡される。
一口。
サクッ。
甘い香り。
「……おいしい」
自然と頬が緩んだ。
その様子を見てレオンは少しだけ安心した顔をしていた。
◇
夜、台所。
セリアが洗い物をしていると。
横から手が伸びる。
「貸せ」
「え?」
レオンだった。
「でも」
「お前今日ずっと働いてただろ」
自然な口調だった。
特別なことを言っている自覚もない。
「俺がやる」
そう言って手際よく皿を洗い始める。
慣れている。
あまりにも。
セリアはしばらく見ていた。
「レオンって」
「なんだ」
「生活力高いよね」
少し考えて。
レオンは答えた。
「旅してたからな」
それだけだった。
でもその言葉の中にルークとの時間がある気がした。
◇
寝る前。
エリオスは静かに言った。
「明日から薬師見習いだ」
セリアが目を丸くする。
「えっ」
「聞こえなかったか」
「聞こえました!」
「なら返事しろ」
ぶっきらぼうだった。
けれどその目は少しだけ優しかった。
「よろしくお願いします、先生」
セリアは嬉しそうに笑う。
エリオスは顔を背けた。
「……ルークよりは筋が良い」
ぼそりと呟く。
誰にも聞こえないくらい小さな声だった。
窓の外では雪解け水が静かに流れていた。
まるで遠い昔から、誰かの想いを運び続けているみたいに。




