2-4 規律の北条家で唯一、やりたい放題が許された漢
『北条五代記』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia
俺たちのギルド、相模小田原・北条家 は、とにかく「規律」がうるさいことで有名だ。仁義を重んじ、礼儀作法は完璧。分不相応な振舞いをする奴は、すぐに周りから「痛い奴」として笑われる……そんな、ガチガチのホワイト企業だ。
だが、そんな鉄の結束を誇る北条家にも、一人だけ規格外のプレイヤーがいた。それが、氏直様の直属ユニット「武者奉行」の一人、福島伊賀守だ。
こいつのステータスは、まず見た目からしておかしい。人間離れした巨体に、顔の半分を覆うような大髭。存在そのものが「異様」なんだが、何よりヤバいのはそのファッションへのこだわりだ。
伊賀守は、一日に三度も出仕するんだが、そのたびに装備を着替えてくる。
ある時は、長柄の刀に派手な腕抜きを打って現れ。ある時は、短刀の柄を真っ赤な糸で巻いてアクセントにし。またある時は、虎の皮をあしらった豪華な太刀を帯びてくる。
普通なら「規約違反だぞ」ととがめられるところだが、氏直様はこの男が大好きで、完全にスルー。傍輩たちも「まあ、伊賀守だからな……」と、その圧倒的な武徳の前に納得せざるを得なかった。
ある年のこと。小田原の久野という場所で神事の祭り があり、侍たちもこぞって見物に出かけた。
当然、伊賀守も現れたんだが、その登場シーンがまた常識外れだった。銀箔を押し固めた角 を持ち、真っ赤な大房をつけた牛に跨って現れたのだが……なんと、「牛に後ろ向き」に乗って、悠々と尺八を吹いているじゃないか。
さらに、牛の手綱を引かせているのは、真っ赤な着物を着て、尖った桔梗笠をかぶった女。後ろには長刀を担いだ屈強な力者が付き従うという、前衛的なパレード状態。町人たちは目を丸くして囁き合った。
「おい、あの規律正しい北条家にも、あんな『傾き者』がいたのか!」
「いや、あの方は福島伊賀守様だ。勇士としての誉れが人を超えているから、あれが許されるんだよ」
誰もが悪口を言うどころか、その「強者の余裕」に感嘆するしかなかった。
そんなある日、伊賀守は相模の馬入河へ鵜飼いに出かけた。地元の住民たちが怯えながら忠告してくる。
「伊賀守様、この川には『くせ者』……得体の知れない化け物が住んでいて、近年、何人も引き込まれているんです」
それを聞いた伊賀守は、鼻で笑った。
「はっ! どんな化け物だろうが、この伊賀守に手を出す度胸はあるまいよ」
だが、鵜飼いを始めて間もなく、事件が発生する。供をしていた中間の一人が、何かに足を掴まれたように、一瞬で水底へと引きずり込まれたんだ。
「すわ、くせもの現れたり! 逃がすまじ!」
伊賀守は迷わず脇差を抜き放ち、そのまま水の中へダイブ!
深い水底で彼が見たのは、ギラギラと眼を光らせ、中間を今まさに喰らおうとしている巨大な影だった。伊賀守は超人的な大力を発揮し、その化け物を左脇でガッチリとホールド! 身動きを封じると、そのまま至近距離から脇差で五度もブッ刺した。
水面にバシャリと上がってきた伊賀守。その直後、死んだ中間と一緒に、プカプカと巨大な「主」が浮かび上がってきた。なんとそれは、体長が一間(約1.8メートル)もある、化け物級の巨大 鱸だった。
町の人々は、川の恐怖を力技でねじ伏せた伊賀守を見て、畏怖を込めてこう噂した。
「あの御仁は、きっと鬼の生まれ変わりに違いない……」と。
校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)
四 福島伊賀守河鱸を捕手柄の事
見しは昔、さがみ小田原北条家の侍、仁義をもつぱらとし、礼義作法たゞしく、其様厳重に有て、形義をみださず。若いやうをこのみ、分限にすぎたる振舞をなす者をば人あざける故、律義をたしなみ、君臣の礼いよ〳〵をもんじ給へり。然にいせ備中の守、山角紀伊守、福嶋伊賀守三人は、氏直はたもとの武者奉行。此等の人は数度の合戦に先をかけ、勇士のほまれをえ、其上軍法をしれる故実の者也。ていれば伊賀守は、生れつきこつぜんと異様にして、大男大髯有て、形体風俗人にかはつていちじるし。氏直公へ日に三度出仕すれば、刀脇指衣類までも三色に出立。長柄刀にうでぬき打てさす時もあり、みじか刀の柄をあかき糸にてまくもあり、虎の皮のしんざやまきの太刀をさす事もあり。然共氏直彼者御自愛故か、是を見とがめ給はず。諸傍輩もそしりあやしむる事なし。一年小田原久野の入に神まつりあり、諸侍見物せり。いがの守も是を見物せんと、牛の角にぎんばくを〻し、あかねの大ぶさ鞦、あかねのはづなを付、をのれは草苅の体にて、腰にかまをさし、牛に乗りうしろむきて尺八をふき、女にくれなゐのそめかたびら、さきのとがりたるききやう笠をさせて牛をひかせ、力者一人に長刀をかづかせあとにつれ、祭見物せしを、皆人けうがるふるまひとて時に至て笑ひしか共、悪難をいふ者なし。町人は是を見て、侍の形義ただしき北条家にも異様をこのむ人有けり。但(たゞ)しいがの守、勇士のほまれ人にこへ、武徳の至る故にやとぞさたしける。ある時伊賀守、さがみばにう河へ行き鵜をつかふ。在所の者いはく、此川に何ものやらんくせ者有て、近年人をおほく取よしを申す。いがの守聞て、此川にいかなるくせ者有共、よも伊賀には手をさゝじとあざわらひ、鵜をつかひけるに、中間を一人、水底へ引こみ見へず。伊賀是を見、すはくせものよ、のがすまじと脇ざしをぬき持、水底に入て是を見れば、眼ひかる物有て中間を喰ふ。いがは大力、かれをいだひて弓手の脇にしめつけ、つゞけて五刀さし、水の上へあがる。その跡に中間も死してうかび出、長一間程の鱸(すゞき)死てうかびたり。福島伊賀守は希代の気なげもの、鬼の生れがはりとぞ人さたしける。
〜参考文献〜
北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource
https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0
〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。
この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。
もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。




