180 神に選ばれるということ
唐突にケイ先生の手紙を思い出した。
『敵がこうであってほしいという願望は捨てよ。
敵は自分より強大で、賢い。そう考えるのが長生きするコツだ』
俺はシャンタルに自分の願望を押しつけていなかっただろうか。
自分より考えが浅いと、決めつけていなかっただろうか。
「聖女。お聞きしたいことが」
「どうした?」
シャンタルは、幼く見えるが、俺よりはるかに年上なのだ。
子供や孫を、もしかしたら曾孫やその先も育てた経験豊富な老女だ。
そのうえ、建国母として政治に関与してきたのだ。
我が国の皇太子より、経験豊富な政治家でもあるのだ。
実際、俺たちは後手後手に回っていたはずだ。
何の見込みもなく、俺を呼び出して封印を解いてほしいと頼んだりするだろうか。
「聖女はどうして焦っていないのですか?」
俺は素直に疑問に思ったことを尋ねることにした。
相手のほうが格上ならば、機嫌を良くして口を滑らせようなどと小細工を労しても効果は望めない。
子供のように素直に尋ねた方がいいはずだ。
「おかしなことを言う。焦る理由がないであろう? 全て計画通りなのだから」
「私はケイ先生の封印の解除に手を貸すつもりはありませんが、どうしてですか?」
俺が直截的に尋ねると、シャンタルは真面目な顔になった。
そして、俺の目をじっと見る。
無意識でシャンタルを侮っていたことに俺が気付いたことに、シャンタルも気付いたらしい。
「ふむ。ケイの弟子。どこからだと思う?」
「いったい、なんのことですか?」
「どこからわらわの計画は始っていたと思う?」
「……古竜の前大王が死んでからでしょうか?」
「もっと前だ。どうして、そなたたちは、あの場所に向かった?」
「ユルングの出生の秘密を調べるために……」
「そうだ。そのユルングを封印の中から盗み出し、魔道具を取り付けたのは誰だ?」
シャンタルの口調は、孫を諭す祖母のように優しかった。
まるで俺が失敗したときのケイ先生のようだった。
「聖女です。まさかユルングを盗んだときから、今回の計画が始っていたのですか?」
「違うな。ユルングが保護しても、そなたは古竜だと気付けないだろう?」
「まさか、ハティに魔道具を取り付けたときから計画は――」
「惜しい。たしかにハティを操る魔道具を作り、手のものを使ってハティの頭に取り付けさせたのはわらわだ。だが、ハティにとりつけようと、あの場所にそなたがいなければ、勇者を殺して終わりだろう?」
「聖女は勇者を殺したいと思っておられたのでは?」
「あのな、ケイの弟子。育ってもいない勇者など簡単に殺せる。わざわざ古竜の王女に襲わせなくてもな」
シャンタルの言うとおりだ。
ロッテを護衛していた騎士は、皆死んだと聞いている。
シャンタルが本気で殺す気ならば、ロッテは俺の元にたどり着けてすらいない。
「どうして、そなたはあの場所にいた?」
「ケイ先生の手紙に……研究室の防護をしっかりしろと書いてあったからです」
だから、結界発生装置を作るまでの間、荒野にあるケイ先生の研究所を使わせてもらうことにしたのだ。
「違うだろう? 学院をクビになったからだ」
「それはそうかもしれませんが……」
「どうした? 明晰なケイの一番弟子ともあろう者が、まだ気付かぬか?」
「そこから、俺が学院をクビになったところから、この計画が始っていたと?」
「そうだ。学院長、魔道具学部長、それにゲラルド商会の背後に誰がいたかは、そなたも知っているのだろう?」
学院長たちの背後には光の騎士団がいたと聞いている。
そして、光の騎士団と神光教団の教祖はシャンタルなのだ。
当然、学院長たちを意のままに動かすのは難しくなかっただろう。
「正確に言うと、ケイが邪神の声を聞き学院から去ったのを見て、かねてから準備していた計画を動かしはじめたということだ」
「いつから、準備を始めたのですか?」
「最初は大魔王と戦ったときだった」
「……つまり千年前ということですか?」
「そうだ。わらわとラメット、ケイ。三人の中で最も優秀だったのはケイだ。だが、神が選んだのはわらわとラメットだった。ならば次、神に選ばれるのはケイだろう?」
神に選ばれてラメットは勇者に、シャンタルは聖女になった。
そして、今、ケイ先生は邪神に選ばれ、大魔王になろうとしている。
「つまり、聖女はケイ先生が大魔王になることを防ごうとしていたのですか?」
「そうではない。……いやこれは、神に選ばれなければ理解できぬことだ」
「どういうことでしょうか?」
「神に選ばれるというのは不幸なことではけしてない。わらわも、ラメットも幸せであったよ」
「ですが聖女。大魔王は自我を失い暴れ続けるようになると、ケイ先生や古竜の方々にお聞きしましたが……」
「それは誤解だ。あくまでも神の祝福だぞ。それのどこが祝福といえる?」
「ですが、ケイ先生に祝福を与えようとしているのは邪神ですよ?」
「神に聖邪があるわけなかろう」
「聖女であるあなたがそれを言いますか」
しかし、神に聖邪はないというのは、古竜の方々も言っていたことだ。
聖邪というのはあくまでも人の基準。
神がその枠に当てはまらないというのは当然にも思える。




