181 聖女の計画
神の聖邪についても気になるが、今大事なのはそこではない。
「聖女。神に選ばれても自我を失うわけではないと?」
「実際、わらわは自我を失っていない。昔からこんな性格だ。嘘だと思うならばケイに聞けば……、封印を解いたあとに聞けばよかろう」
「ですが、呪われし大教皇の性格は激変したと聞いていますが」
呪われし大教皇となった魔猿は元々強さと賢さで高名だったと、ケイ先生も古竜たちも言っていた。
「とても賢い魔猿だったのだろう。だから、討伐されずに済む方法を学んだのだ」
「そのために温厚にふるまったと?」
「いくら強力な魔物だろうと人が本気になればかなうわけがない。他の強力な魔物が討伐されるさまを見て、それを理解したのだ」
「……なるほど、つまり、魔猿は理性で破壊衝動を抑えていたと、聖女は考えておられるのですね」
「その通り。魔猿は、元来凶暴なものだ。神に選ばれたことで、本性が表に出ただけで、自我を失ったわけではない」
「ですが、理性で欲望を抑えきれなくなったのならば、それは性格がかわったといっていいのでは?」
「違うぞ。神が与えるのは力だ。力を得て振る舞いが変わる者は少なくない。だが、本人次第だろう?」
金を得て、地位を得て、体を鍛えて強くなって、振る舞いが変わる者は沢山いる。
だが、それを自我を失ったと表現するのは違う。
「人族が大魔王になったケースが、過去にあったとお聞きしましたが……」
「あれのことか? 詳しいな」
コラリー用魔道具の出自を聞いたときに、グイド猊下から教えて貰ったことだ。
大賢者の愛弟子が大魔王になったという。
「人族は残酷なことをする。そうだろう?」
「それは、はい」
ユルングに対して、そしてコラリーに対して残酷なことをしたのはシャンタルである。
どの口でいうのかと思ったが、指摘はしない。
「大魔王は暴れたと聞いたか?」
「そこまでは聞いておりませんが」
「人はな、大魔王というだけで殺そうとするのだよ。どのような大魔王だったか、きちんと聞くまで真相はわかるまい」
グイド猊下は大魔王となった愛弟子の性格や振る舞いについて言及はしていなかった。
「もちろん、わらわも生まれていない時代の話だ。大魔王となった者はかつてひどい目に遭っていて、力を得て復讐しようとしたのかもしれぬ。元々、残虐な性格をしていたのかもしれない」
そしてシャンタルは繭の中に浮かぶ全裸のケイ先生を見る。
「だが、ケイは、いい大魔王になるだろう。ケイの一番弟子たるお主もわかっているのではないか?」
「…………それは」
「力を得たら、ケイは世界を、国を、人類を滅ぼそうとすると思うか?」
「思いません」
「であろう? 協力してくれぬか?」
そういって、シャンタルは微笑んだ。
シャンタルの言葉を嘘と断じる情報を俺は持っていない。
それにシャンタルがケイ先生のことを大切に思っているのは間違いないとも思う。
「…………聖女」
「決心が付いたか?」
「いえ。聖女のおっしゃることはわかりました。ですがケイ先生の指示ですので、従えません」
シャンタルはケイ先生以外をどうでもいいと思っている節がある。
そんなシャンタルの言葉に従えば、大変なことが起こる気がしたのだ。
「ふむ。そうか」
シャンタルはケイ先生の入っている繭を愛おしそうに撫でる。
「つまり、そなたは、ケイがこの繭から死ぬまで出られなくともよいと?」
「それが……ケイ先生のご意志ならば」
「この繭に入っていれば永遠に生きていられるわけではないぞ? 前大王のように、ゆっくりと腐り、苦しみの中死んでいく」
シャンタルは俺の目をじっと見る。
「それを本当にケイが望んでいるだろうか?」
「たとえそうであっても、私は協力できません」
「そうか、残念だ」
シャンタルはあっさりと引き下がる。
相変わらず、シャンタルからは焦りを全く感じない。
「ん? ケイの弟子。まだわからぬか?」
楽しそうにシャンタルは言う。
俺がここにいて、しかもシャンタルの誘いを断ることはかねてよりの計画の通り。
ということは、
「封印を解く手段は、他にもあると」
「当然だ」
「それは一体、どのような手段で……」
「そなたが思いつかぬのであれば、魔法ではなく神の奇跡であろうよ」
そういわれても、俺には全く思いつかなかった。
「ヒントをやろうではないか。全て計画通りだとするならば、ガラテア帝国軍は一体何のためにいると思う?」
「それは……」
俺がここにやってきたのはガラテア帝国軍の侵攻があったと、父から聞いたからだ。
だが、俺をここに呼ぶだけならば、軍を動かすまでもない。
辺境伯家の防備を薄くするためだろうか。
それも、軍を動かさなくても、もっと簡単に達成できるはずだ。




