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175 山中の屋敷

 城から屋敷まで、徒歩でも数十分の距離しか離れていない。

 ハティはとても速いので、背に乗せてもらえば、すぐに到着できるだろう。


「まだ昼だというのに暗いな」


 城の外に出ると、激しく吹雪いており、周囲は薄暗かった。

 分厚い雪雲が空を覆っているせいだ。


 兄とハティと大王と一緒に、しばらく待っていると、ロッテとコラリーが走ってきた。


 支度部屋から出てきたロッテとコラリーは完璧な防寒仕様だった。

 耳当ての付いた毛皮の帽子に外套、手袋にひざしたまであるブーツを身につけている。

 分厚い防寒具ではあるが、兵士用なので、あまり動きにくくならなくなっている。


「お待たせしました」

「おお、ロッテもコラリーも、暖かそうだな」

「全て、辺境伯家の方にお任せしていまいました」

「……うん、暖かい」


 それを見た兄が満足げに頷く。


「この辺りの冬は寒いですから。暖かくしすぎということはありません」

「ありがとうございます。グスタフ卿」

「辺境伯家の兵士の装備なので、王女殿下がお召しになるにはふさわしいものとは言えないかも知れませんが……」

「いえ、とても動きやすいです」

「……うん。快適」


 ロッテとコラリーが身につけているのは辺境伯家の女性兵士用の装備だ。


「兵士が冬の戦場で戦うための装備なので、動きやすく、丈夫で防水や防寒の機能に優れているのです」


 兄が嬉しそうにロッテとコラリーに説明していた。


「ロッテ、少し見せてくれ」

「はい、どうぞ」


 俺は二人の装備を調べる。


「俺が帰省していない間に進歩したみたいだな」

「あたりまえだ。兵器開発部は日々努力しているのだからな」


 ロッテたちに向ける表情と違い、兄は俺にはどや顔していた。


「そうだな、この部分を……」

「なんだ? なにか改良点があるのか? 魔道具か?」

「魔道具とは少し違うけど、古竜の方に頂いた衣服の素材を参考にして、応用すれば」

「…………それは後で聞かせてくれ」

「わかった」

「必ず、必ずだ。聞くから戻ってきなさい」

「わかったよ、兄さんも」


 そういうと兄は無言で頷いた。

 そのころ、ハティは、

「二人とももこもこでかわいいのじゃ!」

 そういって、嬉しそうに尻尾を揺らしていた。



 防寒準備を調えたら、いよいよ出発である。


「気をつけるのだぞー」


 大王と兄に見送られて、俺たちを背に乗せたハティが飛び立った。

 ハティは速い。一分後にはもう屋敷が見えてきた。


「主さま、主さま! あれじゃな?」

「そのはずだ」


 ハティの指さす方向に、屋敷が見えた。

 王都にある辺境伯家の屋敷の半分ぐらいの大きさだ。


「木が沢山なのじゃ。大きいままだと降りにくいのじゃ」


 屋敷は山の中の森を切り拓いて、建てたらしく木々に囲まれている。

 その屋敷に通じる道も細い。人が二人並べば狭く感じるほどだ。


「狩猟小屋に使われた屋敷って話だったけど、狩りに使うにも不便に見えるな」


 ただの狩猟小屋ではなく、貴族の狩猟に使うのだ。

 貴族の狩猟には、獲物を追い立てる勢子や、身の回りの世話をする使用人など、沢山の人が同行するものだ。


 集団を指揮して、獲物を追うという作業は、軍事にも通じる。

 だからこそ、狩猟は平時における軍事訓練として利用されることもあるのだ。


「あえて不便にしているのか?」

「なんのためにじゃ?」

「訓練のためとか」


 交通の便の悪いところに敢えて建て、それを上手く運用させることで、悪路における兵站について学ばせようとしたのかもしれない。


「よくわからないのじゃ!」

「実は俺もよくわかってない。ハティ、とりあえずそのはずだ。入り口の前に降りてくれ」

「わかったのじゃ!」


 ハティが地面に降りて、俺たちがその背から降りると、ハティはすぐに小さくなった。


「臭いのじゃ!」

「どう臭い?」

「血の臭いがするのじゃ!」


 俺は気にならない。

 ハティたち古竜は嗅覚が鋭いからこそ気になるのだろう。


「血の?」

「……狩猟小屋だから、血の臭いがしないと逆におかしい」


 ロッテは少し驚いた。だがコラリーは冷静だった。

 狩猟で捕まえた獲物を解体し、調理したりもする。

 当然血の臭いはするだろう。


「ああ。そうですね」

「…………そういえばそうだったのじゃ」


 ロッテもコラリーもすぐに落ち着いた。


「とはいえ、俺の鼻では血の臭いを感じないけどな」

「私もです」

「……うん。しない」


 人族は臭いを感じていない。

 最近は狩猟小屋として使っていないのだから、当然といえば当然だ、


「ハティは古竜ゆえ、嗅覚が鋭いのじゃ!」


 ハティは、コラリーを助けたときに遠く離れた場所にあるパン屋の匂いを察知したぐらいだ。

 それも営業終了後しばらく経っていたパン屋の匂いをである。

 嗅覚が犬よりも鋭いであろうハティならば、残り香を嗅ぎ取ってもおかしくない。


「ハティ、臭いが我慢できないなら、城に戻っていてもいいよ」

「冗談じゃないのじゃ! ハティは主さまから離れないのじゃ」


 そういうと、ハティは、俺のお腹にしがみついた。

 そして顔を腹に押しつける。


「こうしていると、主さまの良い匂いがするから、気にならないのじゃ」


 ハティは甘えるように鼻をぐしぐしと俺のお腹に押しつけている。

 ハティがしがみついている場所は、ユルングがいつもしがみついている場所だ。

 ユルングが来てから、お姉ちゃんであるハティは甘えられていない。

 ユルングがおらず、大王の目もない今、ハティは思う存分俺に甘えたいのだろう。

 血の臭いがするというのも甘える言い訳なのかもしれなかった。


「そうか。じゃあ、そうしていなさい」

「うむ」


 俺がユルングにするようにハティを撫でると、ハティの尻尾がゆっくり揺れた。


 そこに、執事が一人、屋敷の外に駆けてくる。

 年の頃は五十代。辺境伯家の執事の中では高齢だ。

 白いあごひげを生やしており、おしゃれな香水の匂いがした。


「お待ちしておりました。ヴェルナーさま」

「よろしく頼む。会うのは初めてか?」

「いえ、ヴェルナーさまが本当に幼い頃、何度か」

「そうか、それはすまない」

「いえ、ヴェルナーさまは小さかったので、当然でございます」


 俺はその執事に、ロッテとコラリー、そして俺にしがみつくハティを紹介した。

 もちろん、俺の弟子と、従者としてだ。


「みなさま、よろしくお願いいたします」


 軽く頭を下げた執事に、屋敷の中へと案内してもらう。

 雪を払って入った屋敷の中は充分に暖められていた。


「ヴェルナー様。お召し物を」

「すまない」


 俺たちは帽子と外套を脱いで、手袋を外して執事に渡す。

 それらを一つ一つ手際よく丁寧にしまってから、執事は屋敷の内部へと案内してくれる。


 途中、俺は執事に尋ねた。


「勤務場所が山の中だと大変だろう」

「いえいえ、慣れました」

「城塞都市の方に転属願いを出した方が良いんじゃないか?」


 辺境伯家において、五十代を超えたベテランは、職場環境の良い城塞都市か王都屋敷に回されるの普通だ。

 俺たちが先ほどまでいた本城は、軍事施設なので、職場環境としてはあまり良くない。

 冬は寒いし、夏は暑い。休暇の日に遊びに行く場所もない。

 だから、若手の修行の場として使われるのだ。

 そして、この屋敷は本城より更に環境が良くない。

 この屋敷の担当には、誰もなりたくないだろう。


「希望を出せば、王都屋敷は難しくても、城塞都市になら移れるんじゃないか?」


 賓客や辺境伯家の有力家臣である各地の代官を迎えるのは城塞都市、もしくは王都屋敷である。

 城塞都市でも王都屋敷でも、ベテラン執事の数は常に不足しているのだ。

 王都屋敷の方は、エリート中のエリートが集まるので希望が通るとは限らない。

 だが、城塞都市はそこまでハードルも高くもない。


「いえいえ、私は辺境伯閣下に命じられた職場で全力を尽くすのみでございますから」

「そうか、シュトライト家のために、ありがとう」

「もったいなきお言葉」


 執事は大げさに見えるぐらい、感動した様子で言った。

 父が特に信用している執事だから、ここに配属されたのならば、代わりはいないだろう。


「ヴェルナーさま。まずはお部屋にご案内いたします」

「ああ、あとで部屋の場所だけ教えてくれればいい。大した広い屋敷でもないし、迷わないだろう」

「左様でございますか?」

「ああ、それよりも地下室を見せてくれ」


 地下にあるというケイ先生の封印を確認するのが先決だ。


「……地下室でございますか?」

「問題か?」

「問題などあろうはずはございません。辺境伯閣下からは、ヴェルナーさまの指示に従うようにと命じられていますから。どうぞ、こちらに」


 俺は執事についていく。

 俺の後ろをロッテ、コラリーが静かに付いてくる。

 ハティは相変わらず俺にしがみついたままだ。


「面目ないことでございますが、地下室まで掃除が行き届いておりません。少人数ゆえ、何分ご容赦のほど」


 足を止めて振りかえった執事が頭を下げる。


「気にしないさ」

「ありがとうございます」


 そして執事は再び前を向いて歩き出す。

 すると、ロッテが無言で俺の服をくいっと引っ張った。


「……」


 俺が無言で振り返ると、

「…………」

 ロッテも無言で首をゆっくりと振った。

 不安そうな表情で、右手をラメットの剣の柄に乗せている。

 そんなロッテを見てコラリーは首をかしげた。


 俺は微笑んで、そんなロッテの頭を撫でる。


「さすがロッテ。鋭いな」


 それを聞いた執事が止まってこちらを振り返った。


「どうなされましたか?」


 もう少し泳がせようかと思ったが、ロッテが気付いた以上、これ以上は難しいだろう。

 だから俺は執事に笑顔を向ける。


「いやなに、聞きたいことがあるのだが」

「なんでもお尋ねになってください。ヴェルナーさま」

「他の者はどうした?」

「ヴェルナーさまを、お迎えする準備をしております」

「あの世で、ですか?」


 すると、執事はにこりと笑った。



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