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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「初夏の暴走!地獄の合宿」編
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カーチャの仇


 永田薙刀道場の合宿棟

時間は、どっぷり深夜とまでは言わないほどの、静かになりつつある夜。

プロレス中継で意味不明の言葉を並べ、気味の悪いテンションで大騒ぎしていたアナウンサーが、何の冗談か、

したり顔で世相を斬る様な、世紀末的、末期的ニュースショーが放送される時間帯の事、

永田薙刀道場の合宿棟前では小さな生命の、幸せな寝息の音が、聞こえて来る。


「ぶももも…、ぶももも…」


寝息の主の名は東風。

最近、玲一を慕い、高槻邸にいついた居候の霊獣。麒麟の子供だ。


合宿棟の入り口、草むらに寝転び、幸せそうな寝顔を見せる東風が、夢の世界からいきなり連れ戻される。

合宿棟のドアが「カチャッ」っと解放され、誰か、人影が外へと出て来たのだ。


「ぶ…ぶもも?」


物音と気配を感じ、目を覚ます東風。

うつらうつらとしながらも、目を凝らして気配の先を見詰めると、そこには玲一の姿が。


「ぶもも♪ぶもも♪」


瞬時に飛び起き、短い尻尾をピコピコと激しく振りながら、玲一の元へと駆け寄る。

玲一は嬉しそうに駆け寄って来て、自分の足元へすり寄る東風に、「ゴメン、起こしちゃったな」と身体をかがめ、頭を、身体を、撫でてやる。

どうやら玲一は、長湯し過ぎて身体が火照り、疲れているのに熱くて眠れない状態。身体を冷ましに、外へ出て来たらしい。


 合宿棟入り口の脇にある自動販売機で、ペットボトルの水を購入し、「景色の良いところまで散歩するけど、どうする?一緒に行くか?」と、寝ていた東風に気を遣いながらも、深夜の散歩を提案。

玲一が現れてテンションが上がり、睡眠どころではない東風は、短い足でジャンプを繰り返しながら、玲一の散歩のお供を喜ぶ。


実は、過去に東風は、玲一と一度会っている。玲一は東風にとって、命の恩人であったのだ。


 さかのぼる事約八年ほど前、玲一がまだランドセルを背負った、小学校低学年の頃。

なかなか明けない梅雨の鬱陶しい時期に、帰宅中の玲一は、北部団地郊外の田んぼ道で、用水路にハマって流されている、「イノシシの子供」を発見したのだ。

イノシシの子供とはつまり、東風の事。


長雨で増水した用水路は、水の勢いもあり、また、コンクリート製の為、一度落ちると、小動物ではなかなかに這い上がって来る事は出来ない。

雨露に濡れた草むらから、足を滑らせたのか、東風は用水路に転落し、その短い手足で必死に脱出しようともがいていた。

その時、下校中に通りかかったのが、何を隠そう土岐玲一。

溺れそうになりながら、必死にもがく東風の姿を見つけた玲一は何と、自分の服が濡れる事すらいとわずに、いきなり用水路にザバン!と飛び込み、腹まで水に浸かりながら、東風を抱き寄せ、助け出したのだ。

九死に一生を得た東風、泥だらけでブルブルと震えながら、自分を助けた人間を見上げるとそこには、びしょ濡れになりながらも、屈託の無い笑顔を見せる玲一が。

「良かったな、気をつけて山にお帰り」と、東風の頭とアゴを撫でて、そのまま自分を誇る訳でも無く、立ち去ってしまったのだ。


いくら子供でも、霊獣の子供でも、命の恩人を忘れる事は無い。東風は、いつの日かあの人の力になろうと考え、玲一の見えないところで、彼を見守っていたのである。


 街灯が柔らかく道を示す、静まり返る林を抜け、第一の鳥居の広場へと足を進める、玲一と東風。

広場を貫く参道、上を見上げれば、伽里田神社の本殿。そして、下を見下ろせば北部団地へと繋がる階段。

広場の特等席…ベンチに腰掛けると、長野市の夜景が一望出来る。

世の中的には梅雨の時期だが、高地の長野にそれがやって来るのは、七月中旬の事。

よって今は、湿気に身体を病む事も無く、初夏は雲一つ無い空。星々が瞬き、月明かりが眩しく地面を照らしていた。


「東風も水飲むか?」


ペットボトルのキャップを開け、自分の手のひらで「皿」を作り、そこにペットボトルに入った水を注ぐ。

東風は短い尻尾を極限までピコピコと振りながら、玲一の手のひらに溜まった水を、美味しそうに飲み干す。

「どうする?まだ飲むか?」この問いに東風は、ぶもも♪と機嫌良く首を振り、後は玲一が好きに飲めと辞退した。


田舎の長野、綺麗な水などは、どこでも手に入る。水が飲みたい時は、いつでもどこでも好きなだけ飲める東風は、今は喉が乾いている訳ではない。

昼間こよみが、雑草をわざわざ手に取り、東風の口に運んであげたのと一緒。玲一がわざわざ手に水を注いで、東風の為に飲ませてあげる、

その気持ちが、嬉しいのだ。そんな過程を経た水が、たまらなく東風にとっては美味く感じるのだ。


ベンチに座る玲一。東風を抱え、ベンチの上に東風も乗せる。

ベンチに乗った東風は、玲一の太ももにアゴを乗せ、何とも幸せそうに、夢心地にじゃれていた。


ペットボトルの水をひと口、ふた口と、火照った身体に流し込む。

自分の住む街、長野市北部団地をぼうっと見詰めてみる。

特異な現象が生まれ、様々な事情を持つ、様々な意志が生きるその街の夜景を、思い入れたっぷりに眺めていた、その時だった。


「ぶもも?」


東風が、何かしらの気配に気付き、首をもたげる。東風の見詰める先は、北部団地へと続く下りの階段。

ベンチの上で立ち上がり、そわそわし始める東風に、玲一は「どうした?誰か来たのか?」と、問い掛けるも、当たり前の話、東風は「ぶもも」としか発せず、玲一に分かる訳も無い。

ただ、東風が髪の毛を逆立てたり、唸り声を上げて警戒している訳ではないので、敵意、害意を持った存在が近付いているのではなさそうである。


 外灯の下、照らされる階段。

玲一も東風と一緒になって、不審げに見詰めていると、階段を登り、広場に現れたのは、1組の男女。

この時間帯、一般的には、もう布団に入って、明日の為に深い睡眠を取る時間であるはずなのに、その男女は、青嵐学園の制服を着たままである。

同じ学園の生徒であるはずなのに、全く面識が無く、こんな時間にどうしたのかと、玲一は不思議そうに二人を見詰める。

すると、階段を登って来る二人も、玲一達の存在に気付いていたのか、顔を上げて、玲一達を見詰め返して来た。


おや?と、男女の顔を見て気付く。

街の灯りに照らされ、はっきりと姿形が見えて来たが、二人とも日本人ではなく外国人。白人のペアであったのだ。


背中に寒々とした電気が走り、それが戦慄であると気付いた玲一。外国人と言えば、それも白人と言えば、玲一にとってはあまり気分の良くない出来事が続いている。

オカルト研究会に自分の意志で入部した、アフリカ系フランス人の少女、ロロット・サンマリーデュモンを、外国人移住者で作る学園第二勢力の組織「ノー・ボーダー」が、快く思っておらず、

ロロットを、研究会から退部させて、ノー・ボーダーに入れるよう、代表を名乗るエステファン・アナスタシオが、玲一に接触して来た。

彼はあくまでも紳士的に、そして笑顔で礼儀正しく接して来たのだが、玲一はそれを、額面通り受け止めてはいない。

エステファンと顔を合わせれば合わせるほど、言葉を重ねれば重ねるほど、何かこう、玲一の内面から警報を鳴らしながら、湧き上がって来る感情があるのだ。それは、危機感を伴った嫌悪。

つまりこの瞬間玲一は、学園第二勢力の主要構成員である外国人に対して、エステファンに抱いた感情と同等のものを、抱いてしまっている事になる。


(……違う、俺は間違っている。エステファン・アナスタシオに対する嫌悪を、他の外国人に当てはめちゃダメなんだ。彼らに罪は無い、普通の人じゃないか!……)


階段を上がって来る男女を見て、そう自戒する玲一。彼の葛藤を知ってか知らずか、東風は玲一の足に顔をスリスリして、なだめようとしている様に見えた。


彼らに罪は無い、普通の人じゃないかと心で叫んだ玲一だが、実は、普通の人で無い事は、この後に知る事となる。


「うむ?君はオカルト研究会の……」


階段を登りきって、玲一の顔を近くに見た少年は、真面目な顔をしながら、簡単な嘘をついた。

その方が、これから会話を進めるのに、都合が良いと判断したのかも知れない。

何故なら、自己紹介も何もしていない、赤の他人の関係であるのだが、この、左目をつぶり、エメラルドがかった神秘的な右目で玲一を見詰める少年は、玲一の事を充分な程に知っている。

彼が高槻の屋根の下にいる事を、彼の妹が陰陽道の修行をしている事も、そして彼の内面世界に、神々に対して、たった一人で戦争を仕掛ける事の出来る存在が、棲んでいる事も。


「あ、はい。オカルト研究会に所属している、一年A組の土岐と言います」


ベンチから立ち上がり、姿勢を正して挨拶する。

見れば、声をかけて来た男子生徒は、真剣な表情で、玲一を見返しているものの、男子生徒よりも遥かに背が高く、玲一でさえ顔一つ分見上げてしまう女生徒は、何故か玲一を見詰めながら、ふんわりとした優しい笑みを向けて来ている。


「はじめましてだね。私は二年D組のクラウス・エーレン、そして、彼女は同じクラスの、カティア・ディートリンデ」


「土岐君、はじめまして、よろしくね」


左目を瞑ったままのクラウスに、違和感を覚えるも、足元の東風が警戒するどころか、まるで両者の邂逅を喜んでいるかの様に、尻尾を忙しくピコピコ振りつつ、玲一とクラウスの顔を交互に見上げるあたり、

このクラウスとカティアと言う人物、学園第二勢力に代表される様な、危険な存在では無い事が伺える。


 (……それにしても、何て綺麗な人なんだ……)


笑顔で挨拶を返して来た、このカティアと言う長身の少女に、一瞬ではあるが、玲一は目を奪われてしまう。

銀髪と言えば、中南米の古代神で、今は合宿にゲストとして参加している、プリシラ・カナル・ヒメネスが、一番印象深い存在であったが、プリシラはどちらかと言えば、可愛い、愛らしいと言う言葉がマッチする、正統派の神秘的美少女である。

だが、このカティア・ディートリンデも、神秘的な雰囲気を醸し出しているのは尚のこと、彼女からは、王族の様な、高貴な気品が溢れているのだ。

まるで、彼女の前に自然と立った自分が、実はとんでもない失礼を犯していて、本来ならば片膝をついて頭を下げ、許しが無ければ目を合わせる事すら禁忌である方……そんな気にすらさせる程の、神々しさであったのだ。


「うん?土岐君?」


「土岐さん、どうかしたの?」


「あっ、いや、あははは!」


ついついカティアに魅入ってしまった自分を笑って誤魔化しつつ、クラウスとカティアに対して、この時間帯に二人でどうしたのかと問おうとし、慌てて口を塞ぐ。

夜に男女二人で、神社の参道を歩く、それが何を意味するのか、今更ながらに気付いたからだ。つまりは野暮、人の恋路を邪魔してはいけないと、詮索しようとした自分を恥じたのである。

だが、それこそ玲一の余計な配慮であったのだと、クラウスに気付かされる。

彼らがここに来た理由を、右手で重そうに持つ紙袋の中身を見せながら、説明を始めたのだ。


「これは、真琴の大好物でね。メンバーの皆さんに差し入れのカニだよ」


「真琴さんの大好物!?」


紙袋に入った、冷凍蟹の量に驚いたのもさることながら、玲一はクラウスの言葉に、色んな意味で驚いていた。

生き神で、北部団地の鎮守である伸暁真琴を、気軽に呼び捨てにした事と、メンバーの皆さんにと、差し入れを持って来た事が、あまりにも意外だったのである。

伸暁真琴を呼ぶ際、彼女とあまり面識の無い街の者は、畏れを抱きながら鎮守様と呼ぶ。同世代の近しい者であっても、真琴様、真琴さんが普通だ。

だが、このクラウス・エーレンと名乗る少年は気軽に、もちろん、侮蔑や嫌悪を含ませる事無く、真琴と呼び捨てにした。それはつまり、伸暁真琴との間に、信頼関係が構築されていると推測されるのだ。

そして、外国人であるならば、海外移住者であるならば、学園第二勢力である、通称ノー・ボーダーに属するか、それに近い立場にいるであろうはずなのに、

ライバル……敵対勢力であるはずの、妖魔社会の学園窓口であるオカルト研究会に、差し入れなど、普通なら届けない。


 ……この人たちは、どういう立ち位置にいるのだろうか……


敵意に基づいた、うがった思考で得た疑問ではなく、素直に湧いて出て来た玲一の疑問。

クラウスはそれを玲一の表情から読み取り、今がちょうど頃合いとばかりに、穏やかな笑みをたたえつつ、疑問に対する答えを全てさらけ出した。


「私とカティアはね、真琴と神仲間なんだよ」


「神様…!?なんですか」


「ああ、そうだよ。私は北欧神話に出て来るオーディンの生まれ変わり、彼女は北欧神話に出て来るヴァルキリーの姫、ブリュンヒルデの生まれ変わりなのさ」


「可愛い麒麟さん、よろしくね」


「ぶも、ぶもも♩」


「お、オーディンと、ぶ、ブリュン…。ほ、北欧神話っすかあ……」


ため息混じりで目をひん剥いて、前のめりで相づちを打った玲一。

その真剣且つポカンとした表情に、あっ!こいつ何にも知らないなと、クラウスは苦笑する。

カティアに関しては、その玲一のおどけ具合が可愛らしく感じたのか、笑いを噛み殺し始めた。


「土岐君、また時間がある時に、北欧神話の本でも紐解いてみれば良い。私たちが、エステファン・アナスタシオが率いる軍団と、違う世界軸にいる事が判るはずだ」


「あっ、はい」


「それで、ちょっと時間的に遅くなってしまったが、真琴はもう寝てるかな?渡すだけ渡して退散するよ」


冷凍蟹だから、早く冷凍庫に入れないとね……と、クラウスとカティアは挨拶もそこそこに、合宿先の道場へ向かおうとする。

玲一は案内しますと言って、二人の先頭に立ち、東風と一緒に道場へと向かい始める。


深夜の林の中、暗闇に囚われない様に、優しく照らす街灯の中を進む、三人と一匹。

初対面の玲一は恐縮しているのか、なかなかに会話が進まない中、玲一の背中を見ていたクラウスが、ある事に気付き、思わずそれを口に出してしまった。


「土岐君、それはもしかして…ヴァンパイアのキス?」


「はい?クラウスさん、何か言いました?」


いや…と、口ごもるクラウス。

しかし、クラウスの驚いた内容を察したカティアが、彼に振り向いてうなづいた。

つまり、土岐玲一に【例の件、経緯を話した方が良い】と、促したのである。


「土岐君、君はヴァンパイアに知り合いは、いるのかね?」


別に悪い事だとは一切思っていない玲一、エカテリーナ・シェノワもこの街の住人で、街の発展を願う仲間だと考えている。

闇の眷属であろうが、世界最怖のヴァンパイアであろうが、友人である以上、臆する事無く「あ、はい」と、正々堂々と気楽に答える。

だが、その後に続くクラウスの質問に、赤面してしまう羽目になった。


「土岐君、そのヴァンパイアとキスしたね。ヴァンパイアとハグもしたね」


「いいっ!?何でそれを?」


病院のベッドで寝てるところを、いきなりハグされたんだし!キスはキスでもほっぺたにチュウされただけだし!と、

頭から湯気を出しながら言い訳するのだが、この子は何も自覚が無いんだなと、しきりにクラウスの苦笑を誘う。

カティアは何故か、嫉妬の炎が湧いているのか、頬を赤らめながらも顔をしかめ、あからさまに不機嫌アピールを玲一にぶつけている。


「いいかい?土岐君。君はとあるヴァンパイアの主人になったんだよ。君は今、そのヴァンパイアの力で護られている」


「しゅ、主人ですか?いや、そんな事は無いですよ!カーチャとは友人にって……!?」


「カーチャ…、エカテリーナ・シェノワか。ノスフェラトゥの主人とは、恐れ入ったな、土岐君」


つられてカーチャの名前を出し、あああと唸りながら後悔する玲一のスネを、東風が顔をスリスリと擦り付け、慰める。

玲一が何と言おうと、彼を包む虹色のオーラは、不死の頂点に立つ、ヴァンパイアのスキルの一つで、弱った生命力や、損壊させられた生命力を自動回復する「ライフ・フォース・リカバリー」。つまりは、ヴァンパイアが彼と契約し、自らの力を与えた事に間違いは無い。


だからこそ、これは隠すべき話ではないなと、苦笑に満ちていたクラウスの顔が、急に真剣な表情へと変わる。


 ……土岐君、君に重要な情報を提供したい。エカテリーナ・シェノワに関する、大事な話だ……


玲一に対してクラウスはそう切り出し、持てる情報を全て吐き出し始めた。

ドラキュラ級ヴァンパイアの、アラダール・ウシュカが、この街に帰って来た事を。

そして、そのウシュカを追って、自衛隊の部隊と、オランダの傭兵部隊が、この街で共同作戦を開始した事を。

更には、旧東ドイツの医師、カール・クリンゲルヘーファーが来日し、ウシュカに合流した事を。


「カール・クリンゲルヘーファー、彼は旧東ドイツ政府の密命で、不死を目標とした人体実験を行い続けた、悪魔の様な男だ」


「人体実験って…。その医師がウシュカに合流した意味とは、何なんですか?」


「推測の域を出ないのだが、ウシュカの改造を手掛ける積もりなのかも知れない。奴は一度、単独でランクアップを狙い、そして失敗しているからね」


「俺が、拉致された時の事ですね」


「そうだ。それと土岐君、ここからが大事な話なんだ。カール・クリンゲルヘーファーは、エカテリーナ・シェノワの恋人を殺した男、彼女の仇なんだよ」


「カーチャの仇!?」


「ああ、当時彼女の恋人だったドラキュラ級ヴァンパイアが、クリンゲルヘーファーのチームに拉致され、不死実験の為に殺されている」


 (……だからか。だからカーチャは、俺のお見舞いに来てくれた時、何か様子がおかしかったんだ……)


玲一の瞳が、険しくクラウスを貫く。


「クラウスさん、情報ありがとうございました!」


頭を下げて深々とお辞儀し、ひるがえって、合宿場とは別の方向へと走り出そうとする。


「土岐君!アパートにも居酒屋にも、彼女はいない、止まるんだ!」


玲一の背中に、クラウスの怒号が叩きつけられる。情報は情報として提供したが、動けとは言っていない。

まだ玲一が、考えに考え抜いて、出した結論の為に全力を尽くすタイミングでは無いと、彼の怒声はそう言っているのだ。


「で、でも…、クラウスさんっ!」


「もう既に、自衛隊とオランダ傭兵部隊の合同作戦は、始まっていると言ったはずだ!」


「ノスフェラトゥ級ヴァンパイア、エカテリーナ・シェノワは以前、そのオランダ傭兵部隊にいて、人間と力を合わせて、妖魔と闘っていたのよ」


イライラを隠さず、今すぐにでもカーチャの元へと飛んで行こうとする玲一を、カティアはその背中をさすりつつ、落ち着かせようとする。

もちろん東風も、玲一の無謀な行動を心配してか、膝元でぴょんぴょんと跳ねながら、玲一を見詰めていた。


「わかっています、自分の非力さを。わかっています!自分の脆弱さを!だけど、時間はそれを待ってくれない」


「そこまで判っているのなら、もう答えは目の前だよ、土岐君」


「そうよ、カーチャは古くから人間の味方だった。そしてこの街を愛し、この街の住民となって、ほかの住民からも愛されている」


クラウスとカティアの言葉は、玲一にとって、明らかにヒントだった。

迦楼羅を使いこなせていない今、闘いのイロハも、戦闘のイロハも知らない玲一は、【個】としてはあまりにも無力。

だが、目的や意志、そして夢や希望を共有する者たちが、玲一と肩を並べてくれるなら。

この街を愛してやまない人のピンチの時に、この街を愛してやまない人々が一斉に立ち上がるとするなら……。


「クラウスさん、カティアさん!本当に、本当にありがとうございます。俺の仲間たちを紹介するので、合宿場に行きましょう!」


それが、玲一の答えだった。

そしてその答えが正解であったのか、不正解であったのかは、クラウスとカティアの笑顔が物語っていた。


 はっきり言って、北欧神話などまるで知らない土岐玲一

目の前にいる一つ年上の少年が、戦争と死を司る北欧神話の最高神で、全知全能、偉大で崇高、途方もなく賢い、万物の父などと、あらゆる賛辞で崇められる神の生まれ変わりだなどとは、まるで理解しておらず、

また、目の前にいる一つ年上の少女が、戦場で勇士や戦士を選り分け、ヴァルハラ(戦死した勇者の宮殿)へ迎え入れる役割を持つ戦乙女「ヴァルキリー」の中でも、

ひときわ美しく、姫と称えられ、悲愛に満ちた生涯を送った神の、生まれ変わりだとはまるで理解していない。

だが、彼らの素性がわかったところで、玲一が卑屈に接する事も、怖気づいて失笑を買う事もないだろう。

何故なら、玲一にとって大切なのは、誠意を持って人と接する事が出来るか、それとも出来ないかの、それだけなのだから。


合宿場に、仲間を呼ぶ玲一の、大きな声が響き渡る。

彼らオカルト研究会の合宿一日目は、まだ終わる事はなかった。




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