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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「初夏の暴走!地獄の合宿」編
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この後みんなで、ちゃんと片づけました


 合宿初日、やっと、メンバー達にとって、至福の時間がやって来た。それは夜、太陽が沈んだ時間。自由が約束された時間帯。

オカルト研究会メンバー達とゲストは、午後のトレーニングを何とか乗り切り、地獄の夕飯も色々と料理を残したものの、それも何とか乗り切り、そして、夕飯後のトレーニングも、ギリギリ死にものぐるいで乗り切ったのである。

そして、ついにやって来た自由時間。だが、悲しいかな、疲労困憊の若者達は、疲れと、早々に訪れた筋肉痛に苦しみ、自由時間を楽しむ余裕など全く無かった。

「風呂入って寝よう」……これが、精一杯の行動だったのだ。


 永田薙刀道場・合宿棟

一階は広々とした床の道場と食堂、各種のトレーニングマシンが完備されたジムで構成され、二階は、男女を完全に分けた作りの宿泊施設として利用出来る。

スポーツや格闘技団体の、短期集中合宿にはうってつけの施設であり、おまけに、三階には男女別の大浴場があり、露天風呂まで完備されている。

善光寺盆地、善光寺平と呼ばれる長野市を、眼下に望む露天風呂。長野市の夜景を見ながらの露天風呂は、合宿の研修生達に好評を博し、誰もが帰り際に露天風呂を誉めて帰る。道場主である永田家の、自慢の施設だった。


 ガラガラと、男性用大浴場の引き戸が開いた。

大量の湯気と一緒に、屋内大浴場から出て来たのは玲一。

大浴場で汗を流した後、露天風呂目当てで浴場から外へ出て来たのだ。


「おお、こりゃあ…温泉宿みたいな豪華さだな」


見事に育った、太い竹を編んだ壁、そして天然の巨石で囲んだ大きな湯船と、天然の石をはめ込んだ床。

掛け流しの湯なのか、竹の筒から湯船に向かい、勢い良くお湯が注がれている。

玲一が喜ぶのも納得出来る作り、さっそく湯船に浸かろうとすると、湯煙の向こうから、聞き慣れた声が玲一の元へと届く。


「土岐も来たか、どうだ?最高だろ」


「ああ、こりゃあ、最高だ」


ざばん!と、肩まで浸かる玲一、加納とは多少の距離を湯煙が挟んでいる。


「さすがにくたびれたな。俺はこのまま眠りそうだよ」


「そうだな、俺こんなに身体を動かしたの……、生まれて初めてかも知れないよ」


「それに!あの巨大ハンバーグは反則だよなあ」と、二人揃って爆笑する。


地獄の昼食に続き、地獄の夕飯のメインはハンバーグ。

昼に残った高級肉を余すところ無く使用した、子供ならば誰もが喜んでかぶりつくメニューである事には間違いないのだが、


「メインにハンバーグ、ご飯はハンバーグ・カレー、汁物にはシチュー・ハンバーグ」


「中華風あんかけ肉だんごってのもあったな」


屈託の無い笑顔で笑い合う二人。

一通り笑うだけ笑うと、ほんの一瞬、両者の会話に「()」が生まれる。

すると、今までより落ち着いた口調で、声のトーンも一段低く、加納が玲一に話し掛けた。


「三つ目の妖魔、つまるところは、迦楼羅の力を狙ってるんだろうが、何かやり方がえげつなく感じる。土岐、気をつけろよ」


「ああ、そうだな。直接俺に会いに来るどころか、こよみや仲間たちも巻き込む様な、酷いやり方だ。俺は許す積もりは無いよ」


三つ目の妖魔は今現在、玲一の前に現れて、「迦楼羅の力を寄越せ」と宣言する様な、そんな直接的な主張はしていない。それどころか、暗躍するだけで、全く玲一の前に現れる事が無い。

つまりは、物理的に、玲一にプレッシャーをかけて来ているだけなのだ。

妖魔・山犬を使っての、こよみ誘拐そして、こよみを餌に呼び出した、玲一への暴行。

また、オカルト研究会が山犬を撃退した後、三つ目の妖魔は、追跡して来た加納を、あざ笑うかの様に迎撃している。


「この先、また何かあるかも知れない」


加納も玲一も、警戒せずにはいられないのだが、はてさて、何をどう警戒し、どう逆襲すれば良いのか、まるで雲を掴む話。


「カーチャの情報だと、あの吸血鬼ウシュカも、この街に帰って来ているらしい。いずれにしても、身体は鍛えておいた方が良いって事だよな」


「お前の言う通りだ。今は犯人探しをしても、尻尾さえ掴めん程、俺達は無力なのかも知れん。自分を磨くしかないんだろうな」


ざばっ!


玲一は湯船から立ち上がり、手すりに向かって歩き出す。手すりの向こうには、そう。長野市の見事な夜景が広がっている。

大都会の眩いばかりの夜景とは違い、キラキラ輝く夜空と、市街地の灯りを断ち切る様に、山々や森が暗く広がる、何処か安心出来る、自然との共生を表現した夜景だ。

玲一は手すりに両ヒジをつき、背中を丸め、のんびりとその、田舎街の夜景を眺め始めた。


「…良い街なんだけどなあ」


「うん?どうした」


「いや、この街がさ。良い街なのに、何でギスギスしてて、争い事が起こるのかな?」


「ふっ、そうだな。それが不思議なところだな」


玲一の、この街に対する想いが、自分の持っている想いとシンクロしている。

そんな実感を覚え、加納は微かに笑みをたたえながら、「さて、俺は洗って来るわ」と、湯船から立ち上がった時の事。


ガラガラッ!っと引き戸を軽快に開ける音と共に、竹で作られた高い壁の「向こう側」から、

複数の女性の、賑やかな声が聞こえて来た。


どうやら、露天風呂にやって来たのは、合宿に参加している女性陣。

もちろん、永田薙刀道場の合宿棟は、オカルト研究会貸し切りなので、

壁を挟んだ女性用の風呂に、ほとんど全員が集まっていると言える。


「うひょ~!本格的だな♪」


「…ここ…夜景がすごい…綺麗なの…」


「やっと地獄から解放された気分なのだ」


ワイワイガヤガヤと、かしましいにも程がある勢いで、女性陣は露天風呂に現れ、それぞれがそれぞれに、景色と湯のコラボレーションを楽しみ出す。

どうやら、露天風呂にはこよみも誘われたのか、壁越しに「うわああい♪」と、歓喜の声が混ざっていた。


本来ならば、健全な思春期の少年ならば、壁一つ挟んだ空間の世界に妄想の羽を伸ばし、

壁の向こう側の世界が気になり、悶々としてもおかしくないはずなのだが、

玲一は目を瞑ったまま湯船に浸かり、過酷だった合宿の疲れを癒やす事に集中し、

加納は頭を、身体を黙々と洗い、まるで、女性用露天風呂を気にしようとしない。

二人とも、健全な年頃の男性なので、異性の裸に興味はあったとしても、今は、今回は、タイミングが悪かったのかも知れない。


著しい疲労から、玲一は既に、湯船の心地よさから、うとうとと夢の世界にへと誘われ始めているし、

加納は、身体を洗いながら、「痛てて…痛ててて…」と、悲しく呟きながら、身体をぎこちなく動かしている。

疲労に更にプラスして、全身いたるところに青いアザが浮かんでいるのが、その原因。

昼間、永田静音との乱取りで、こてんぱんにされた名誉の負傷、打撲痕である。


よって、どんなに、女性用露天風呂が賑やかでも、「ひまりさんって、胸大きいね」と、

女性同士でしか出来ない会話が飛び込んで来ても、全く反応しないと言うか、玲一と加納は、反応出来ない状態であったのだ。


「クラリッタ、ツルツルで可愛いのだ♪」


「真琴さん、じっくり見ない!欧米なら、処理するのは当たり前のエチケットです」


「私も、聞いた事ある。フランスの学校にいた時は、結構処理する友達いましたよ」


「…私も…真似してみる…」


「やめとけ、お菊さん!日本人の髪質だと、硬いから後でチクチクするぞ!」


「部長、試した事あるんだ…」


「うわあ、ひまりさんが剃るとか…引くのだ」


「悪いんかい!悪いんかい!私だって可能性に賭けたって、良いじゃないか」


(……ああ~、うるさいうるさい……)


女子力120%の会話が、大音量で夜空に響く。

せっかく心地良い時間を邪魔された玲一は、苦笑いしながら、自分も身体を洗おうかと、湯船から立ち上がった時だった。


「お菊さん」


「…うん?…」


「土岐君のは…モジャモジャだった?」


誰が質問しているのかまでは分からなかったが、話題がいつの間にか玲一にシフトしている事に気付く。

以前、自宅の風呂で転んだ時、丞定菊に全裸を見られたのだが、誰かが、その菊に質問しているのだ。


(……菊先輩、お願い。もう言わないで……)


「…モジャモジャ…あまり…覚えてない…」


(ホッ…。ありがとう、菊先輩)


「…あまりにも…でっかいのが…目に焼き付いちゃって…。…モジャモジャまで…覚えてない…」


(キイーーーッ!!!)


それから十数分が経過。

女子力全開の会話は、終わる事を知らず、相も変わらずワイワイキャッキャッと、賑やかな時間は続いている。

一方、男性用露天風呂では、身体を洗い終えた加納が今度は湯船に浸かり、乙女達の間で、下ネタで話題になる事を諦めた玲一は、寂しげに背中を丸め、洗い場で身体を洗い始めた。


「ねえ、プリシラ。玲一の事…本当に好きなの?迦楼羅の力目当てじゃないの?」


質問の主は、どうやらクラリッタ。ゲストのプリシラとベロニカに向かい、玲一を追い掛ける理由を、問い質している。


ちょうど玲一は、シャワーで頭を洗っており、その会話は聞こえない。

湯船の加納は、先ほどの玲一の様に、目を瞑りながら、露天風呂の湯を楽しんでいる。


「この前言ったはずですよ、迦楼羅は二の次だって」


「ベロニカの言う通りですわ。だって可愛いじゃないですか、玲一様って♪」


「可愛い?土岐君が可愛いの?」


「うちのお兄ちゃん、可愛いんですか?」


「そりゃあ、可愛いですよ。授業中寝てる顔、いきなり先生に当てられて困る顔」


「学食でカレー食べてる時の顔、トイレから出て来て、濡れた手をズボンでこする時の顔」


「いろんな顔があるけど、ホント、彼から目が離せないです♪」


「でもでも、迦楼羅とか関係無しに、先に玲一を見つけて好きになったのは私ですからね!」


「あ、あ、富美も土岐さんの事、気になりますよぅ」


「そりゃあ私だって。地獄の様な日々から解放してくれたのは、玲一だもん♪」


「こよみはお兄ちゃんの事、昔から大好き♪」


「…でも…みんなそれで良いの?…彼…デカいよ…」


オチがよほどツボに入ったのか、加納が「ぶっ!」と吹き出しながら、盛大に笑い出した。

すると、男性用の露天風呂に、人の気配を感じたのか、いよいよ女性陣がパニックを起こしたかの様に騒ぎ出す。


「きゃあああ!」


「誰かいる!?誰かいる!」


「話、全部聞こえたかも。全部聞いてたかも!」


やれやれ…と、面倒事に巻き込まれない様に、加納は湯船から上がり、露天風呂から退出しようとする。

玲一は身体を洗い終わり、最後のひと風呂を浴びようと、加納と入れ替わりに、再び露天風呂へと足を沈めた。


「なんか…余計騒がしくなってるな」


「気にするな、巻き込まれたらヤケドするぞ」


「はは、そうだな、違いない」


苦笑しながら肩まで湯に浸かった玲一、加納は「じゃあ、俺は出るぞ」と、引き戸に手を掛ける。

ちょうどその時の事であった。


 ……そこにいるのは加納か!?土岐君か!?……


静まり返った女風呂から、玲一と加納の耳に飛び込んで来たのは、部長のひまりの声。

何を警戒しているのか、恐る恐る、薄氷を踏むかの様な、慎重な声色だ。


 ……お~い、聞こえてるんだろ?誰がいる?加納か?土岐君か?……


「まったく、二人ともいますよ!」


 ……ひいいい!……


 ……筒抜けだ!……


 ……嫌だ、恥ずかしい!……


ワアワアキャアキャアと、巻き起こるパニック。

加納も玲一も、うんざりした顔付きで目を合わせ、互いに苦笑を返す。


 ……待て、落ち着け!ここはひとつ、私に任せるんだ!……


さすが部長。ひまりが周囲を制しているのか、ひまりの声で周囲が静まり返る。


 ……あっ、あっ、うん。あの~、加納さんに土岐さん。特に加納さん聞こえるかい?……


「聞こえてますよ」


 ……ちなみにちょっと聞きたいんだが、あの、土岐さんのは、大きいのかね?……


「はあっ!?」


「くくっ、土岐も災難だな、まだ言ってるよ」


 ……いや、ほら、その、今君たちは、男同士裸の付き合い状態だろ?君の目にはその、まぶしく映るんだろうか?……


「どさくさに紛れて、自分の趣味を押してきやがった」


「もう、加納何とかしろよ、あの変態部長」


玲一に促された加納、洗い場に大量に置いてある、プラスチック製の黄色い風呂桶に目を留める。

軽い素材で、風呂桶の底には何か薬の商品名なのか、大きな文字で「ケルリン」と描かれたやつだ。

加納はおもむろに、それを一つ手に取り、壁越しにひまりの声がした方向を見定める。

すると、バスケットボールで行われる、フリースローの様な体制を取り、「ひょいっ!」っと、女風呂目掛けて、風呂桶を放り投げた。


 コン!


 ……あいて!……


再び加納は、風呂桶を一つ掴み、フリースローの要領で、女風呂に放り投げる。


 コン!


 ……あいて!……


一瞬、沈黙が漂う男風呂、女風呂。

だが次の瞬間、沈黙が激流の様な大騒動へと変化する。

それも、あまりにも馬鹿馬鹿しい騒ぎへと。



「加納かあ!?加納だなあ!?乙女に向かってよくもやりやがったな!やりやがったな!」


「乙女じゃねえだろ、変態部長!いや、BL部長」


「いけ、加納!全部投げちゃえ」


「みんな、部長に続け!投げ込め!投げ込めええ!」


何と、馬鹿馬鹿しい事に、双方ムキになって、風呂桶を相手方に投げ込み始めたのだ。


「痛え!痛えよ!」


「今あっちの方向から、玲一の声が聞こえたよ♪」


「ロロ、まさか君までやってるのか!?」


「…こよみちゃん、…もっと持って来て…」


雨あられと、東に西へと空中を舞う風呂桶。

オカルト研究会の合宿初日。朝からトレーニング漬けで、本来なら皆クタクタで、布団の中へと、睡魔にいざなわれるはずなのに、男風呂、女風呂のそこにいる誰もが、破顔一笑で風呂桶投げに没頭している。

それだけ、昼の間にストレスが溜まったと言う見方も出来るし、それだけ、仲の良い気の合う仲間達だったと言う見方も出来る。


ただ、ここで確実な事が三つあるとすれば、

一つは、明日も朝から地獄の特訓が待っていると言う事。

一つは、後の永田薙刀道場での合宿ルールに、「風呂桶投げの禁止」が盛り込まれたと言う事。

そして、最後の一つは、風呂桶投げに参加しようとした設楽寺富美が、風呂場で走り足を滑らせ尻から転倒し、そのまま滑って景観用の巨石に股関を痛打。

でんぐり返ってようやく止まり、仲間達全員に「一人辱め固め」と言う技を披露しながら、股関全てをさらけ出して気絶してしまったと言う、玲一や加納には絶対に言えない、恥ずかしい事実が誕生した事であった。



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