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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「初夏の暴走!地獄の合宿」編
69/74

地獄とゲロとラッキースケベ


 ぜいっ!ぜいっ!はあっ!はあっ!


 ぜいっ!ぜいっ!ヒューッ!ヒューッ!


冷たい床が広がる大きな道場に、数人の若者達の、喘ぎ声と荒い息が響き渡るここは、【永田薙刀道場】


私立青嵐学園を中心としたベッドタウン、長野市北部団地。その、北部団地の北側を守る霊山、三登山の中腹には、伸暁真琴を祀る伽里田(かりた)神社がある。

その伽里田神社の石段を登り始め、北部団地を一望出来る第一の鳥居がある広場。その広場を右…東側の林の奥へと足を進めると、この【永田薙刀道場】が存在するのだ。

車で通うルートもあるのだが、自分の身体を、自分の武の心を鍛えようとする者は、必ず石段を登ってこの道場へと通う。

薙刀に限らず、様々な武道の練習場として解放される、北部団地の住人達の、武道のメッカ、格闘技ね中心であった。


 今、この永田薙刀道場の床に、息も絶え絶えに、大の字になって横たわっている複数の男女は、オカルト研究会のメンバー。

何故か、金曜日の祭日から日曜日にかけての二泊三日間、この道場に寝泊まりし、身体を鍛える事になったのだ。

そう、つまりは合宿。

オカルト研究会の恒例の合宿は今回、観光を一切排し、旅行を一切排し、知的好奇心を満足させる事を排し、ただひたすら…、ひたすら、

己の体力を向上させ、武の心得のある者は、技に磨きをかける合宿となったのだ。


全ては部長、氷見ひまりの一存。


『これから先、どんなトラブルに巻き込まれるかも分からん。だからせめて、自分の身は自分で守る努力を!』と、

彼女は放課後の部室にメンバーに熱く語り、「はい、来週の合宿の目的地と、スケジュール表です。後ろに回してくださ~い」と、

内容を見てどよめくメンバー達を尻目に、腕を組んで、満足な笑みを浮かべていたのだ。


【オカルト研究会、合宿予定】


日時:6月某日からの3日間

場所:永田薙刀道場、合宿棟

朝8時に青嵐学園正門に集合の後、永田薙刀道場に徒歩にて移動。


1日目:

午前中、基礎体力向上

午後、基礎体力向上

夕食後、血へど吐くまで基礎体力向上


2日目:

午前中、実戦訓練

午後、実戦訓練

夕食後、ドキドキ☆土岐玲一を囲む夕べ


3日目:

午前中、合宿成果披露

昼に解散



 「かくーん!」ひまりの発表をきっかけに、メンバーの全員が、アゴを外したかの様に大きく口を開き、呆然とする。

何だこの、体育会系のノリはと言う、自分の住む世界とは、全くかけ離れた内容に対する驚きが大半を占めたのだが、

約一名…玲一だけは、また何か変なの仕掛けて来た、また何か変なの仕掛けて来たと、呆けながらも部長のひまりに対する不審満々。

だが、ただ一人だけ加納だけは、この流れをまんざらでも無い感覚で眺めていた。もちろん苦笑しながら。


(……多分、土岐を鍛える事に重点を置いているんだろうな、部長のひまりさんは。それと、ゲストのプリシラやベロニカなどの、玲一狙いの女性陣には…、

玲一を狙いたいなら、地獄の合宿を乗り切れと檄を飛ばしながら、ふるいにかけると言ったところなんだろう……)


もとより、自分の限界を超えて、体力を、勇気を、死を、限界を知り、それを常に乗り越えようと己を磨いて来た戸隠流忍者。

たかだか数日の集中特訓など、思春期の男女混合合宿であるだけの、ただ単に珍しいだけのイベントであり、普段の修行の方が、より過酷で、より地獄。

そう判断し、今回の合宿のハードさを、まるで他人事の様に、涼しい顔をしていた加納ではあったのだが…


「…ぜいっ!…ぜいっ!…ぜいっ!」


実際に合宿が始まり、まだ時間は10時。永田薙刀道場に着き、特訓を開始して一時間ちょっとしか経っていないのに、メンバー内では、加納が一番バテバテで、みんなより、ひときわ大きな、悲鳴に近い喘ぎ声を上げていた。


それもそのはず。

周りのメンバーは、全員が基礎体力向上の為の、腕立てや腹筋で、己との闘いを繰り広げている中、加納だけは己との闘いではなく、目の前に立ちはだかる「敵との闘い」に、終始していたのだ。

つまり、加納のスケジュールだけは別格。初日からひたすら、実戦形式の乱取りを繰り返すのみ。氷見ひまりの「粋な計らい」は、加納を精神的にも肉体的にも、徹底的に追い込む事に成功していたのだ。


 その、加納の乱取り相手とは…、ひまりが呼んだ特別講師の二人のうち一人。

一人は、加納とは別メニューの基礎体力向上チーム専属で、道場の床に「へたる」メンバー達を、腕を組みながら厳しい目で見下ろす男、【和田則正】。

何を隠そう、加納の師であり、戸隠流忍術裏総本家の頭領。

農業を営みながら、次の世代に武芸を受け継がせる為に、忍術に限らず、広く様々な武道を教える青年。

スポーツドクターや、トレーナーとしても、一部プロスポーツ選手の間では絶大な信頼を得ている若者である。


ひまりが加納に秘密で呼んだので、最初は加納も面食らったが、今の加納は尊敬する師と手合わせし、その技を盗むどころの話ではない。

それ以前の問題として、彼の目の前に大きな壁が立ちふさがっているのだ。


加納に立ちふさがったのは、加納のスパーリング・パートナーとして部長のひまりが依頼した女性。

薙刀の木刀を持ち、道場着に袴を履いた女性、この永田薙刀道場の道場主、【永田静音】であった。


和田則正も、永田静音も、玲一達よりも遥かに年上ではあるが、二十代後半の、いよいよ体力に、技に、精神に油が乗った、一番バランスの良い「旬な」状態。

いくら、忍者刀を模した木刀を持った加納が挑みかかろうとしても、この女性、なかなか強い。

いや、さすがは永田薙刀道場の道場主、武の道のみをひた走る者と言うべきなのか、学生と忍道、「二足のわらじ」を行く加納では、全く歯が立たないのである。


「ヒュー…ッ!ヒュー…ッ!」


気管支を流れる空気が、絶望的な和音を奏でながら、日本刀より短い忍者刀を模した木刀を杖代わりに立ち上がるも、

既に体力の限界を超えているのか、まるで、生まれたての仔牛の様に、加納のヒザが、力無くガクガクと笑っている。


「そろそろ休憩しましょうか、加納君」


ほとんど汗をかかずに、朗らかな笑顔を向けながら加納を気遣う永田静音。

そんな優しさが逆に癪に障るのか、加納は余計に闘志を燃やし、「いやいや、静音さんに冷や汗流させるまでは…ね。持ってる引き出し、全部開けますよ」と、フラフラしながら木刀を持って身構える。


「うむ、その意気や良し♪」


静音は満面の笑みを浮かべながら加納と向き合い、薙刀を模した木刀の、刃の部分を振り上げる。

薙刀の構えの中でも最も攻撃的な構え、「八相の構え」で、加納にプレッシャーをかけ始めた。


古くから日本で続く武道、薙刀(なぎなた)は、「女性用の武道」として広く定着し、女性用スポーツ武道としてのイメージが強くあるが、その実、薙刀ほどえげつない武器は無い。


もともとは古来、刀に対して圧倒的な優位性を持つ武器として誕生し、遠距離からの「刺す」「なぐ(なで斬り)」の攻撃と、刀身以外の棒・杖の部分を駆使した守備を旨とした【無双】用の武具。

そして、それを最大限生かす為に組み合わせた体術。それが【薙刀】であった。

個人戦最強の武器である薙刀が、遠距離から「突く」だけの槍に変わったのは、あくまでも時代が集団戦に変わった為。

薙刀の威力、そして「恐ろしさ」は、現代になっても変わる事は無い。


 八相の構えで、直接的に、ジリジリと加納との距離を詰める永田静音。

その静音を中心に、時計周り又は、時計の逆周りに動き、間合いを測りながら、攻撃のチャンスを狙う…べきのはずの加納。

フットワークを活かし、相手を撹乱しながら、自分の有利な展開へと運ぶべきなのだが、加納はあえて、その場にどっかりと足から根を下ろし、微塵も間合いを測ろうとしない。

その場で木刀を逆手に構え、静音が薙刀を振り下ろして来るのを、そのタイミングだけを測り、それに全神経を集中している。


(……ほう…、さすがだな。その結論に行き着くまでに、俺なんか半年以上もかかったのに……)


オカルト研究会メンバー達のトレーニングを見守りながらも、加納と静音の立ち会いには、和田則正も興味津々。


(……そう。全く分からないんだ、この人の太刀筋が。天真爛漫で殺気の欠片も存在しない。まるで彼女は、伝え聞くところの天然理心流、沖田総司。こんな近くに天賦の才をふるう人がいるとは……)


加納は肩で息をしながら、ジリジリと近付く静音が、薙刀を振り下ろすその瞬間を、刹那の瞬間を待っている。

対する永田静音は、「その瞬間」を待っている加納の意図を完全に知りつつも、それでも笑顔のまま、加納に接近し続ける。


(……加納君が数時間で【その領域】にたどり着いたのも凄いが、なかなかどうして、静音もえげつねえなぁ。ありゃ才能だな、笑顔で人を殺れる奴なんて、そうそういねえぞ……)


「はい!じゃあ次は背筋50回を5セット!姿勢良くちゃんとやらないと、左右の筋肉痛の度合いが悪くなり、つまらない腰痛になるからな!真面目にやるんだぞ」


完全にヘロヘロになって、泣いている者もいるメンバーに(特に貧乏神)、再び地獄のセットメニューを命じる和田。生徒たちのトレーニングは続行させるも、視線は加納達の「死合い」に固定したままである。


(……あの静音の笑顔…無垢なる殺意を、半日も経たずに引きずり出すか。いよいよ、俺の時代じゃなくなったかな……)


ちょっぴり寂しげに、そして頼もしげに、加納を見詰める和田則正。

そしていよいよ、加納と静音の間合いは、互いの息遣いを感じられる程に迫る。その距離80cm。

長い薙刀を得物に持つ者としては、異常な程の近距離だが、その近い距離が逆に、加納を混乱させる。


遠距離、薙刀の刀身がかろうじて相手に届く間合いであれば、必ず薙刀の刀身を振り下ろして来る。全てはその【一択】に限られる。それしか無いのだ。

だから、その技を受ける側とすれば、いつ、どのタイミングで刀身が振り下ろされるのかを判断し、その小さなフローチャートの中で「攻」「防」を構築すれば良い。

だが、今、加納の目の前に最接近した永田静音は、薙刀の特性を活かした長距離攻撃を自ら排し、加納に対して進んで間合いを詰めている。

そして、その理由、彼女の意図を察する事に、躍起になっていた加納には、動揺の色が瞳に浮かんでいる


 ……刀身で来るか?……


 ……杖ですくい上げるか?……


 ……いや!薙刀は二の手、当て身で来るか!?……


 ……我慢出来ずに襲いかかる俺を、杖でいなして突きに来るか!?……


 パニック、それまさに恐慌


近距離に迫った永田静音の行動フローチャートは、二択を願っていた加納にとっては、地獄の様な無限大の枝別れ。


忍者特有の身軽さとフットワークを活かした攻撃が、永田静音にことごとく破られ、結局、後に残ったのは忍術でも暗殺スキルでも無く、加納の日々積み重ねて来た身体のみ。

微かな殺意をも感じられるその嗅覚で、相手の微弱な動きで生まれる風圧を、感じられるその肌で、世界の変化を見逃さないその瞳で、

つまりは、「素の自分」が一番の凶器だと悟った加納譲司。


和田則正が、それを得るのに半年かかったと言われるその境地に、数時間で辿り着いた加納譲司ではあったのだが、それすらもあざ笑うかの様に、永田静音は加納の懐に、遠慮無く入って来た。

それも、一切含むところの無い、無垢な笑顔をたたえたまま。

則正が静音を「えげつない」と評したのは、この静音の行為についてであり、己と向き合って、新しい境地に辿り着いた加納を、一回り歳下の若者の成長を、喜ぶでもなく、温かく見守るでも無く、ただ己の剣の餌食にしようとする静音に、武道の本質を垣間見たのだ。


武道の本質それは、「己との闘い」と「斬ってナンボ」が並立する世界なのだと。


加納と静音が最接近して数十秒。本人達にしてみれば、永遠にも感じられるこの一瞬。

意外な声がきっかけで、この地獄の様な膠着状態が終焉を迎える。


「加納っ!!」


声の主は玲一。


基礎体力向上チームで、後のメンバー達と一緒に、涙目でトレーニングに励んでいたのだが、

途中からついつい身体の動きを止め、加納と静音の立ち会いに魅入られていたのだ。


 ……いくよっ♪……


静音が自分の全身に、そう言い聞かせた時、その瞬間の玲一の言葉だった。


玲一が静音の微細な動き、「殺る」気配に反応した訳ではないのであろうが、玲一の声は確かに、確実に加納の全身を駆け巡り、静音の初撃に反応させる。


静音は笑みは最高潮。大人の毒気など全く含まず、まるで赤子、まるで菩薩。

そのまま、八相の構えはそのままに、電撃的な素早さで、加納に向かって一歩踏み出す。

更に深く、更に近距離。あれだけの長い得物を持ちながら、静音は尚も加納に近付き、両者、鼻を突き合わせるかの様な距離まで迫った時にいよいよ、加納が動たのだ。


「ちいっ!!」


斬りか、押しか、突きか、殴りか、足さばきか。

様々な選択肢の中から、加納は何と、静音の初弾を防ぐ事を放棄、完全に諦めたのだ。

そして、右手に逆手で持ち、目の前に掲げていた木刀を、ふっと手放す。


「…むむっ!!」


一瞬、刹那の瞬間に近いほんの一瞬。

静音は加納本人ではなく、目の前に「置き去り」にされた、忍者刀を模した木刀に目を奪われてしまった。


攻守が完全に入れ替わり、加納に主導権を握られてしまった静音は、「視界から消えた加納が、左右どちらかにしゃがみ込み、足払いを狙った」と判断。ぴょんと両足で軽やかにジャンプする。

そして、宙に浮いて無防備となった自分の身を守る為に、

更に、次の攻撃のチャンスに即、薙刀を振り下ろせるだけの遠心力を得る為に、

薙刀の杖の中心部分辺りを両手で掴み、クルクルと高速で回転させる。それはまるで、ヘリコプターの様でもある。


目論見通り緊急回避は成功し、加納の足払いは避けられた…。

一瞬、静音のイメージではその光景が浮かび、着地後、自分のターンにするには、どう身体をさばけば良いか、大量の思案が脳内を駆け巡らせるのだが、加納は足払いを放ってはいなかった。

静音に攻撃などせず、もっと、もっと身をかがめ、深く…深く腰を落として、まるでアメリカン・コミックに道場する蜘蛛男の様に、床に這いつくばっていたのだ。


静音の右側、空中で薙刀を回す静音の右腕が死角となり、加納は「どフリー」の状態。

そのまま、身体を捻り、床についた右手と右足に「むぐあああっ!」と、渾身の力を込め、加納は変形浴びせ蹴り…。左足を静音が着地した際に、顔面があるであろうポイントに向けて、鞭の様にしなやかで鋭い蹴りを放ったのだ。


カシィィィンッ!!


乾いた衝突音が、道場内に響く。

加納の変形浴びせ蹴りが、静音の顔面を捉えたかに見えたのだが、静音の顔の前には、両手でしっかりと握られた薙刀が置かれ、加納の蹴りは完全に防がれたのだ。


「このっ!」


「にひっ♩」


目論見を看破された加納、急ぎ体制を整えようと、左足を引っ込めるも、時既に遅し。


「ちえいっ!!」


スパン!


加納が放った左足の蹴り。それを完璧に防いだ薙刀がまたクルクルと…、今度は床に対して垂直に回転を始め、

静音は、遠心力で充分力を蓄えたその凶器を、「自分の右側、その下」加納がいるであろう辺りに、無慈悲な勢いで叩き込んだのだ。


「お胴っ!」


バチーンッ!!


「ぐはっ!」


蹴りを放つ為、右膝と右手だけで体重を支えていた加納、その横っ腹に、静音の一撃が、気持ち良い程に決まった。

衝撃でゴロゴロと床を転がり、そのまま顔を床に沈めた加納は、「参りました」と、弱々しい声で無条件降伏を宣言。

床に伏せたまま、ぐったりと静かになった。


「勝負あり!」と声を上げながら腕を組み、苦笑いを口元にたたえた和田。

玲一達の基礎体力向上チームに休憩を宣言し、加納と静音にも休憩を促した。


「いやあ、最後の立ち会いは、さすがに冷や汗が出たよ。加納君、さすがだねえ♪」


「おい静音、お前も良い歳なんだから、これからの若者に向かって、トドメ刺してんじゃねえよ」


「ぶう~、だって久しぶりにワクワクしたの。最後の加納君、すごかったんだもん」


ゴロリと、身体を天井に向け、荒い息をしながら天井を見詰める加納。不思議と悔しさが湧いてこないのか、疲労とは別の、満足感が表情に浮かんでいる。

和田に休憩を促された後も、固唾を飲みながら、加納の闘いを見守っていた玲一たちも、尻もちをついて、ゆっくりと息を吐き出した。


 ……やっと休憩かよ……


玲一の背後には、ぐったりと伏せる、オカルト研究会メンバーと、ゲストの二人。

慣れないハードトレーニングを強要され、疲労困憊で「おしとやか」さも忘れ、床に寝転び大の字に。まさに死屍累々。


自分で計画して、段取りし、自分でインストラクターを二人も呼んでおき、「何でこんな目に遭わなきゃなんのだ!」と、激しい恨み節を吐くのは、部長の氷見ひまり。

どんなに文句を言っても、周囲からは冷たい目、冷たい目、冷たい目の集中攻撃を受け、誰からも共感を得る事はない。

そして彼女の傍らには、「床…冷たくて…気持ち良い」と、余裕綽々に呟く、副部長の丞定菊。

彼女は、丞定流抜刀術免許皆伝の使い手であり、当初は加納譲司と二人で、永田静音との乱取りを予定していたのだが、「静音さんとは…結構やってるから…加納君、ガンバ♪」と、上手く逃げたのだ。


そして、「もう…だめ、もう…だめ」と、目を白黒させながら肩で呼吸をしているのは、長野市北部団地を護る伽里田神社の生き神様、伸暁真琴。

女王陛下から賜った「ヴァンパイア・ハンター」の称号輝く、女神ブリタニアこと、クラリッタ・ハーカーも、

さすがにトレーニングがキツいのか、一回りして色気が無いほどに、体操着が汗でびっしょり。


「フランスでは、カラテを習ってました」と、体力に自信を見せたロロット・サン・マリー・デュモンは、早々と無言で涙目。

体力に全く自信が無いと、胸を張って豪語していた、貧乏神の設楽寺富美は、早くも撃沈。

先ほどのトレーニング中では、「ごぶっ!!」っと、胃から異様な音を放ち、口を押さえながら、トイレに向かって全力疾走していた。


そして、今回のゲストの二人。

土岐玲一狙いを公言し、オカルト研究会の合宿に付いて来た、「翼のある蛇」古代神ケツァルクアトルこと、プリシラ・カナル・ヒメネスと、「煙を吐く黒鏡」古代神テスカポリトカこと、ベロニカ・メネンデスの古代神連合。

「玲一を賭けて勝負!」と、息巻いた割には、二人とも息絶え絶えで、床に崩れ落ちている。


「死ぬ…死ぬ…おうちに帰りたいです」


「はあはあっ!プリシラ諦めるな!これは罠だ。諦めて我々がリタイアすれば、連中の思うツボだ」


プリシラは半分涙目で天井を見詰めながら、胸や腹を激しい呼吸で波立たせる。

ベロニカは四つん這いになり、茫然自失。頬を伝う玉の様な汗が、床へと滴り落ちている。


……こんな事、朝から晩までずっと続けるのかよと、メンバー達の落胆は激しい。

主催団体が団体なだけに、ゴーストフェイザーズや、グレイブ・エンカウンターズの様に、廃屋で幽霊探索や、幽霊退治を行ったり、

SOSを発信している家庭に赴き、呪い解除や、先祖の犯した罪の因縁を解いたりと……。

そう言ったオカルト事象の最前線に飛び出して行くと言う、実りのある合宿を行えば良いのに、蓋を開けてみればなんと、体力まかせの地獄の特訓…。


「さて!基礎体力チームはやっと身体がほぐれて来ただろうから、神社の階段に移動して、階段昇りダッシュ始めるぞ!」


 ……いやいや、ほぐれるどころか、機能停止寸前なんですけど!……


そんなメンバーたちの察してくれと言う、弱々しい空気など無視する様に、和田の声が、無情にも道場に轟くと、いよいよもって、今回の合宿の発案者が、髪の毛を振り乱す勢いで首を振り、イヤイヤを繰り返し始めた。


「あかん、これはあかん!もうあかんのよ!」


「……ひまりが……計画立てたのよ……」


「私は…!私は見学者の予定だったんだ。それが、何で私まで」


「まさに自業自得だと思うけど」


「ロロットの言う通りよね。それに、聖職者のくせに、よこしまな事ばっかり考えてるから、バチが当たったんじゃ?」


「お願いクラリッタ!もうそのフリはやめてえぇ!」


「…富美ちゃん…トイレ行ったまま。…大丈夫かな?」


トイレに行ったままの設楽寺富美が帰って来ない。

心配した仲間は、女性陣のうち、誰か一人を様子見に行かせようとするも、トイレから出て来た設楽寺富美が、

仲間たちが気にしている事に気付いたのか、弱々しい声で「遅くなりました」と言いながら、早足で道場に入って来た。


「……設楽寺さん、顔色真っ青……」


「研究会一の美少女が…痛々しい姿なのだ」


フラフラとした足つきで向かって来る富美。仲間達が外に出るため立ち上がろうとした時、突然…それは起こった。


急いで歩き、足がもつれたのか、富美は自分の履いているジャージの、右足の裾を左足で踏んでしまったのだ。


「…ふっ、ふぁっ!?」


スパン!


もつれた足がきっかけで、富美のジャージは「つるん」と、足首まで落ちてしまう。


「ふええっ!んがっ!」


一瞬にして、可愛い草花がプリントされたパンツが丸見え。

そして、富美は顔を真っ赤にしながら、更に足をもつれさせながら、ビターン!と、床に顔面を叩き付けながら、うつ伏せに倒れ込んでしまったのだ。


慌てて駆け寄る玲一達。しかし、富美はピクリとも動かない。足首まで下がったジャージもそのまま。

小ぶりだが、愛らしいお尻が布一枚で丸出しだ。


「玲一は見るな!あっち向いてなさい!」


「設楽寺さん、大丈夫!?」


介抱しようと、女性陣全員が慌てて近付いた時、彼女たちに対して、富美は反応を示す。

それも、彼女らしく「ふええん!」と言う萌え要素がたっぷり詰まった泣き声や、「お嫁に行けないよう」と言う、思春期の恥じらいでもなかった。


「ゴブッ!!」


ただ一度、胃の底から絞り出す様な異様な音がしたかと思ったら、

床に伏せた顔の周りから、酸性の臭いを伴った液体が、床にどんどんと広がって行ったのだ。

つまりは吐瀉物、ゲロ、ゲー。

彼女に罪は全くないが、学園内で真琴と1、2を競う、正統派美少女の貧乏神はたった今、可愛いお尻を周囲の目に余す事無く晒しながら、

さながら、人間科学兵器の様に、連鎖反応を起こしがちな、心の折れる臭気を放ち出したのだ。


「貧乏神が吐いたのだ!」


「誰か、ぞうきん!ぞうきん!」


「これは…運が無さ過ぎますね…」


「プリシラ、ボケっとするな!ゲロには換気だ!窓を開けろ!」


「あっという間にストレスが溜まって、不幸レベルMAX状態だったのだ。玲一、後で祓ってやるのだ」


「は、はい…」


「玲一の馬鹿、エッチ!見るなって言ったでしょ!」


オカルト研究会で、いや、私立青嵐学園内でも有名な美少女、設楽寺富美。

貧乏神の生まれ変わりの彼女、やはり運は、とことん低かった。


地獄の合宿は、まだ初日の午前中で、折り返し地点にすら辿り着いていない。

それはつまり、始まったばかりの、ほんの序章。

富美だけでなく、ここにいる誰にでも、地獄は平等に降りかかり始めるのであった。




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