使徒ではなく神
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私立青嵐学園、本日の授業と課外活動は全て終了し、完全下校時間がやって来た。
スピーカーから流れる下校の案内と共に、哀愁漂う曲が、未だに校内に残る生徒達の、背中を押していた。
賑やかな商店街の中を歩く、三人組の学園生は、玲一と加納、クラリッタの、いつもの三人。
かぐわしい香りを放つ焼き鳥や、店頭に並ぶお惣菜や揚げ物に目もくれず、三人は趣味の話題に花を咲かせながら、帰路に着いている。
「星を継ぐもの……スッゴイ面白かったよ」
「早いな、もう読破したのか?」
「ああ、専門的な単語に悩まされたけど、ラストなんか、泣きそうになった」
「あら、テレビっ子の玲一が、読書家だとは知らなかったわ」
「笑うなよクラリッタ。生活に追われてた時は、それを言い訳に本を遠ざけてただけなんだ。元々読書は嫌いじゃないよ」
「そんな土岐にと思って、ホーガン作品を貸したんだが、面白かったろ?敷居もそんなに高くなかったはずだ」
「ああ、面白かった!まだ余韻が残ってるよ。まさかダンチェッカー博士が、土壇場であの結論に持って行くとはね」
「ハード系SFが気に入ったなら、今度は日本人作家の作品を貸してやるよ。谷甲州の航空宇宙軍シリーズってのがあってだな、これがまた、いぶし銀の……」
「加納!玲一にばっかり貸してないで、私にも面白い本、貸しなさいよ!」
「……クラリッタさん、残念なクラリッタさん。この前、警察署長貸したでしょ?あれまだ読み終わって無いでしょ?」
「だって……!ガンファイトもアクションも無いじゃないの!タイトル詐欺よあれ、タイトル詐欺!」
※警察署長とは、アメリカの架空の街で起きた、連続殺人事件と、それを三代に渡って追う警察署長の、人間模様小説
「あはは、クラリッタは、ドンパチやってる、派手なストーリーが好みなんだね」
「んもう!玲一まで馬鹿にして!」
かしましいと言うか、賑やかと言うか。
同じ好み、同じ嗜好、同じ性格ではなく、全くタイプの違う三人が、こうもはしゃぎながら会話を重ねていると、もう何年も何年も、同じ時代を生き抜いて来た、親友たちの様にも見える。
だが、ここにいる三人は、あくまでもこの春に出会ったばかり。それなのにこの関係は、見ている者を、羨ましがらせるほどの対人距離であった。
やがて三人は、商店街を抜けて住宅地へ。
そろそろ三人が三人とも、別々の帰路につくあたりなのだが、ここへ来て、話題は趣味の話からオカルト研究会の合宿情報にシフトし、その所以も含めた加納の情報に、玲一もクラリッタも耳を傾けていた。
「元々、オカルト研究会の前身である、オカルト愛好会が、戸隠に合宿したんだそうだ。それが恒例となり、毎年オカルト研究会は合宿する様になった。毎年場所は違うがな」
「そう言えば、合宿先の発表は無かったわね。今年はどこへ行く予定なの?」
「さあ、そこまでは分からん。全てその時代の部長決済だからな。まあ、事前に発表があるから、行き先の心配は無いよ」
あああ……と、ため息をつき、今ほどまでの浮かれた表情から、一気にウンザリ顔へと変貌を遂げる玲一。合
宿と言う主食の上に、苦手な物がトッピングされている事を思い出し、ガックリと肩を落としたのだ。
加納もクラリッタも、玲一が何故ゲンナリしているのか、痛いほど理解出来る。
ただ、理解出来るとは言ってもそれは、はたから見れば贅沢な悩みでしか無く、
加納としては「はいはい。女難の相、お疲れ様っす」と、そうとしか言えないのが現状であり、
クラリッタにはもっと、思うところがあるのか、「私が最初に見つけたのよ」「迦楼羅に関係無く目をつけたんだから」と、ぶつぶつ独り言を繰り返しつつ、ご機嫌斜め。
加納の苦笑には、全く気付いていない。
「あっ、そうだ。あの子の名前はつけたのか?」
やれやれ、と、二人を見詰めていた加納が、空気を変えようと試みた質問であったのだが、その内容が玲一の琴線に触れたのか、目がキラキラと輝き出した。
加納の配慮が、功を奏したのだ。
「土岐、もう決めたんだろ?名前をさ」
「あっ、あの【ぶもも君】の名前ね。玲一、教えて、教えて!」
玲一を助けたあの麒麟の子供の命名の件は、オカルト研究会でも話題になっており、先日は喧々囂々いや、馬鹿馬鹿しい議論したばかり。
加納もクラリッタも、興味津々で玲一を見詰めるも、笑顔を通り越して、もはやドヤ顔に近い表情で、ふんぞり返るフリをする玲一、「うん、決めた。決めたよ」と、もったいぶっていた。
「では、発表しよう!あの麒麟の子供の名前は【東風】。東の風って書いてとんぷうって読むんだ」
「東風…なんか、意味はかっこいいけど、うふふ、発音が珍妙ね」
「なるほど中華読みか。だけど、可愛らしくて良いんじゃないか」
「西欧だと、幸運の風【ゼファー】は西風だろ?でもここは極東日本、一番東だ♪」
「だから東から吹く幸運の風って事なのね。考えたわねえ、玲一」
「部屋飼いしてるのか?」
「いや、やっぱり自然がある方が好きみたいで、庭にいついてる」
缶コーヒーを飲み終え、空き缶入れに捨て、さて、それじゃあみんな家路に…と、歩き出した時、
商店街アーケード方面から歩いて来る、青嵐学園の生徒たちの話し声に玲一の背中は反応した。
聞き慣れない声ではあったが、だからと言って、全く聞き覚えの無い声でも無い。
それも、「今、一番会いたくない相手」「会って話すと、面倒事に巻き込まれそうな、厄介な相手」と最近認識した、どちらかと言えば、忌まわしい声の主の姿を確認したのだ。
「…あれは、エステファン・アナスタシオ…」
「うん?どうしたの?玲一」
なんでも無いからさあ帰ろう、と、つかつかと歩き出した玲一の後を、慌てて追うクラリッタと加納。
しかし、玲一が彼の姿を認識したと言う事は、エステファンもまた、玲一の姿を認識したと言う事。
黒人生徒一人と、白人生徒一人に挟まれて歩くエステファンの表向き爽やかな声が、玲一の背中に突き刺さる。
「おうい!土岐君、土岐君!」
玲一は気付かないフリを押し通そうとするが、玲一の名を呼ぶ声に反応したクラリッタと加納が、おせっかいにも玲一を止める。
事情を知る由も無いので、加納もクラリッタにも罪は無いのだが、「玲一、呼ばれてるよ」「おい、土岐、呼んでるぞ」と、呼び止められれば、もはや玲一も無視していられない。
「う…、あ、はい」
諦めて腹を決めたのか、ギリギリと、錆びた歯車が回る様に首を回し、玲一はやっとエステファンに顔を向ける。
「土岐君、やっと気付いてくれた♪」
「あ、どうも、お疲れ様です」
卑屈とは言わないまでも、やけに腰の低い玲一。
額には油汗をじっとりと浮かべ、ひきつったぎこちない笑顔でエステファンに接する。
エステファンの両側で、玲一を警戒する様に見詰める、黒人と白人の二人も、もちろん、青嵐学園の学生服を着ている。
(……何か、見覚えあるな……)
加納のメガネがキラリと輝く中、エステファンは加納とクラリッタを「優雅に」無視し、
玲一のお見舞いに現れた時の様な、屈託の無い爽やかで上品な声で、玲一に優しく問い掛ける。
「どうだい、土岐君。ロロットには、聞いてくれたかい?」
押し黙ったまま、何も答えられない玲一。
元々、「ロロットを、オカルト研究会から退部させて欲しい」と、エステファンから依頼された件も、まともに取り合う積もりも無かったし、どうやって断ろうか、思案に暮れていた所だった。
だが、いざこうやって本人を前にすると、気品に溢れた雰囲気に隠された、エステファンの目に見えない威圧感に押され、玲一の脳が悲鳴を上げる。
キツい、苦手だ、この人とは関わっちゃダメだ!と、しきりに赤ランプを点滅させるのだ。
……エステファンに向かって、否定的な意見を口にしようとすればするほど、頭が、思考が、心が、正常な判断を押し留めるかの様に、酷く陰鬱なパニックを起こす……
「どうした、土岐君。元気無いじゃないか」
(……思い出した!……)
(……あの人は!……)
加納もクラリッタも、玲一が対峙している人物が、一体どんな素性の人物なのか、戦慄に包まれながら、ピンと来た様だ。
加納は戸隠流忍術、裏総本家頭目代理として、自分なりに集めて来た情報の海の中から。
クラリッタは、家族で来日し、長野に移住。私立青嵐学園に入学した際の、とある出来事で。
二人は、この人物が一体何者なのか、はっきりと思い出したのだ。
「あなた、外国人移住者で作った、青嵐学園生徒の互助組織、【ノー・ボーダー(国境線無し)】のリーダーね!」
「相互互助を謳いながらも、その実態は、生徒会執行部と日本人社会に対抗する、暴力的地下組織」
名前までは思い出せないものの、クラリッタも加納も、目の前にいる人物が、非常に危険な人物である事をとっさに認識した。
「あはは!君達、特にそちらの君。結構失礼な事を言ったよ、今」
おどけながら笑い、さながら「漫才のツッコミ」の様に、陽気に加納達の発言に抗議してはいるのだが、エステファンの目だけは……、琥珀色のくりくりとした大きな瞳だけは一切笑っていない。
つまり、エステファンは怒っている。特に、加納が発した「暴力的地下組織」と言う単語に、酷く憤りを覚えているかの様だ。
そして、エステファンの気持ちを汲んだのか彼を挟んで立っていた黒人と白人が、「ズイ…!」と、玲一達に向かって身を乗り出して来た。
高い身長で、ドレッドヘアの太めの黒人生徒。隠そうともせずに、見るからに玲一達に対し、敵意満々で迫っている。
もう一人の白人生徒は、東欧系の精悍な顔付きに一切表情を現さず、じっと玲一達を見詰める瞳からのみ、凶悪で凄みのある殺気をぶつけて来ている。
「落ち着きたまえ、君達。結局は、他人に何と言われようと、我々が我々らしくあれば、それで良い♪」
両手を白人と黒人生徒の背中に回し、「ぽんぽん」と軽く叩いてなだめる。
だが、今のこの何気ないエステファンの言葉に、加納の表情は更に固くなる。
自分たちの居場所を、暴力的地下組織と加納が表現した事を、白人生徒も黒人生徒も侮辱と受け取り、加納に詰め寄ったのだが、エステファンは、決して加納のこの発言に「誤解だ」とは言っていない。
つまりは、肯定も否定もしていない、限りなく灰色。エステファンの中では、暴力的活動を認めている証でもあるのだ。
そして、他人に何を言われても、我々が我々らしくあればと発した、言葉の真意。それは、暴力的組織と言われようが、何と言われようが、この方針は一切変えない。
その、強い意志の現れでもあったのだ。
つまり、「今、ド真ん中ストレートで、凄い事言ったね。否定はしないけど、言われっ放しは面白く無いから、覚えてろよ」と、エステファンが加納に対して、宣戦布告を行った事に、加納は気付いたのだ。
加納は静かに、自分の身体、全身に指令を送り始める。
……鼓動を早めろ、全身に血液を送れ……
……大動脈から毛細血管まで、大量に血を送れ、大至急だ!……
さすがに九字の印は結べないものの、加納は静かに自分を殺し、誰にも気付かれない様に隠密に、筋肉のパンプアップを開始する。
何故、即席ではあるがフルパワーが出せる状況にしたかと言えば、エステファンの護衛とおぼしき二人が、玲一達に襲いかかっても、即座に迎撃し、護衛を排除する為。
そして、最悪の場合は、エステファンをも排除する為。つまりは、その危険性と可能性を、加納は肌で感じ取ったのである。
容赦無く、一切の迷いも無く、臨戦態勢を整えた加納、メガネの奥から、エステファン達に向けられる目、その目からも、完全に殺気を抑えて、隠し通す事に成功している。
戸隠流忍者の頭目代理が、恐るべき体術を駆使し、自らの身体をスクランブル体制に移行させた時、クラリッタに支えられながら、具合悪そうにうつむいていた玲一が、
決意を固めた様な意志の溢れる表情で、思い切って顔を上げ、エステファンと目を合わせる。
「エステファンさん!」
「どうしたね?土岐君」
「俺、エステファンさんからお願いされた事、丁重にお断りします!」
ガバッ!っと、勢い良く頭を下げる玲一。
ロロット・サン・マリー・デュモンを、オカルト研究会から辞めさせる事を、堂々と、潔く断ったのだ。
礼を尽くし、言葉も選び、そしてはっきりと意思表示したならば、もうそこには、言葉遊びや、駆け引きなどは、付け入る隙が無くなる。
一瞬、玲一の言葉に鼻白んだものの、エステファンは相変わらずの上品な笑顔を保ちながら、「残念だ、非常に残念だよ土岐君。だが、君がそう決めたなら、それは尊重しなきゃね」と、理由は一切確かめずに、玲一の言葉を飲み込んだ。
「さて、土岐君にはフラれてしまったし、我々は帰ろう」
ぽんぽんと、エステファンは再び仲間達の背を軽く叩き、「それじゃあ、またね♪」と、玲一達の元から去って行く。
結局、何事も無かった事から、ホッとする玲一達。加納も、心臓の鼓動を抑えて、リラックスモードへと戻る。
「大丈夫?玲一」
「…ごめん、クラリッタ。何か俺…あの人と会うと、具合が悪くなる」
「相性が悪いのかな?」
「あの男…」
「ん?あの男って、エステファンさんの事か?あの人ががどうしたんだ、加納」
「帰り際、とんでもねえ殺気放って行ったぞ」
「殺気って、どういう事よ!?」
「多分、いや!間違い無く…。ひと波乱あるな」
「ところで玲一、あの人が言ってた、ロロットについての話って、何なの?」
玲一は幾分、気分が優れて来たのか「歩きながら話そう。早くここから離れたい」と、高槻邸に向かいつつ、加納とクラリッタに、全てを話した。
一方、既に玲一達の前から姿を消したエステファン。
二人の「付き人」を連れたまま、商店街から路地へと歩いて行く。
「……土岐玲一かあ、そうだね。諜報ユニットに24時間監視させよう。誰が自宅に出入りしてるか、逐一報告してくれ」
すると、巨漢の黒人生徒が、エステファンの耳元へと顔を向ける。
「土岐玲一の隣にいた男、かなり危険な存在だと感じました」
「そうだね、僕もそう判断した。別のユニットで監視させよう、……ふふ、監視出来ればの話だけどね」
軽やかに笑うエステファンではあったが、会話の内容はかなりえげつなく、そして、他人に聞かれてはまずい様な、ドス黒い闇の世界の会話である。
「ロロット・サン・マリー・デュモン。……我々海外移民組が初めて手に入れる神。我々の様な使徒では無く、まごうことなき神だ。本人と周囲が気付く前に、何とかして手に入れたいね」
ロロットの秘密とは?そして、エステファンと西風しゅりの関係は?
更に、エステファンの事を、ミカエルと軽々しく呼ぶ、西風しゅりの正体とは……?
初夏の長野市
気温が上がれば上がるほど、玲一を取り巻く環境は、どんどんヒートアップして行くのであった。




