古代神たちとの和解?
・
初夏の予感を乗せたそよ風が、善光寺平……長野盆地を優しく撫でる五月下旬。
梅雨の時期を目の前にした、ここ私立青嵐学園でも、生徒たちが衣替えを心待ちにしている。
その、私立青嵐学園の午後、時間的には、放課後が始まって数十分経過したあたりの事。
学園生の部活動が始まり、ここ、オカルト研究会においては、メンバーが全員揃った矢先に、騒然となっていた。
突然の来訪者達が現れ、突如として衝撃的な告白を行っていたのである。
【土岐玲一を賭けて、私達と勝負しろ!】
ホワイトボードには、大きく「オカルト研究会いよいよ合宿だ!」と、ひまりの字でデカデカと書かれており、そのオリエンテーションが始まる予定であったのだが、
この、招かれざる訪問者たちの爆弾発言で、そんな合宿に対する思い入れなど、粉微塵に粉砕されてしまっていた。
もちろん、オカルト研究会のメンバーは、目を見開きながら口をあんぐり。
入院から数日、驚くべき速さで回復して退院して来た玲一も、「マジすかあぁ」と、涙目で苦虫を噛み潰している。
オカルト研究会の部室に現れた、招かれざる客達とは、古代神ケツァルクアトルの生まれ変わり、プリシラ・カナル・ヒメネスと、古代神テスカトリポカの生まれ変わり、ベロニカ・メネンデスの二人。
何と、犬猿の仲だと言われていた二人が、揃って部室の門をくぐったのだ。
「もう一度言います。土岐玲一、玲一様を賭けて、私達と勝負を!」
……ぽか~ん……
プリシラ・カナル・ヒメネスが、誰に対して、誰に向かって言い出したのか、全く流れが掴めないメンバー達。
だが心なしか、プリシラの隣に立つベロニカが、オカルト研究会のメンバー達に対し、申し訳無い様な、情けない様な、まるで、許しを乞う様な視線を投げかけて来ている。
(……突破口とすれば、ベロニカ籠絡なんだろうなぁ……)
部長のひまりはそう判断し、まずはベロニカ攻略に取りかかろうと、瞳をキラリと輝かす。
「プリシラ・カナル・ヒメネス、ベロニカ・メネンデス、ようこそオカルト研究会へ。私がこの部の責任者、氷見ひまりです」
「あ、あの…プリシラ・カナル・ヒメネスでございます」
「…ベロニカ・メネンデスです」
機先を制され、プリシラは鼻白みながら返礼し、ベロニカがそれに倣う。
ひまりがパイプ椅子を二つ用意し、両名を招き入れ、まあまあ座れと誘うと、阿吽の呼吸とでも言うのか、すかさず菊が、二人に日本茶を振る舞った。
オカルト研究会のメンバー。ひまりや菊、真琴の他に、クラリッタ、加納、設楽寺富美、ロロット、そして、まだ顔の絆創膏が生々しい、土岐玲一など、
メンバー全員の視線が、この訪問者二人に注がれている中、プリシラとベロニカは、出されたお茶を静かにすすり、やがて場は落ち着きを取り戻して行く。
「さて、それでは落ち着いたところで、ゆっくり話を伺いましょうか。それも、この長野へ来たいきさつからね♪」
「いきさつからとは、これはまた…時間のかかる事を」と、ぼやいてはみるものの、生来からの話好きなのか、プリシラはまんざらでもない様子。
そして、一方のベロニカは、相変わらずプリシラには気付かれない様に、「ごめんなさい」「申し訳ない」「すんません」と、オカルト研究会のメンバーに、目配せしている。
部長のひまり、そして菊と真琴は、玲一からこっそりと聞いていた。
転校早々に、ベロニカが玲一の家に泊まった事を。そして、テスカトリポカであるベロニカの真意を。
玲一の判断したベロニカの真意、それを信じて、ひまりはここであえてそれには触れず、
逆に、「あなたの真意は知っているよ」と、視線でサインを送りつつ、その上で、プリシラ攻略を開始しようとしているのだ。
だが、どうもプリシラの様子がおかしい。
事前にドレッドノーツから貰った情報や、ベロニカからもたらされ、玲一に伝わった情報。
それらに合わせて、オカルト研究会メンバーの推測を総合していた「プリシラ・カナル・ヒメネス像」と、目の前にいる本人とのイメージが、あまりにもかけ離れているのだ。
事前にもたらされた情報で言えば、ケツァルクアトルは偏った母性愛を持ち、嫉妬に駆られて古代アステカを捨て、絶対神・全能神を目指し始めたと聞いていた。
「自分が一番」「世界の中心で自分が回りたい」「全ての頂点に君臨したい」
そんな、上昇志向丸出しの、神経質な存在だと、勝手ではあるがオカルト研究会のメンバーは想像していた。
彼女と同じクラスの玲一や加納、クラリッタも、今まで極力彼女とは距離を取っていたので、今さらながらに驚いたがのだが、目の前の本人は、とってもサッパリとした、話好きのセレブお嬢さん。
聞いてもいない事をペラペラペラペラと、脱線に脱線を重ねて話し、慌てて笑顔で本題に戻る、【女々しさを一切感じさせない】、ほがらかで快活なお嬢さん以外の、何者でもなかったのだ。
「まあ、確かに。最初ここなら、全能の神を狙えるかな?とは思いましたけど、正直そんな事すらどうでも良くなった次第でして」
カラカラと笑いながら、彼女が告白した内容とはこうだ。
古代アステカを見捨てたのも確か、テスカトリポカに嫉妬したのも確か。
ケツァルクアトルは、自分を受け入れてくれ、尚且つ、全能の神として受け入れてくれる世界を、探していた。
そして、何の因果かこの時代に人として生まれ、力の溢れるパラダイス、長野の事を知る。
「長野で力を得て、今度こそ!仇敵テスカトリポカを出し抜き、全世界の頂点に!」
幸運にも、地脈・龍脈の溢れる地長野には、神鳥迦楼羅の息吹も聞こえる。
彼の地で力を得て、そして迦楼羅を操り、ライバルをことごとく駆逐しよう。
そう決意して、長野にやって来たのだが…
「キャハ!本当に、どうでも良くなっちゃいまして」
ええ~、そんなんで良いのぉ?と、呆気に取られるオカルト研究会メンバー達。
その中で加納だけは、まあ分からんでもないと、半分程は納得の表情を浮かべている。
何故なら、山犬を迎え撃ったあの夜、三つ目の妖魔に襲撃され、道路に横たわり気を失った加納は、
プリシラの乗る、黒塗りの送迎車に発見され、わざわざ加納の家まで送って貰ったのだ。それも、プリシラの膝枕で。
何故加納がそこにいたのか、そして、何を見ていたのかすら、プリシラは加納に問おうとはせず、ただあっけらかんとして、加納を介護するだけ介護していたその彼女が、
今さらながらに謀ごとを企もうとは、さすがに加納も思っていなかった。
ただ、何故志を途中で放棄したのか、それは本人の口から聞きたかったらしく、プリシラに対して「やる気が無くなったと言う、証拠を見せろとは言わない。ただ、どういう心境の変化なのかは、聞かせてくれないか?」と、彼女の今の心境を問うた。
すると彼女は、満面の笑みをたたえながら、こう答えたのだ。
「この地は本当に…、思いのほか癒やしてくれます♪失われた力だけではなく、歪んだ気持ちや、満たされる事を求めて止まない飢餓感まで。これ以上、何を望めば良いのでしょう」
「まあ、確かにそれは、分からんでもないのだ」
「おまけに、皆様気付かれているかどうか。この街には既に、多数の神様がやって来ています。ここでね、またあらためて争いを起こそうなんて考える人の、気が知れませんわ♪」
ここ (長野)で、争いを起こそうなんて考える人の、気が知れないと、自信たっぷりにプリシラは宣言した。
また、あれだけ犬猿の仲とされていたベロニカが、プリシラの言葉に補足する形で、声を添える。
「土岐君には全て話してあるけど、その後で私…、ゆっくりケツァルクアトルと話をしました。ここは、争いを起こす場所じゃないって」
(……なるほど、あの時の握手は、そういう流れの握手か……)
加納は完全に納得した。
あの日、わざわざベロニカの安アパートに、プリシラが乗り込み、何度もお辞儀をしながら、最後に握手をした、その理由を。
だが、ここでまだ、一番納得の行っていない者が、まあ、つまるところクラリッタなのだが、鼻息荒く手を上げ、発言の有無など関係無しに、荒々しく吠え出した。
「はい!はい!ちょっと待った!そちらの理由は理由として理解はしようと思うけど、その結果が、何で玲一を賭けて勝負なのよ?」
ロロットが「そんなにエキサイトしなくても」と、半ば戦闘状態のクラリッタを、苦笑しながら諌めていると、膠着状態を嫌っているのか、隣の富美が、口を開く。
「とりあえずは、プリシラさんもベロニカさんも、三つ目の妖魔の騒動とは、関係無いのかな?」
「ケツァルクアトルを擁護する訳ではないが、謀略を旨とする神ではない。テスカトリポカの名に誓って言おう。私もプリシラもその件は関係無い」
……テスカポリトカの言う通りです。私の姿に偽装して悪事を働くと言う事は、それ即ち私に対する宣戦布告。その者は、私の逆鱗に触れたその小悪党は、これから五つの世界に渡って、地獄の苦しみを味わうでしょう……
それこそ、見る者に戦慄を覚えさせる様な、殺気立った表情で宣言したプリシラが、突如、「ま、それはこっちに置いといて♪」と、テレビに出て来るお笑い芸人の様に、見事なジェスチャーで「こっちに置いといて」をキメる。
真琴が、置いとくんかいと、絶妙のタイミングでツッコミを入れると、ドヤ顔のプリシラは、あらためて上品な笑顔を向けながら、説明を始める。
「土岐玲一を賭けて勝負!と、言うのは、何を隠そう、ここにいる玲一様に近付く為の口実です。八百万組合にも、オカルト研究会にも、正直なところ、興味はありません。迦楼羅に興味は無いとは言いませんが、私もテスカトリポカも、一番興味があるのは、もちろん…土岐玲一♪」
ポッと頬を朱色に染めるプリシラ、そして、その横で同じく上気するベロニカを見て、(ああっ!)(やっぱり!)と、富美やロロットは彼女たちを苦々しく見詰める。
「この地に来てすぐ、ベロニカは玲一様と、一夜を共に過ごしたと聞きます。私にだって、そんなチャンスがあっても良いはず。だから皆さんと勝負なんです、玲一様を賭けて♪」
「あ、おい!ごごごごご……誤解を招く様な事を言うなよ」
「あら、玲一様、誤解も何もその夜に、一緒にお風呂に入ったと聞きましたよ?」
プリシラはベロニカに振り向き、彼女の横顔を見詰めながら、核心に触れる内容を、堂々と質問した。
……ポッ……
両手を頬に当て、真っ赤になった顔を隠す、ベロニカ。
「【ポッ】じゃねえよ。俺が帰宅する前に、勝手に上がり込んでたんじゃないか」
目をくるくる回転させ、冷や汗でびっしょりになりながら抗弁する玲一に対して、
背中に何故か「ゴゴゴゴ」と言う、巨大なカタカナの文字列を背負いながら、凶大な殺気をまとったクラリッタが迫って来た。
「いや、クラリッタさん。何か誤解してませんか?」
クラリッタのプレッシャーに押された玲一は、目を潤ませ、額から油汗をダラダラと滴らせながら、殺気マックスでにじり寄るクラリッタに向かい、「イヤ、イヤ、やめて」と、顔を左右に、ぶるんぶるんと振っていると、
「まあまあ、皆さんその辺にしときましょう」と、ひまりが部長らしく、話の脱線を正しつつ、再び本題に戻る為の布石を打つ。
「個々に色々と言いたい事はあるかも知れないが、とりあえずは、まとまった結論が必要です。その上で、今後の方向性を模索しましょう」
「ちっ…!」
「クラリッタ怖いよ…」
「では、サクサクと話を進めるのだ。ケツァルクアトルとテスカポリトカ、長野では騒ぎを起こす気は全く無いと言う事なのだな」
「はい♪」
「おっしゃる通り」
「それで、二人が望むのは、土岐玲一ゲットを最終目的にした、恋愛ときめき☆スクールライフだと」
別にタイミングを申し合わせている訳でもないのに、プリシラとベロニカの両名は、こくりと同時にうなづく。
「…それなら…オカルト研究会…、入部する?」
「いいえ、それはやめておきます。別に皆様に対して含むところは無いのですが、元々集団に属するのは苦手で」
「プリシラに同じく。このまま、単独行動をしているのが、私としてはベストです」
ベロニカが単独行動と口にした。
つまり、ベロニカ・メネンデスも、プリシラ・カナル・ヒメネスも、互いに共闘するつもりは、毛頭持っていない事の現れである。
(なるほど、これは面白くなりそうだ)
部長のひまりは、オカルト研究会の部員と、ゲストの二人に対し、「何か余計な事ひらめいた」的なニンマリ顔で、趣味感丸出しの提案をする。
「そこで諸君、提案がある!プリシラさん、ベロニカさんが部室に来訪するまで、我々オカルト研究会は合宿について、オリエンテーションを行っていたのだが。
どうだろう?この両名にもゲスト参加して頂き、土岐玲一君に対してのアピール時間を提供しようではないか!」
「わぁ♪」
「合宿かぁ♪」
プリシラもベロニカも、もう既に合宿と言う言葉に希望や期待を抱いたのか、まんざらでもないどころか、
頬を紅潮させながら「うん、うん」と何度もうなづき、合宿に参加する事を目力でアピールし始めた。
そして、時は来たとばかりに、ひまりはドヤ顔で、声高らかに宣言したのである。
「よし、今度の合宿はこれで行こう!【第1回チキチキ!ボディタッチや接触は一切禁止!土岐玲一のハート争奪戦!】」
「ぶっ、部長!私そんなの認めませんよ!」
「クラリッタも…玲一ゲット…ファイト♪」
「う、うう、菊さんまで…」
「それでは皆さん、来週の週末は毎年恒例の合宿です。内容やタイムスケジュールは追って書面にて配布致します!あ、それと加納!」
「はい、何です?」
「き、君も…土岐君を狙っても良いんだよ、良いんだからね。ぐへへ」
「俺、そろそろこの変態部長の事…、ぶん殴っても良いよな?」




