招かれざる者、その名はエステファン
・
クラリッタが三つの赤い瞳を持つ妖魔を仕留め損なった頃、同じ時間帯。
長野市民病院のとある病室。
消灯時間が迫る中、玲一は寝るまでの時間を、オカルト研究会の仲間達が送ってくれた、お見舞いの品で、のんびりと潰していた。
加納が貸してくれた音楽プレーヤーからは、荘厳なオーケストラが心地よく流れて来る。風とともに去りぬや、
ゴッドファーザーなどの古典映画のサウンドトラックで、名作映画大全集のタイトルが表示されている。
そして、さすがに菊から渡されたオカルト漫画や、ひまりから渡されたエッチな同人誌に目を通すのは危険と感じたのか、
貧乏神の設楽寺富美から渡された、幸せになる風水の本を読んでいた。
すると、
……コンコン……
面会時間は過ぎていると言うのに、玲一の病室の扉をノックする音が。
大音量で聞いている訳でも無かったので、ノックに気付いた玲一はイヤホンを外し「はい?」と、扉の外の来訪者に返事をした。
すると、扉をゆっくりと開けて入って来たのは、背の高い白人の青年。もちろん、その白人青年に面識などは全くない。
身長は180センチほどの長身。だが「がっしり」タイプではなく、身体の線が細く感じられるので、日本人が白人男性に感じる威圧感と言うものは無い。
歳は若そうで、玲一よりもちょっと歳上と言った感じか、ナチュラルにウェーブのかかる金髪が、その白人青年を上品に飾っている。
玲一には、とても気品の高い、どこぞの国の王子様の様にも見えた。
それほどまでに、彼からは上品さが漂っていたのだ。
「こんばんは」
優雅な音色の声で挨拶をして来た、知らない白人青年、玲一は「ど、どうも」と、おどけながら返事をするも、何を切り出して良いか分からない。
「はじめまして、僕は青嵐学園2年E組の、エステファン・アナスタシオと言います」
やはり、玲一の知らない人物。
あらためて、自分自身の自己紹介と、エステファンが訪問して来た目的を問い質そうと、玲一が口を開くと、
主導権は我に有り、とばかりに、ことさら陽気な笑顔を作りながら、エステファンが機先を制した。
「オカルト研究会の部員で1年A組の、土岐玲一君だね」
「あ、は、…はい」
「夜分、突然の訪問で申し訳ない。土岐君、君にお願いしたい事があって、今日は来たんだ」
「お願いしたい事ですか?」
「そう、お願いしたい事がね。なかなか学園だと、外野が多くてゆっくり話せないからね、許してくれたまえ」
「は、はい…」
消灯時間前に、いきなり現れた見知らぬ他人。
その他人の口から、お願いしたい事があると切り出されては、玲一がぽかんとするのも、無理からぬ話である。
「それでね、時間も時間だし、失礼を承知の上で訪問したんで、単刀直入に言うよ」
容姿端麗、見れば見るほど美しい白人の青年。その声は、雑音の混じらない管楽器の様に室内に響き、髪をかき上げる仕草、落ち着き払った視線。その全てから漂う気品、
全くもって、非の打ちどころの無く、身体から王子様のオーラを放つこのエステファンを、玲一は何故か、非常に危険だと感じている。
会ったばかりで、自分自身でも理由は全く分からないのだが、体内にある警戒心のボリュームが、どんどんと上がっているのだ。
「ロロット・サン・マリー・デュモン。今、彼女はオカルト研究会に所属してるね?」
「はい、確かにそうですが」
「それでね、ロロットを辞めさせてもらいたいんだ」
「辞めさせる…ですか?」
いよいよ、エステファンの話がきな臭くなって来た。
部活動は、本人の意志が100%尊重されており、刑事事件や不祥事など、道徳上の問題行為が無い限り、強制的に退部させる事も出来ない。
つまり、自分自身で望んでオカルト研究会に入部したロロットを、彼女の意志とは関係無いところで、部活を辞めさせろと言う。
それも、何の権限を持っていない、単なる学園生の一人が。
「むむむ、理由を聞いても良いですか?」
「理由を聞いたら、土岐君は助力してくれるかい?」
……何故ロロットを辞めさせたいのかは、易々とは話せない。もし内容を明かしたら、後戻りは出来ないよ……
エステファンは、そう警告を発している様にも見え、玲一はいよいよ、彼が穏やかではない話を持って来たのだと確信する。
しかしエステファンも、玲一が警戒するのは織り込み済みなのか、おどけた仕草を入れながら、今まで以上の笑顔を見せて玲一を説得する。
「ふふっ、そんなに身構えなくても良いよ、土岐君。僕はね、青嵐学園で海外移住者の相互互助を目的とするサークルの責任者なんだ。それでね、サークルの総意としてロロットをオカルト研究会から退部させたい。その為に君と接触を試みたのさ」
玲一は、エステファンのその言葉で思い出す。いや、嫌悪の感情を伴って、強引に記憶の引き出しから、ある事柄を引っ張り出される。
以前、生徒会長の義仲藤十郎が学食を去る際、「第二勢力とは接触するな」と、意味有りげに、玲一に言い放った事を。
【第二勢力】
日本に起き世界を震撼させた、未曽有の大災害。
その後、長野に世界中の地脈・龍脈が集まり、最後の輝きを魅せる、エネルギー溢れる特異な街となった。
そこに住んでいた日本人、そして震災復興に訪れ定住する外国人、更に、強大なエネルギーに誘われた妖魔が集い、さながら、世界の縮図となってしまった長野で、
さまざまな民族同士の衝突や軋轢を取り除こうと、人々や妖魔は、組織的にまとまり始める。
それが最終的に第一勢力、第二勢力、第三勢力と大きく三つに集約され、現在に至っている。
日本人による、日本人と日本人社会の保護を目的とした、義仲藤十郎などに代表される、第一勢力。
妖魔による、人間社会と妖魔の共存を目指す、八百万組合や、ドレッドノーツ、オカルト研究会に代表される、第三勢力。
そして、海外からの移住者による、海外移住者の定住保護と、権利拡大を目指す第二勢力。
エステファンは、青嵐学園において、この第二勢力のリーダー、海外からの移住者保護組織の責任者だと名乗ったのである。
つまり、青嵐学園内で第一勢力をまとめる生徒会、その生徒会長である、義仲藤十郎。
学園内で第三勢力をまとめる生き神、伸暁真琴。
この、玲一の目の前に立つ金髪の白人青年、エステファン・アナスタシオは、第二勢力の長にして、義仲や真琴に並ぶ存在であるのだ。
そんなエステファン・アナスタシオが、わざわざ訪問し、玲一に依頼して来た。
それも、立場ある人間として、オカルト研究会の部長である氷見ひまりや、生き神の伸暁真琴に対して、正式な面談を求めて来たのではなく、単なる部員の一人である玲一に対して。
(……これはヤバい!これはヤバい!これはヤバい!……)
玲一の警戒心はいよいよ強さを増し、警戒警報が脳内をぐるぐると駆け巡る。
「エステファンさん、どうして、俺なんですか?事情があるなら、本人に直接…」
「もちろん聞いたさ、そしたら……ふふっ、見事ふられたよ。それでね、土岐君から彼女に勧めて貰いたいのさ」
「いや、部長じゃありませんよ、俺」
「でも、君を追って入部したんだろ、彼女は?ならば、君の言葉が一番効くと思ったんだよ。それに…」
「それに」の後、もったいぶっているのか、なかなかに次の言葉を切り出さないエステファン。
ロロットが玲一を追ってオカルト研究会に入部したとか、そんな本人にしか分からない個人的な感情まで拾い出し、
玲一に詰めて来るエステファンを、初対面ではあるが「嫌いな存在」として認識し、これ以上仲良くなれない事を悟る。
確たる理由がそうさせるのではなく、品の良さ、上品な笑顔、仕草、声の音色、透き通った瞳など、そのどれをとっても文句無しのイケメンではあるのだが、その内側に、ドス黒いものを感じたからだ。
酷い表現を使えば、生ゴミを甘~いホワイトチョコレートでコーティングした様な人物。
それがエステファンに対する、玲一の率直な印象であったのだ。
「それに、オカルト研究会の部長は氷見ひまりだか、実質的な御本尊は伸暁真琴。その伸暁真琴が君の後見人になっていると聞く。立場的にも、君自身の力的にも、八百万組合の長たる酒呑童子どころか、この世の神々すら君には適わないと聞いたよ」
「えっ!?」
「君は、神の鳥、迦楼羅を飼う者…だっけ?」
「…な、何でそんな事まで知ってるんですか?」
「おやおや、これは君達が秘匿していた情報だったのかな?」
エステファンはニコニコと屈託の無い笑みを浮かべ、まるで、いちいち玲一の反応を楽しんでいるかの様。
しらかば通り乱闘事件
飲み屋街で酔ったサラリーマンと牛鬼がトラブルを起こし、玲一が初めて、オカルト研究会のメンバーとしてその場に立ち会った後、学園内ではあっという間に、噂が広がった。
「1年A組の土岐玲一は、妖魔の側についた」「土岐玲一はもしかしたら妖魔かも」「逆に、土岐玲一が人間ならば、妖魔の肩を持った裏切り者」と。
そういう立ち位置にいるんだと、周囲の一般生徒は勝手に認識していたのだろうし、
生徒会長の義仲藤十郎も、妖魔側につく玲一を、日本人側の第一勢力に引っ張り込もうとしているだけだと思っていた。
つまり、自分自身が迦楼羅を持つ者だと言う事は、【外部に一切漏らしていない情報】のはず。それなのに、何故、エステファンは迦楼羅の事を、迦楼羅所有者の事を知っているのであろうか。
エステファンを頂点とする、第二勢力の情報収集能力が凄いのかそれとも、考えたくはないが、第三勢力…妖魔の側に、情報を漏洩する者がいるのか。
玲一は酷く混乱し、エステファンを前にして、全く言葉が出なくなってしまった。
エステファンが迦楼羅の存在を知っていると言う事は、この世の全ての臭気や悪鬼羅刹を滅する、黄金の炎を持つ土岐玲一が実は、第三勢力のキーマンだと把握されていると言う事なのだから。
焦る玲一。その姿を見て満足したのか、エステファンはコロッと対応を変え、懐柔策とも受け取れる対応をし始めた。
「あは、そんなに身構えないでくれたまえ。僕は、君とやり合おうなんて微塵も思っていない」
「は、…はい」
「プライバシーに関わる発言をした事は、心より謝罪する、この通りだ。僕が主張したいのは、ロロットが僕ら外国人の互助会【ノー・ボーダー】に入らず、妖魔側についた事を問題にしているだけなんだ」
「でもエステファンさん、先ほども言いかけましたが、それこそ本人の自由意志なんじゃないですか?」
「本当ならばね、本当ならば、個人の主義主張は尊重しなければならないんだ。だが、我々と八百万組合との間にも、正直なところ軋轢があってね…」
「う~む…」
組織の維持が、面子が大事なのか、個人の意志は二の次ぎで良いのか。
そもそも、筋違いの話をまともに聞いて良いのか…。
見た目は最高の王子様でありながら、その内側から、玲一の大嫌いな空気を放つエステファンに、即答はせず…、いや、答えは既に決まってはいるのだが、あえて悩むフリをして、相手の出方を探ろうとする玲一。
意外にも、エステファンはそれ以上玲一の言質を引き出そうとせず、「慌てなくて良いから、じっくり考えてみてくれないか」と、この話にピリオドを打つ。
「面会時間を過ぎての、失礼な訪問だ。君の答えは改めて学園で聞くよ」
そう言って、最後まで優雅に、エステファン・アナスタシオは玲一の病室を出て行った。
ホッとする玲一。しかし、ホッとしたのもつかの間。エステファンに対して、即答で依頼を拒否しなかった事を、激しく後悔し始める。
「ロロットをオカルト研究会から退部させて欲しい」エステファンの頼みを、直ぐに断れなかった自分自身に、腹を立て始めたのだ。
(……学園に行ったら、またあの人と会わなきゃならない。つまり、彼とのパイプが出来て、コミュニケーションを取り続けなければならなくなってしまったって事じゃないか!……)
以前、生徒会長の義仲藤十郎が玲一に言った。「第二勢力とは関わりを持つな」と。
玲一には理由が見えず、何故会長がそう言うのか理解出来なかったが、今なら少しだけ分かる。
【あの人は怖い】【あの人がまとめる組織は臭う】【近付きたくない】。
今後、どうやってエステファンの依頼を拒否し、彼の接触から逃れようか…。
院内に消灯時間が来た。電気の消えた病室内で天井を見詰める玲一、とんだ訪問者のせいで、穏やかな就寝にいざなわれる事は適わず、
悶々とした夜が、彼の思考だけを活性化させて行った。
そして、長野市民病院から出て来たエステファン。
迎えの車が来ているでもなく、自転車でやって来た訳でもなく、ポケットに手を突っ込み、晩春の夜風にサラサラと髪の毛を撫でさせながら、悠々と夜道を歩いて行く。
すると、どこから彼に合流していたのか、エステファンの背後から、コメディ映画を見終わった後の、愉快な余韻を引きずっていそうな、テンションの高い声がする。
「うふふ、どうだった?迦楼羅飼う者は」
あらかじめ、この手の質問が来る事を予測していたかの様に、エステファンは背後の声に一切驚かず、カラッとした楽しげな音色の声で返答した。
「意外にも良い子じゃないですか。特殊能力を持った人間、もっと奢っていると思ってましたよ」
「ふふ、そうよ。力を持ったからって、世の中みんな、あなたが見下している様な、傲慢な人間って訳でもないのよ♪」
「あらあら、いつも通り痛烈な事をおっしゃる。でも、それを言うなら、父の意思に従うだけの我々より、独自の行動理念を持つ、あなたの方が余程残酷だと思いますよ」
「あはは!見解の相違よ、ミカエル。良いわ、今日はこれくらいにしておきましょう♪」
「そうですね、あくまでも私とあなたの関係は、利害が一致しただけ。僕はロロットを、あなたは迦楼羅を。その辺の合意で今後とも宜しくです」
エステファンは、声の方向へは全く振り向かないまま、軽く右手を上げて「お開き」の合図を送る。
そのまま、スタスタと軽やかに歩き、やがては並ぶ街灯の灯りの奥へと消えて行く。
背後の声の主も、そんな尊大なエステファンを不快とも思っていないのか、立ち止まったまま、徐々に小さくなるエステファンの背中を、毒々しい笑みを浮かべて見詰めていた。
エステファンの背後にいた声の主
私立青嵐学園のブレザーをまとった、白い髪の少女。
しかし、彼女の顔はいわゆる古代神ケツァルクアトルの生まれ変わりである、プリシラ・カナル・ヒメネスとは全く違う顔。
プリシラよりもどこか、和風の香りが漂う端正な顔立ちであり、全くの別人である事が見て取れる。
だが、彼女の眉間の上、額がぼんやりと赤色に輝きだすとともに、彼女の両目も赤く輝き出す。
加納が討たれ、今宵クラリッタが翻弄された「三つ目の妖魔」。
左右の目以外に、額に心眼を持つ妖魔は彼女であったのだ。
そして彼女は、妖魔の山犬を操るだけではなく、第二勢力の「ノー・ボーダー」のリーダー、エステファン・アナスタシオともパイプを持ち、薄暗いところで活動していたのだ。
彼女の三つの目が、煌々と輝き、闇夜に映える。
すると、本来の姿であるのか、髪の毛は艶々の真っ黒に染まった。
「さてさて、あの自意識過剰の天使ちゃんだけに頼るのも、いささか心もとない。もうちょっと、保険を増やしておこうかな♪」
髪の毛も真っ黒になり、誰がどう見ても、私立青嵐学園の普通の女子生徒。
そんな普通の女の子に見える、三つ目の妖魔は、妖しい言葉をその場に残し、夜の街へと消えて行った。
そんな彼女のブレザーの胸元で、街灯に照らされ名札がキラリと光る。
名札には「私立青嵐学園 2年A組 西風しゅり」と、表示されていた。




