撃つな、クラリッタ!
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私立青嵐学園の校舎屋上。
月明かりに照らされた、コンクリート製の屋上に、うっすらと、ぼんやりと、二つの影が確認出来る。
一つの影は、校舎屋上から見下ろせる団地の北側に向かい、海兵隊仕様のスナイパーライフルを構え、団地の北側にそびえる、三登山の麓に銃口を合わせており、
もう一つの影は、校舎屋上の南側に頭をちょこんと出して、大型の望遠レンズを構え、団地の南側にその焦点を合わせていた。
屋上南側、望遠レンズで街を覗くのは、ドレッドノーツの一人、【千年魔女】の、グェンデュード・ウィルト。
ウィルトが覗くレンズの先には、高層とはいかないまでも、北部団地ではセレブに分類されるアパート・マンションに固定されている。
彼女はそのマンションの一室に視線を固定して、集中的に監視していた。
そして、校舎屋上の北側で、スナイパーライフルを構えるのはなんと、ヴァンパイア・ハンターのクラリッタ・ハーカー。
彼女は、こよみ護衛の為に、高槻邸に集ったひまり達とは離れ、単独でドレッドノーツの作戦に参加していたのだ。
「どう?動きはある?」
緑色にぼんやりと輝く暗視スコープを除いているクラリッタの耳元に、ウィルトが声をかけてくる。
もちろんウィルト本人は、校舎屋上の南側に陣取っており、北側を見据えるクラリッタに、普通なら声が届くはずも無い。
だが、実際の話、クラリッタの耳元で、ウィルトが囁いたのだ。
スコープから目を一瞬離し、ウィルトの声がした方向を一瞥し、再びスコープを覗き始めるクラリッタ。
「…今のところは動き無しです。ところで何かそれ、すごい便利な術ですね」
驚く事に、クラリッタの隣にいたのは実は、ウィルトの幽体。
彼女の術で、自分の本体とは別行動を取り、クラリッタとの連絡係を担っていたのである。
「便利って……。ふふっ、まるで携帯電話みたいな言い様ね」
「失言でした、気を悪くなさらないでください」
クラリッタが悪意を持って、そう発言したのでは無い事を知っている。もちろん、馬鹿にしている訳でも無い。
ウィルトは微笑をたたえ、「あなたも千年くらい修行すれば出来るわよ♪」と、ジョークを飛ばす。
「…それにしても」
スコープを覗き込んだまま、微動だにしないクラリッタの姿を見詰め、ウィルトはため息を一つ吐き出す。
「見れば見るほど、まるで軍人さんみたいな格好ね」
クラリッタが準備し、身に付けて来た装備を見て、あきれ顔のウィルト。
それもそのはず。ヴァンパイア・ハンター「クラリッタ・ハーカー」の力を借りたいと、オカルト研究会に申し出て、やって来た本人を見れば、ウィルトのイメージと大違い。
「ヴァン・ヘルシングみたいな、粋な格好して来ると思ってたのよ」
時代が違うと言えば、それで会話は終わりになってしまう類のものなのだが、今のクラリッタの装備は、ウィルトではなくても、身構えてしまうほどの重装備だ。
構えているスナイパーライフルは、アメリカ海兵隊装備の、レミントンM40。
そして、クラリッタのいでたちは、SWATなどの特殊火器戦術部隊仕様の、黒の迷彩服を着ており、やはり黒のタクティカルベスト(ミリタリー・ベスト)からは、
紫外線フラッシュライトと、フラッシュバン(特殊閃光弾)をぶら下げている。
そして、いざという時の為に、ベルトのホルスターには、自動式拳銃のSIGザウエルがおさまっており、
彼女の左手の届く範囲には、ボール紙製の四角い箱にぎっしりと詰められた、弾丸、弾丸、弾丸。
まるで、一人で戦争でもする積もりなのかと、ウィルトの呆れ顔が無言で物語っていた。
「もう、十字架や聖水、杭とハンマーで闘う時代じゃない。それはウィルトさんも、ご存知のはずです」
「そりゃあ、まあね。私は嫌いだけど、そういうご時世だからね」
「女王陛下から、ヴァンパイア・ハンターの称号を授かった私。今までたくさんの妖魔を駆逐して来たその手段は、接近戦ではありません。このライフルで、ほとんど片付けました」
「ほとんど…狙撃なの?」
「ええ、遠距離が一番確実です。これらの弾丸を使っての狙撃なので」
ウィルトはクラリッタの前に無造作に置かれる、弾丸の入った箱をマジマジ見詰める。
良く見れば、「シルバー・ベレット(銀の弾丸)」「バイブル・ベレット(聖書の一篇が弾頭に込められた弾丸)」「ソルティ・ベレット(塩の弾丸)」など、
色違いの箱には、何種類かの弾丸の名称が記載されている。
「……これは?」
その中に、ボール紙製の箱ではなく、古びた小さな木箱が一つだけ置いてある事に、ウィルトは気付く。
「それは、先日母国から取り寄せた、我がハーカー家の家宝です。救世主がゴルゴダの丘で、十字架に磔にされた際、身体に打ち込まれた釘…聖釘を集めて、弾丸に鋳造し直した【聖遺物弾】、レリック・ベレット。祖父の代には12発あったのですが、今は残すところ、4発しかありません」
あんぐりと開いた口を、しなやかな細い手で隠し、「何てまあ、恐ろしい物持ってるんだか」と、あきれ果てるウィルト。
クラリッタは、そんなウィルトに対して、何故ここまで対妖魔完全武装の重装備で整え、そして近接戦闘ではなく、スナイピングで遠距離からの射殺を狙うのか、抑揚の無い声で淡々と説明し始める。
「この業界、結構人が死ぬんですよ。結局、有名なのはヘルシング卿だけ……」
そう。妖魔退治、魔物退治、ゴースト・バスターなど、この世ならざる者達を狩る人間達。
その人間達の数は、ただ単に知られていないだけで、意外に多い。
妖魔退治の第一人者と言えば、ヴァン・ヘルシングが有名なところだが、ハンター…魔物を狩る人々の武勇伝は、あまり聞こえて来ない。
一般の目撃者がいないと言う事もあるのだが、最も大きな理由として、あまりにも犠牲者・被害者が出るので、【英雄譚】になりにくいのである。
つまり、妖魔・魔物との闘いは、あまりにも壮絶で、あまりにも凄惨。
仲間から多数の死者を出す様な、勝ったのか負けたのか分からない闘いなど、誰が酒場で自慢しよう。どこの吟遊詩人が、歌にしよう。
クラリッタは言う。「あまりにも仲間から死者が出て、父は心を病み、母は疲れてしまった。どれだけの無名戦士の墓が並んだか、もう数えるのさえ諦めるほどに」と。
だから、続々と近代装備を整え、重武装化し、チームで作戦を遂行する際も、狙撃作戦を主体とするのだそうだ。
昨夜起きた、みどりの広場での山犬強襲作戦は、真琴の「殺すな」の指示の元、玲一の妹、こよみを救出するためのオトリとして、目立つ為に近接戦闘を行ったが、本来の基本は、ワンショット・ワンキル。
もう、仲間の死は見たくない。仲間の葬儀なんてウンザリ…。
クラリッタの言葉に、悲痛な叫びを感じたのか、ウィルトはそれを茶化す事無く、1000歳以上も歳下の小娘を、静かに、尊敬の眼差しで見詰める。
「それに、加納を苦しめた三つ目の妖魔。山犬どころでは無いほどの、ドス黒い何かを感じます。だから、もし奴が現れたら、私は迷わず引き金を引く」
加納が追跡しながらもたどり着けずに、逆に反撃を喰らってしまった、三つ目の妖魔。後の加納の証言で、闇に紅く輝いた、三つ目と言う特徴もさる事ながら、長い白髪と言う証言も出ている。
白髪の人物など、当たり前の話、この長野にはそうはいない。いたとしても、この街にいる者が脳裏に閃くのは、「最近長野に来た人物」「海外からの留学生」「荘厳な雰囲気をもつ少女」……
つまり、翼持つヘビ、ケツァルクアトルと呼ばれた神、プリシラ・カナル・ヒメネスの事。思い当たるのは彼女一人しかいない。
ならば、プリシラが全て裏で糸を引き、常日頃不満を抱えていた山犬たちを利用し、玲一たちにけしかけたのか、そこまでは結論が出ていない。
鎮守の真琴には、「西風しゅり」と言う名前が脳裏に浮かんでいるものの、真琴がそれを皆に告白していない以上、
今現在八百万組合の中でも、この街の治安を守る事を常とするドレッド・ノーツとしては、認識されている微かな情報を元に、一歩一歩真実に近付くしかないのである。
そんな時、彼らから協力の要請があり、チームに参加したクラリッタとしては、
街を守る以上に、誰かを守りたい気持ちを、強く胸に抱くクラリッタとしては、
このチャンスを活かし、一撃必殺の心構えで、懸念材料を粉砕しようと意気込んでいても、不思議な話では無かったのである。
「……だから、だから今回の件は、これで終わりにしたいんです。もう、仲間が傷つく姿なんか、見たくないです」
「ふふっ」
口元から笑みがこぼれるウィルト。
「九十九神の輝きが、あなたの内側から溢れてる。凄い覚悟……。ねえクラリッタ、あなた土岐君と結婚したら、良いお嫁さんになるかもね♪」
「は、はあ?」
「それだけの覚悟を礎に、しっかり生きてるんだもの。絶対良いお嫁さんになるし、女神ブリタニアと、神殺しの迦楼羅のカップリングなんて、素敵じゃない!土岐君の子供をガシガシ生んで、絶対良いお母さんにもなるわね♪」
「ひいいぃぃ…」
突拍子も無いウィルトの言葉に、クラリッタは目を白黒させて狼狽しきり。
クラリッタの「狩り」に対する心情を聞き、仕事への誠実さや、仲間への強い想いを、彼女の言葉から感じたこその言葉であったのだが、いかんせんクラリッタには、刺激が強かった様だ。
推定年齢1400歳以上の美しい女性と、16歳の少女の女子トークが、今まさに始まろうとした時、校舎屋上の南側にいるウィルトの「本体」が、無線を受信した。
「あっ、ヨナタンから無線が入った。じゃあ、また後でね♪」
クラリッタの前から風の様に消え去るウィルトの幽体。
本体に戻り、ドレッドノーツの一人である北欧の狂戦士、呪われたバーサーカー、ヨナタン・ベック・オーベリソンと無線交信を始めた。
「あら、そう。ベロニカのアパートの電気が消えた…か。うん、多分就寝だと思うから、後一時間だけ様子を見たら、勇一が見張ってる、プリシラの方に合流して」
そう。
ドレッドノーツと、クラリッタ・ハーカーの合同作戦とは、昨夜、加納が襲撃を受けた件を元に、加納の目撃証言を加えて立案、実行されたのである。
加納の証言とは即ち、
【プリシラ・カナル・ヒメネスと、ベロニカ・メネンデス、水面下で接触している】
【プリシラとベロニカは、既に和解している可能性がある】
そして、【妖魔・山犬側から得た証言で、土岐こよみ誘拐を持ちかけて来たのは、髪の毛の白い、青嵐学園の女子生徒】
更に、ここがポイントになるのだが、
【山犬との戦闘中も、終始、悪意の視線を投げかけて来たのは、プリシラではなく、真っ赤な三つ目の青嵐学園女子生徒】
【気絶して、道路に横たわっていた加納に気付き、自宅に保護し、看病したのはプリシラ本人】
つまりプリシラ、ベロニカの、中南米古代神二人以外に、好戦的な第三の謎の存在がいるかも知れない。
それは、プリシラやベロニカと関係あるかも知れないし、関係ないかも知れない。
もしかしたら、プリシラとベロニカの、巧妙な撹乱作戦の可能性もある。
昨晩、山犬側が全面降伏した際、山犬のリーダーである、三代目仁左右衛門に対して、入れ知恵をしたのは誰か?と詰め寄った。
しかし、仁左右衛門は「それをバラしたら、女子供が皆殺しにされる」と、決して山犬を裏で操った人物の名前は言わなかった。
もう、これ以上は、山犬から情報は聞き出せない。ならば、自分たちの力で、危険因子を特定するしか無い。
まず、ベロニカ・メネンデスのアパート周辺で、ヨナタン・ベック・オーベリソンを配置し、張り込みさせる。
プリシラ・カナル・ヒメネスのセレブマンションは、青嵐学園の校舎屋上から、千年魔女のグェンデュード・ウィルトが望遠レンズで室内を監視。
彼女が執事の車に乗って、外出した際も追跡出来る様に、勇者・宮代勇作が、彼ご自慢のオンボロ軽自動車に乗り、マンション横で待機。
そして、三登山の山道入口付近で山犬と、第三の存在である三つ目の魔物の接触を確認する為、クラリッタが監視体制に。
もし、ベロニカとプリシラの行動に何の異常も無いのに、第三の存在が現れれば、ベロニカもプリシラも「シロ」。
二人の疑いが晴れる訳であり、
もし第三の存在が現れた時に、ロニカとプリシラが何かしら行動を起こしていれば、逆に疑いの対象を絞れると言う、
どう状況が変わっても、核心に近付ける体制を整えたのだ。
ただ、ドレッドノーツ側の誤算が一つ。
監視の依頼をしたはずのクラリッタが、殺る気満々で、完全武装で現れた事。
いきなり発砲されたらたまったものではないが、いざと言う時は頼りになるので、ウィルトとすれば痛し痒しと言ったところか。
猫が甘えた寄生を上げる団地内、ウィルトの無線に今度は、宮代勇作の声が入って来た。
勇作の声は、ひどく疲れ果てており、(……眠いよう……)と繰り返す彼の無線はまるで、ウィルトに甘えているかの様。
「馬鹿勇作、だから、私達に任せなさいって言ったでしょうに。明日朝から浮気調査の依頼入ってるんでしょ?どうすんのよ」
(……仕事は仕事で、頑張るに決まってるじゃないか。それでも、街の治安は俺が守るんだ……)
「あらあらまあまあ」と、ウィルトは上品にクスクスと笑う。勇作の言葉に、可愛い意地が見え隠れしていたからだ。
彼は勇者だ、純然たる勇者だ。
世界が驚愕した、日本列島大震災。列島が真っ二つにポキンと折れてしまったその後、
この街の特異な環境を好み、大量の妖魔が集まりだし、そして混沌が渦を巻き始めた時、宮代勇作は先頭になって駆け抜けた。
人間社会を、町内会を、商店街を、そして妖魔社会を。
時には口八丁手八丁で、時には腕力で、そして時には超能力を駆使し、相手を理解させ、和解し、駄目ならねじ伏せ、今の長野市北部団地の社会構造を安定させたのが、宮代勇作である。
紛れも無く勇者である。ギガ○インの魔法は使えないが、その功績は、今でも燦然と輝いている。
本来なら、街がある程度安定したのなら、目的を果たしたなら、後はのんびりと自分の人生を充実させるのも、その人の生き方なのだろうが、
今も尚、宮代勇作は仕事で疲れているのに、意地を張ってドレッドノーツの使命を果たそうとする。
何故?何故そこまで頑張れるかと問われれば、答えは簡単。即ち、新たに現れた【土岐玲一】の存在が、彼の行動原理であった。
「俺が作った街だ」
「俺がまとめ上げた街だ」
「俺の愛する街だ」
まだ、ポッと出て来たガキに、負けたくない。俺は、過去の人間じゃない。
その気持ちが、その意地が、今の宮代勇作を動かしているのである。
宮代勇作
未だに彼女いない歴=実年齢の彼は、おごる事無く、安寧に埋没する事無く、後輩に刺激を受けながらも、純粋に、街の平和を願っていた。
そんな勇作の、挑戦者の様な真っ直ぐな気持ちが、可愛くて可愛くてしょうがないウィルト。
彼の体調を気遣いながらも、自分のすべき仕事…プリシラ・カナル・ヒメネスの室内の、監視を続行する。
「それにしても…平穏そのものね」
望遠レンズの先
風呂上がりのプリシラが、自分の部屋に戻り、全裸のまま、手にしたコーヒー牛乳を直立不動で豪飲し始めている。
「あっ、すっご~い♪あの子、お風呂上がりに全裸のまま室内うろついてる」
(……あっ!?ああっ!?マジなの?ガチで!?……)
勇作の泣きそうな声を、無線機が拾っている。
ウィルトはぺろっと、ちょっとだけ舌を出し、おどけた顔で笑う。
その時だった
今度は、クラリッタの緊張した声が、無線機に飛び込んで来たのだ。
(……こちらクラリッタ。山道に山犬が現れた、誰かを待っている様に見えます……)
「来た!ヨナタン、ベロニカに変化は?」
(……変化無し、電気は消えたままで、窓を開けた形跡も無い……)
「了解。プリシラはまだ部屋にいるから、山犬が誰かと会ったら、それが第三の魔物の可能性有りね」
「勇作はそのままマンション前で待機してて」と無線で指示を出しながら、ウィルトは今度は生身で、全力疾走でクラリッタの隣へと移動する。
「ウィルトさん、団地の境界と、三登山の山道の基点。そのちょっと右側に焦点を合わせてください」
隣にやって来たウィルトに、暗視装置付きの望遠レンズを渡すクラリッタ。
クラリッタ自身はライフルのスコープを覗いたまま。一瞬たりともターゲットから目を離してはいない。
「間違い無い、あいつは三代目仁左右衛門。山犬の長ね」
「……対象が現れました」
三代目仁左右衛門とおぼしき山犬が、団地側をキョロキョロと見詰めている。
そこへ、仁左右衛門が待ち望んだ相手が現れたのか、
団地側の暗闇…電灯の灯りを避ける様に、ゆっくり山道に歩く人物に対して、仁左右衛門は頭を下げる。
「第三の魔物、背後からは人物が特定出来ませんが……」
「青嵐学園の制服、腰まで下がった白い髪の毛。この状況で判断するなら、プリシラ・カナル・ヒメネスでビンゴね」
「現状、プリシラの自室はどうなってますか?」
クラリッタの質問に反応したのか、ウィルトの動きが「ピタッ」と一瞬止まる。
まばたきも止まり、呼吸も止まり、心臓の鼓動までもが止まった。
そして数十秒後、「はあっ、はあっ!」と、荒々しい吐息を吐きながら、ウィルトに生気が戻る。
「プリシラ本人は、自室にいる事を確認した。DVDを見ながら、ダイエット体操をしている」
「なるほど。ならば、私達が見ているあれは、ベロニカ・メネンデスでも、プリシラ・カナル・ヒメネスでも無い。第三の魔物、三つ目の妖魔」
…シャコン!
クラリッタは、一切の躊躇無く、ライフルのボルトを引っ張り、そして弾丸の第一弾を薬室内に装填した。
「装填した弾丸はバイブル・ベレット。ハート・ショット(心臓狙い)で行動の自由を奪います」
「まだダメよ、撃たないでね。あいつが三つ目の魔物である事の、証明が先」
「了解しました」と、小声で囁くクラリッタ。
スコープの先からは、何やら不穏な気配が漂って来る。
三つ目の魔物とおぼしき女生徒に、仁左右衛門が詰め寄られているのだ。
「昨夜の失敗を責められている。…と、言ったところかしら?」
白い髪の女子高生は、望遠レンズに背後を向けたまま。
なかなかに真正面を向かず、ウィルトやクラリッタはやきもきしている。
じりじりとした時間が始まり、ライフルのグリップを握る、クラリッタの手に汗が浮かぶ。
一度ライフルを手放し、自分のズボンで手の平を拭ったその時、ウィルトが小声で叫ぶ。
「仁左右衛門に斬りかかった!」
仁左右衛門に詰め寄っていた白い髪の女子高生。言い争いに激高したのか、いきなり右手を振りかぶったかと思うと、それを勢い良く振り下ろす。
すると、仁左右衛門の左肩から右のわき腹にかけて、一筋の光が走ったと同時に、「ぶわっ」と、鮮血が吹き出したのだ。
「勇作!ヨナタン聞こえて!?団地の北、三登山の山道入口に向かって、山犬の仁左右衛門が襲われた!」
「撃ちます!」
「クラリッタ、致命傷はダメよ!」
「ハート・ショットを腹部に変更。一弾目、ファイア」
……タン!
月明かりに照らされる北部団地。
静寂を打ち破る様に、乾いた炸裂音が夜空に響く。
「ちいっ!一弾目、ヒット、効果無し。二弾目装填、バイブル・ベレット」
シャコン!
クラリッタの放ったバイブル・ベレットは、確かに白い髪の女子生徒に命中し、背中から腹を撃ち抜かれた女子生徒は、
一度足元から崩れる様に地面に倒れたのだが、驚いた事に、一瞬にして、何事も無かったかの様に起き上がったのだ。
そして、再び女子生徒は、多量の血を流しながら両膝を地面についている、山犬の仁左右衛門へと、右手を振りかぶったのだ。
「こいつ!」
タン!
二発目の炸裂音が夜空に響く。
しかし、クラリッタはそれで終わる事を良しとせずに、三発目の弾丸を手際良く薬室内に装填した。
「二弾目、効果無し!三弾目、ハート・ショット」
「クラリッタ!」
……くるり……
遠距離から覗く、クラリッタのスコープ。そして、ウィルトの暗視望遠レンズ。
その、レンズの中に映る白い髪の女子生徒が、クラリッタに二発も撃たれているのにも関わらず、ちょっと女の子らしい仕草を入れて、軽快に振り向いたではないか。
そして、遠距離から見詰めている、クラリッタとウィルトに対し、「ニヤリ」と、挑戦的な笑みを口に浮かべたのだ。
「こっ、こいつ!ヘッド・ショット(頭部狙い)!」
タン!
女子生徒の挑発に乗ったクラリッタ。
何の躊躇も遠慮も無く、ヘッド・ショットを命中させる。
「勇作!勇作!今どこ!?」
(……ヨナタンを拾って現場に向かってる、後三分!!……)
クラリッタの放った弾丸は、女子生徒の額に命中。
弾丸が当たった瞬間、彼女は上半身をグワングワンと前後左右に揺らし、その弾丸の衝撃が、どれほど凄かったのかを表している。
だが、しかし、それもつかの間。
彼女は再び体制を立て直し、再びクラリッタ達を見詰め始めたのだ。
口元には残忍な笑みをたたえ、そして、眉間の上で輝き始めた、「第三の目」を赤く輝かせながら。
「馬鹿にしたな!馬鹿にしたな!馬鹿にしたなっ!」
赤い三つ目の女子生徒の、挑発ともとれるその笑みに、ブチ切れたクラリッタ。
ライフルの弾倉をカチッと取り外し、ボルトを引っ張り、ライフルの薬室を開放する。
そして、先ほどウィルトに説明していた【聖遺物弾】…レリック・ベレットが入った木箱へと、手を伸ばしたのだ。
「駄目!駄目よクラリッタ!」
「ウィルトさん、今殺やらなきゃ、絶対禍根が残る!必ず、必ず我々の側から被害者が出る!私は…それを看過出来ない!!」
止めるウィルトの手を振り払い、クラリッタはレリック・ベレットが入った木箱を掴む。
そして、木箱から取り出した一発の弾丸を装填しつつ、スコープを覗くと…。
……ニヤリ……
三つ目の女子生徒は、舌をぺろっと出し、まるで、クラリッタとウィルトが動揺しているのを、楽しんでいるかの様に、
ニヤニヤとした嫌な笑みを残しながら、あっという間に、吸い込まれる様に闇へと消えて行く。
もう、撃てない
間に合わなかった
バリバリッ!
ウィルトはクラリッタの周辺で起きた、異様な摩擦音に反応し、彼女へと振り返る。
「あいつは、私がどんな想いでライフルを握っているか、気付いていた。気付いていながら、それを承知であざ笑ったんだ。絶対許さない!絶対、見つけ出して狩る!」
ウィルトが聞いたのは、クラリッタの歯ぎしり。
壮絶な形相で、クラリッタは狙撃を諦め、スコープからではなく裸眼で、三つ目の女子生徒が消えて行った闇を、ひたすら…ひたすら睨み付けていた。




