表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「招かれざる見舞い客」編
62/74

ノスフェラトゥのキス


 入院初日

昼間は劇的に退屈で、期待ハズレを予想していたテレビが、予想以上にお先真っ暗状態で、まさに拷問の時間になっていた。

だが、夕方に現れた菊の見舞いをきっかけに、玲一の退屈との闘いは、どんどん好転して来ている。


オカルト研究会を代表する、丞定菊と入れ替わりに、義仲籐十郎を筆頭とする生徒会執行部が現れ、彼らが去った後は、待望の夕飯。

だが、殴られ過ぎて口の中もズタズタに切れていた玲一に用意されたのは、口腔内の傷に優しい、うんざりするほど美味しくない流動食。

がっかり感に包まれつつ、悲しみながらそれを平らげ、とりあえずは、満腹になる。

すると、全くもって意外な人物が、食休み中の玲一を見舞に現れたのだ。


意外な人物とは、大陸規模で禍いを振りまくと言われる、ノスフェラトゥ級ヴァンパイア。絶対女王と呼ばれるエカテリーナ・シェノワ。

居酒屋弦太郎の現オーナーが、出勤前のド素っぴん姿で、玲一の元を訪れたのである。


「ああっ、カーチャさん!?」


「玲一君、大丈夫?はい、これお見舞いの品。双葉堂のシュークリームね♪」


いくら素っぴん姿と言えど、艶々しい絶世の美女に変わりはなく、ベッドの傍らに座り、心配そうに見詰めるエカテリーナを、

玲一はドキドキしながら、気持ち背中を仰け反らせて対応する。


 噂が街を駆け抜けるのは結構速いそうで、妹を人質に取られ、山犬のリンチに遭った玲一を心配したエカテリーナは、

山犬襲撃事件の、その後の情報まで入手して、お見舞いに来てくれたのだそうだ。


彼女の情報では、八百万組合でも山犬の暴走は問題視され、三登山に逃げ帰った山犬を滅せよとの声も出ていると言う。

元々、山犬の集団は八百万組合には加盟していない、はぐれ妖魔の部類。

せっかく構築されつつある、人間と妖魔の良好な関係。人間との共存を模索する八百万組合側にとっては、はぐれ妖魔の横暴など、あってはならない事なのだと言う。


ただ、滅すると言う事は、存在そのものを否定する事であり、殺す事で今後の憂いを絶つ事。

血の制裁、血の粛清に違和感を覚えた玲一は、エカテリーナに対し、何とかそれは阻止出来ないかと心情を洩らす。

すると、エカテリーナは満面の笑みをたたえながら、全ては玲一がどう行動するかが問題で、議論や論理のまかり通る状況ではない事を説明した。

つまり、「思った事を口に出して、相手にそれが良い事か悪い事かを質すのではなく、思った事は自信を持って行動で示しなさい。

あなたが、己の信念に沿って行動するなら、私はいつもあなたの味方よ♪」と、玲一の背中を押したのだ。

すると、その言葉に背中を押されたのか、玲一は静かに口を開く。穏やかな音色の彼の声に、確固たる意志と、決意を乗せる。


「カーチャさん、山犬の群れって事は、集落を作って生活してるって事ですよね?」


「えっ?うん、そうよ。場所の特定は難しいらしいけど、三登山のどこかにコミュニティを作ってる」


「だったら、粛清とか制裁とか、安易に言っちゃダメだ。この街に、血の歴史なんか作っちゃダメなんだ」


「玲一君?」


「確かに山犬たちは、許せない事をした、今でも思い出すと激烈腹が立つ!だけど集落には、女性も子供もいるんですよね?それをまとめて絶滅させるとか、それは正義じゃない、単なる傲慢だ!」


「気持ちは分かるわ、だけどそれは、八百万組合の上でも、散々意見は出ている事。必要なのは、じゃあ具体的にどうすれば良いかって事で……」


「今しかないチャンスだと思うんです。彼らを正式に、この街に迎えるには、今しかない!」


「ちょ、ちょっと玲一君!?」


どうやって、山犬グループに制裁を加えるか……。

それしか提案はされていなかったし、その内容についてしか、八百万組合の会議では、議論はされていなかった。

金で決着をつけるのか、代表者の首で決着をつけるのか、それとも、種の絶滅をもって決着とするのか。

被害を受けた側が、どういう内容の賠償を請求すれば良いのか、そんな内容が組合では席巻し、山犬をこの街に迎え入れる話など、全くもって提案などされていなかった。


 ……だけど、一番の被害者である、この土岐玲一と言う少年は、今が迎え入れるチャンスだと言う……


数百年も闇で生きて来た、最強で最恐のヴァンパイアは、生まれてたった十数年の少年の言葉に驚き、目からウロコをポロポロと落としながら、呆けた顔で、次の言葉を待つ。


「彼らだって、安定を求めてやって来たはずなんだ。最初はプライドが邪魔してて互いに反目したかも知れないけど、力じゃ解決しないのは理解したはず。今なら、今なら聞く耳を持ってるはずなんです」


「でも玲一君、彼らは、あなたの妹さんを誘拐したのよ。そして、あなたをこんな目に遭わせた。それでもあなたは……」


「筋道が違う、そう思うんです。俺や妹の怒りと街の平和は、同じ天秤で測っちゃいけないと思うんです」


「それで良いの?本当に良いの?」


エカテリーナの問いに、笑顔でうなづく玲一。

腹黒い計算も、欲毒しい打算も無いその笑顔に、エカテリーナは思わずやられる。

恋すら知らなかった生娘が、何気ない男性の仕草に、胸をときめかせてしまう様に、胸をキュンと詰まらせたのだ。


「俺、なるべく早く、真琴さんにこの事を言って、動いて貰える様にします。それと、カーチャさんの周りで、もしこの話題が出たら……」


「ええ、分かってる♪土岐玲一は復讐を望んでいない、今こそ和解のチャンスなんだと確信しているって、ふれ回れば良いのね」


そう言いながら、ベッドの傍に座っていたエカテリーナは、身体を捻って上半身ごと玲一に迫り、慌てる玲一の頬にキスをする。

元々、吸血鬼のエカテリーナが、自分を咬むなどとは微塵も思っていなかったものの、綺麗な大人の女性が艶っぽく自分に迫り、頬にキスして来るなど、思春期の少年にとっては驚愕の出来事。

玲一は頭から湯気を出しながら、顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。

それはそれで、可愛い仕草であるのだが、エカテリーナにとってそのキスは、愛情表現でありながらも、もう一つ別の意味があった。


 ヴァンパイアが、人間に唇を捧げる時は、二種類の意味合いが存在する。

一つはもちろん、血を吸う際に唇が対象に接触するだけの行為。ただ単に、咬んで血を吸うと言う目的があって、唇が触れただけの事。

これがほとんどの理由なのだが、ごく稀に、別の意味を持って、ヴァンパイアは他人の肌に唇を重ねる。

それは、【ヴァンパイアのキス】と呼ばれる行為。吸血行為を一切行わずに、その人物を尊敬した証拠。

「あなたの血を吸う事は無い」「あなたを下僕にはしない」「むしろ、あなたを愛している」「私は、あなたの下僕です」など、

対象の人物を、一切食糧とみなさない、尊敬の念が、吸血鬼のキス行為に現れるのだ。


そしてそのキスは、状況によっては、キスされた人間にも、思いもよらぬ力を与える事もある。

「レジスト・エナジー・ドレイン」 魔の者が、人間の生命力を吸い取ろうとすると、抵抗する力

「ライフ・フォース・リカバリー」 弱った生命力、損壊させられた生命力を、自動的に回復する力

「レジスト・デモニック・ライン・オブ・サイト」 悪意ある視線による、体調への悪影響(混乱、頭痛など)に対し、抵抗する力など。


さて、この場合、エカテリーナは玲一に対して、どの様な想いでキスし、何を彼に与えたたのであろうか。

もちろん、「ヴァンパイアのキス」の意味など、玲一など分かるはずもない。

ただただ、耳まで真っ赤にして照れる玲一を、エカテリーナは艶っぽい瞳で見詰め、優しく微笑んでいるだけなのだが、

結論から言えば、土岐玲一は、ノスフェラトゥ級ヴァンパイアの、後ろ盾を得た事になる。人類史上、数体しか確認されていない、大陸級の恐怖を僕にしたのだ。


「あわわわ」と、言葉にならない言葉で、動揺の限りを尽くす玲一に向かい、エカテリーナは別の案件を切り出した。

元々それは、玲一には黙っている積もりの情報であったのか、彼女の表情は、今まで玲一が見た事も無い様な、真剣な顔付きをしている。

ヴァンパイアのキスをした事で決心した、玲一には話しておくべきだと……彼女の顔は、そういう顔をしていたのだ。


「アラダール・ウシュカが、再びこの街に現れた」


「カーチャさん!?」


「あの日、彼は北部団地を脱出し、長野駅周辺に潜伏していたらしいの。そこで警官や一般人を五人ほど犠牲にして、昨日、北部団地に入る彼の姿が目撃された」


ドラキュラ級ヴァンパイア、チャウシェスクの子、力を求めて来日した吸血鬼、土岐玲一を拉致した首謀者……あの男が帰って来た。

その情報は、心の底から玲一を震撼させる。拉致され拘束された挙句、数限りない暴行を受けたあの記憶が、一瞬彼に悪夢のフラッシュバックを与えたのだ。


「玲一君、同じ吸血鬼として、心からお詫びするわ。そして、私の責任において、奴は必ず滅ぼす。だから、この街は安心、そしてあなたは安全よ」


 ……同族として、ウシュカの横暴に少なからず、エカテリーナは怒りを覚えていた事が分かる。

彼女は彼女なりに、それに怒りを感じ、そしてその被害者である玲一に、申し訳ないと言う思いを抱いていたのだと。

そして、彼女は覚悟した。この街の平和の為には、ウシュカを問答無用で排除すべきなのだと。

ノスフェラトゥ級ヴァンパイアの真剣な表情から、玲一はそう悟った。だが、そう悟ったからこそ、玲一は玲一の筋道を通す。

その言葉には、キスをしてくれた女性への配慮や、年上への配慮などと言う、心意を誤魔化すフィルターなど、欠片も存在していなかった。

思った事、感じた事をズバリ、何ひとつ言葉を飾らず、エカテリーナへとぶつけたのだ。


「カーチャさん、あなたが謝る理由、俺にはわかりません。もしあなたのお詫びが正しいなら、俺は日々ニュースで報道される日本人犯罪で、毎日あなたに謝らなきゃならない」


 【キュン!】


決してそう病室に響いた訳ではないのだが、この時間違い無く、エカテリーナは玲一の言葉に、それを口に出した彼の魂に、心を躍らせ、そして心奪われていた。


「彼がこの街に戻って、何を成そうとしているのかは分かりません。だけど、責任を取るのはウシュカであって、あなたは何も悪くない。あなたが動く理由なんて無いんだ」


 ……むしろ、それこそ、被害者である俺が出て行って、奴にしっかりと責任を取らせないと……


布団の中で拳を握りしめながら、玲一の瞳がギラギラと輝く。


それは、決して和解を求めた譲歩の覚悟ではない、ウシュカと和解などは有り得ない。山犬のケースとは全く違うからだ。

何故ならウシュカは、「殺し」を行っており、無数の被害者が既に出ている。つまり彼は、一線を飛び越えている。

それを許し、手を差し伸べる事は、絶対にしてはならないし、彼はまず前提として罰を受けなければならないのだ。

それが彼にとって、彼の存在を否定する様な罰になったとしても。


 【被害者の命より、加害者の命の方が重い社会などあり得ない。天秤の穢れた社会など、文明社会ではない】


今、エカテリーナを見詰める玲一の瞳は、必要ならば、ウシュカを滅する事を覚悟した瞳。

そして、同族だからと玲一に詫びを入れたエカテリーナに対し、それは偽善であり、あなたの名誉を汚す行為だ、俺はあなたの名誉を守ると決意した瞳。

理想論だが、それを貫こうと覚悟し、その為には自分の言葉では無く、行動を持って示そうと言う、気概の瞳であった。


「……ヤバイ、惚れそう……」


言葉に詰まるエカテリーナは、もうその言葉しか出て来なかった。


話題は戻るがとりあえず、山犬との和解の件は、私に任せて欲しいと玲一に申し出て、そしてこの場を離れ、退室しようとするのだが、

その際、エカテリーナはガバッ!っと玲一を抱きしめながら、「お願い、ハグさせて」と、後出しジャンケンの要領で、玲一を自分の胸にうずめた。

幸せな窒息攻撃にあたふたする玲一、そしてハグから解放された時、エカテリーナは一言、別れの挨拶を口にする。


「もう、さん付けで私の事を呼んじゃ嫌よ♪」


「えっ?でも、カーチャさん」


「ダ・メ!私もあなたの事はこれから、玲一と呼ぶから、良いわね」


「えっ!?あっ、はい……、じゃ、じゃあカーチャ」


「じゃあまたね、玲一。早く元気になるのよ」


 あれ?この別れの言葉、フラグが立ってるんじゃ……


本来なら、思春期真っ只中の状態で、女性が甘い言葉を投げかけてくれば、コロリとやられてしまうのが、健康な男子であるはずなのに、

何故かエカテリーナの別れの言葉に、何か引っかかる点を見出してしまった玲一。

何が原因なのか、何かまだ、彼女は情報を提供していないんじゃないかと、あれこれ考えるも後の祭り。

もう既に、エカテリーナは投げキッスをしながら退室してしまったので、最早確認の取りようがない。


 (……もしかして彼女は、ウシュカの件で、覚悟を強いられる様な状況下に置かれているのでは……)


玲一の想像は、この答えにたどり着く事は無かった。いや、たどり着けなかった。

何故なら、エカテリーナと入れ替わる様なタイミングで、次の見舞客が入室して来てしまったからだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ