線引きしてませんから
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氷見ひまりのバカバカしくも恐ろしい計略に気付き、それを粉砕した玲一。
その後は、いつも通りに戻った菊が、病室内の掃除をしたり、玲一の汗を拭ってやった後、着替えを手伝い、洗濯物を預かるなど、かいがいしく世話をした菊の仕事は、一段落を迎えた。
これからの予定とすれば、菊も玲一の世話が終わったら、土岐宅にいるオカルト研究会メンバーに合流し、こよみの警護を行うのだと言う。
「…じゃあ、私そろそろ…行く」
身支度を整え、菊がいよいよ扉に向かおうとした時、菊は軽い電気ショックを受けた様に、身体を「ビクッ!」と揺らし、
病室の扉に視線を固定したまま、妖刀【牡丹灯籠】の鍔を、左の親指ではじく。
何か、扉の向こう側から漂って来る気配に反応したのか、急に動かなくなった菊を、何が起きたのかと尋ねる玲一。
見えない殺気に抗う菊は無言のままで、玲一の質問には答えない。すると、「コンコン」玲一の病室をノックする音が聞こえて来た。
菊はそのまま微動だにせず、何やらその気配に立ち向かう気満々なのだが、今の時間は夕飯時でもあり、看護師さんが夕食を運んで来た可能性もある。
何もアクションを起こさない事で、また余計なトラブルを誘発のを避ける為、玲一は菊を通り越し、扉に向かって「どうぞ」と、大きな声を掛けた。
すると、「邪魔をする」と、巌の様な声が聞こえたかと思うと、ドン!と言うカタカナを背中に背負いながら、私立青嵐学園の生徒会長、義仲籐十郎が部屋に入って来たのだ。
「うをぉっ!」
腰が抜けたかの様に驚く玲一を尻目に、天井を頭でこする様な、巨漢で巨石の様な義仲籐十郎。
その背後には、「微笑みの副会長」橋詰佐緒里の姿が。そして、彼女の隣には、風紀委員長の君嶋ちなみが付き従っているではないか。
「……生徒会……」
入室して来た人物達の素性は、明らかであり、そして、土岐玲一に対して害意が全く無い事は理解出来る。
だが丞定菊は、一向に妖刀【牡丹灯籠】を構えたまま、義仲籐十郎を見据えて微動だにしない。
そして、敵意どころか、はばかる事無く圧倒的な殺気を放つ丞定菊に対して、
義仲籐十郎は動揺を微塵も感じさせず、彼女を見下ろしながら言い放つ。
「ふん、丞定の次女か。貴様いつまで妖魔風情と馴れ合っておる!?丞定の名に泥を塗りたくなくば、あんな部活は辞める事だな!」
本人は至極普通の話し方で接しているのであろうが、周囲の者にとってみれば、いちいち五月蝿い大声で高圧的。
義仲籐十郎の声は、まるで世紀末覇者の様に病室の壁をビリビリと振動させる。
義仲の挑発とも言うべき言葉に、未だに菊は釣られていない。
挑発されたら負け、剣を抜いたら負け、そんな事は菊自身が骨身に染みて判っている事なのだが、
この、目の前に立つ義仲籐十郎のオーラ、闘う気と書いて闘気と読む、あの格闘マンガの言葉の様に、
義仲籐十郎から菊に向かって放たれる気は、圧倒的な殺気とも王者の威圧ともとれる。
自然と菊が「構えざるを得ない」たぐいのものであった。
「副部長と、生徒会長はその…、お知り合いなのですか?」
副会長の橋詰佐緒里や、風紀委員長の君嶋ちなみは、その殺伐とした空気を目の前に、尚も、
超然とした義仲に付き従っているのだが、この空気に当てあれた玲一は、酷く慌てる。
何とか場の流れを変えなきゃと、頭に浮かんだ事をただ言ってみたのだが、それがまた災いし、再び義仲の怒号が室内に響いた。
「土岐、貴様は阿呆かっ!!」
「ひいっ」
腹の中では、このおっさんいちいち面倒臭えなと、思ってはみたものの、もちろん表情にそれを出す事は出来ず、狼狽したまま。
そこでやっと、微笑みの印象的な、副会長の橋詰佐緒里が玲一に「助け舟」を出した。
「土岐君、生徒会長も私も、君嶋さんも丞定さんも、みんなみんな、3年A組の生徒。同じ選抜クラスの生徒よ♪」
「あっ!」
そう言われれば、……納得。
以前加納に第一勢力。学園の日本人を守る事を旨とした、生徒会役員は全て、3年A組だと聞いた。
そして、オカルト研究会の部長、氷見ひまりと、副部長の丞定菊も、同じクラス。
しかし、凄い人達が揃ったクラスだなと、目を丸くしていると、ダメ押しとばかりに、義仲が一言吠える。
「我々は、クラスメイトなのである!!」
ああっ、何かクラスメイトって単語を使ってみたかったんだなと、玲一は義仲を見詰めながら、得心がいった様に、苦虫を噛み潰した顔になる。
だが、次の瞬間、風紀委員長の君嶋ちなみが、衝撃的な内容を玲一にもたらした。
「さらに、丞定菊さんは、生徒会長義仲籐十郎様の、許嫁です」
「許嫁…?」
「そう、フィアンセである!」
ああ、またこの人、横文字使ってみたかっただけなんだなと、玲一はうんざり顔。
しかし、それはそれとして、義仲籐十郎と丞定菊が許嫁だと言う話は、あまりにも衝撃的。
玲一とすれば、正直なところ、二の句もつげない状況に陥っている。
「この日本、この長野において、日本人の未来を託されたのが義仲家。その義仲に嫁ぐ者が妖魔ごときに肩入れするとは、事の軽重を問われる!そろそろ目を覚まさぬか、丞定!」
義仲に声で詰め寄られる菊。ずっと刀を携えたまま、身構えていた菊だったが、「ふっ」と力を抜き、自然体で立つ。
そしてそのまま「帰る」と言って、菊は病室を出て行ってしまったのだ。
「あっ、副部長」
「まあまあ、そっとしといてあげて。この二人顔を合わせる度に、毎度毎度こんな感じなの」
「福会長……」
「ふんっ!」と鼻息を鳴らす義仲。
この、間のあいた空気に耐えられなくなったのか、玲一はこのシチュエーションの発端について、ようやく質問する。
「あ、あの…ところで皆さん。今日はどの様なご用件で?」
「どのようなご用件だと!?阿呆か貴様は!」
「あ、あははは」
先ほどからの強引なツッコミ連打に、もはや苦笑いしか出来ない玲一。針のむしろとは、まさにこの事。
むずかゆい顔をしながら、義仲籐十郎の次の言葉を、待つしかないのが現状である。
「見舞いに来てやったと言うのに、何て失礼な奴なんだ、貴様は!」
義仲は振り向き、橋詰に目を合わせる。
すると、橋詰佐緒里は手に持っていた花束を取り出し、「はい、土岐さん。お花どうぞ♪」と、
含むところの無い満面の笑みで、佐緒里は玲一に花束を渡したのだ。
「我は何か食べる物でもと思ったが、橋詰が【お見舞いにはお見舞いの筋道がある】と、言いおってな」
「あ、これは…わざわざどうもすみません」と、恐縮しながら受け取った玲一だったが、佐緒里から受け取った、この見事な花束を飾る花瓶が無い。
慌てて辺りを見回す玲一に、君嶋ちなみが優しい声で提案した。
「そう思って花瓶を持って来た。私が活けるから、君が慌てる事は無い」
恐縮に恐縮を重ねる玲一、足元側の作業台では、君嶋ちなみが花瓶にいそいそと、慣れた手つきで花を活け始めた。
それを尻目に、義仲はお見舞いに現れた本質を声にする。
「妖魔を撃退したそうだな、御苦労であった」
「…はい?」
「妖魔を撃退したそうだな。御役目御苦労である!」
あああ……と、引き気味の玲一。
まあ確かに、第一勢力側とすれば、妖魔が少しでもいなくなるのは良い事なのだろうが、抹殺した訳でも無いし、長野の妖魔人口が特別減った訳でも無い。
そもそも、玲一自身は気絶して撃退に参加すらしていない。
それでもこの人達は、妖魔勢力…第三勢力が弱まる事実だけを喜んでいる。
過程など関係無く、妖魔が減る結果だけを受け入れている。
うすら寒い空気が、玲一の周囲だけを吹き抜け、背中に冷たい汗が一滴、滴り落ちて行くのを感じる。
「早く元気になって、学園に戻って来てね♪」
「名誉の負傷だ、堂々としてれば良い」
佐緒里やちなみが、ねぎらいの言葉を投げかけるも、上の空。
何故なら、恐怖とまではいかないものの、この三人…義仲籐十郎、橋詰佐緒里、君嶋ちなみが、妖魔に抱く感情があまりにも徹底しており、
今はこの三人を交えて、笑顔で溢れた病室になっているとしても、玲一にとってみれば、「絶対に分かり合えない」目に見えない境界線と言うものを感じていたからだ。
だが、自分自身、未熟者である事を自覚している玲一。
自分の抱く感情など、この人達にしてみれば、手に取る様に分かるんだろうなと感じている。
それでも尚、玲一に笑顔を向ける彼らに、ある種畏敬の念すら抱いていたのだ。
「そろそろ夕飯の時間じゃなくて?」
「そうですね、そろそろおいとま致しましょう」
「うむ、土岐玲一。ますます励むが良い!」
怒っているのか激励しているのか、さっぱり理解出来ない義仲の言葉を最後に、三人は病室から出ようと、踵を返した。
すると玲一は、義仲の背中に向かい「会長!」と、真剣な顔付きで呼び止める。
「我思う、故に我有り。……俺、まだ妖魔も人間も、線引きしてませんから」
是々非々の姿勢は貫いている。
今回の事件も単なるその延長上にあるだけで、妖魔を排除する目的で行動している訳ではない。
さらに、【我思う、故に我有り】つまり、自我を持つ個体、人格を持つ個体に、人間も妖魔もあるのか?と、問いかける。
「俺は、その答えが出ないから、今この立ち位置にいるんだ」と、玲一はその一言で表現したのだ。
「ふん、知った様な事をぬけぬけと。貴様は以前我に、是々非々と言った。それすら貫けずに変節するなら、それこそ匹夫の勇。そんな小物に、義仲籐十郎自ら、見舞いに来ると思うか!」
「……会長」
「うふふっ、会長は会長なりに、土岐君の事を買っているのよ」
「佐緒里、余計な事は言わんで良い!この阿呆がつけ上がるだけだ」
その言葉を最後に、ツカツカと義仲は、病室を出て行ってしまった。
「私は、土岐君大好きよ♪だから、遠慮しないで生徒会室へ遊びに来てね」
「君の是々非々を引用させて貰うが、職務上我々風紀委員会も、是々非々に殉じている。危険因子の身辺調査と警戒は、続行させて貰うよ」
佐緒里も、ちなみもその言葉を残し、笑顔で退室して行った。
……台風の様な人達だったな……
苦笑する玲一のその表情には、学園内第一勢力の筆頭である、義仲籐十郎とその部下達に対する警戒感、そして嫌悪感や、あらゆる負の感情が消えている。
分かり合って、語り合って尚、「守るべきものは守る」。彼らはそういう、高尚な世界の住人なんだと言う実感を得たのだ。
包帯でグルグル巻きにされた玲一の顔、そこから覗く瞳には、
挑戦者…チャレンジャーの、真っ直ぐで爽やかな闘争力が溢れ出ていた。




