それが自分にとっての真実
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玲一が高槻邸を飛び出し、十数分が経過する。
慌てて駆け出し、しらかば通りに入った玲一の目には、【喫茶 黙示録】の看板が。
「まだ週明け早々だし、ドレッドノーツの人達、いるかな?」
恐る恐るカランコロンと、ドアベルの鐘を鳴らしながら、玲一は入店する。
マスターが玲一に気付き、いらっしゃいませと、笑顔で挨拶。
マスターの笑顔に誘われ、そのままカウンターに向かおうとした時、
ほとんど客のいないボックス席の一番奥から、軽やかな女性の声で、玲一を呼ぶ声がする。
「あ、あなたはもしかして、土岐玲一君?」
その声に気付き、玲一は「あ、はい」と声の方向へと振り返ると、そのボックス席には三人の男女が座っており、
その中には、玲一の見覚えのある男性が座っていたのだ。
「あっ、あなたは…宮代さん」
「おお!土岐君じゃないか」
玲一に気付き、ボックス席から立ち上がり、笑顔で玲一を招くのは、【勇者】宮代優作。
伽里田神社の祭りの際に、妖怪山犬と格闘していた玲一を助けた男。人類で唯一、超能力をもった男。
握手を交わし、互いに認め合った関係の男だ。
その男が、玲一を席へと誘う。近付いてみれば、テーブルの上にはビールのジョッキグラスと、おつまみの乾物が。
飲み会なのかな?と、邪魔してしまう自分に気後れを覚え、席に座る事を躊躇している。
「遠慮なく座って♪」
まだ晩春のこの時期、いくら底冷えすると言っても、ヨットパーカーなど、春物の上着を羽織る程度なのに、
宮代とテーブルを挟み、隣に座る様に促して来た外人の女性は、
毛皮のコートをまとった完全冬仕様のいでたちで、あまりにも季節にそぐわず異質。
また、宮代の隣に座る大男は何やらご就寝状態。
服装を見れば、タートルネックのフィッシャーマンズセーターに、革のコートを羽織っており、宮代とこれらの人物達が一体、どういう関係なのかと戸惑う玲一。
見かけの異質さをを通り越し、何やら危ない組織なのかと、いぶかしくさえ思い始めた。
「土岐君、好きな飲み物頼めよ。ご馳走するよ♪」
「あ、いえ。宮代さん俺ちょっと急いでるもんで、わざわざ席に呼んで頂いたのにすみません」
通路に立ったまま、礼儀正しく頭を下げる。
そっか、それは残念だなと、宮代はちょっとだけ寂しそうな顔。
「あら、時間が無いのにこの店に。一体何があったの?」
玲一が急ぎの用事があると言う、その理由が気になった女性、玲一に理由を聞かせて欲しいと、微笑みながら問い掛けた。
すると玲一は、ちょっと緊急で話を聞きたい事があるから、ドレッドノーツに会いに来たのだと答える。
「ぶっ!」
玲一の言葉に驚いたのか、思わず、口に含んだビールを盛大に吹き出す宮代、不幸にも、女性の顔に飛沫がかかってしまう。
可愛らしく、いやあ!と叫んだ女性は、宮代を睨みながらも、顔や自分の身の回りを拭う。
全く動じておらず、腕を組んだまま、目をつぶる大男は、御構い無しに寝息を立てたまま。
「土岐君、紹介しよう」
大事な事を言い忘れていたとばかり、宮代は慌てて、反対側に座るこの、セレブっぽい女性に、手のひらを向ける。
「こちらの女性の名前は、グェンデュード・ウィルト」
「どうも、土岐玲一です」
頭を下げる玲一に向かい、グェンデュードと紹介された女性は、右手を差し出し、握手を求める。
「彼女は【風のグェンデュード】の異名を持つ、魔術師だ」
「魔術師!?」
「そして俺の隣、諸事情により寝ている大男が、ヨナタン・ベック・オーベリソン。北欧の呪われた戦士、バーサーカーだ」
「バーサーカー…?」
「闘いに魅入られて、敵味方構わずに暴れ続ける者を、狂戦士、バーサーカーと呼ぶのだけど、ヨナタンは事情があってね……。でも、人に危害を加える様な事は無いから、安心してくれ」
「なるほど…」
魔術師、そして北欧の狂戦士。宮代が紹介した二人のステータスに驚く玲一。
あまりに驚き過ぎて、目をぱちくりしている。
「驚かしてごめんなさい、土岐君。私三人は、今チームを組んでるの。ちょうど今、チームの作戦会議をやってたのよ」
「へ?へ?」と、混乱しながらも、思考を再構築させる玲一。
山犬に噛みつかれていた、ピンチの玲一を助けた、あの強くて優しい、ちょっと変な性格の超能力者優、宮代優作と、
彼と肩を並べる魔法使いの女性、そして、北欧の狂戦士。
…そう言えば、ドレッドノート「命知らず」が三人集まってドレッドノーツ。
……ドレッドノーツは三人組……
「ああっ!」
点と点が、線で繋がったかの様な納得顔で、玲一は三人を見詰める
「あなた達が…ドレッドノーツだったんですかぁ」
好奇の瞳が、尊敬の眼差しに変わり、三人をぐるぐる見回しながらも、感心しきりの玲一。
宮代は苦笑い五割、照れ笑い五割の表情で「大した事やってねえよ」「名前だって俺たちが付けた訳じゃないし」と、言い訳がましくも、ちょっと自慢げ。
すると、グェンデュードが気を利かせたのか「あまり、時間が無いみたいだけど、私たちに何か用?」と、玲一に本題を切り出す事を促す。
この店に足を運んだ理由を思い出した玲一は、人間と妖魔の調停役であり、
オカルト研究会とは違う「ドレッドノーツ」、本職の三人組を信じ、
起きた事、思う事を全て吐き出した。
ケツァルクアトルである、プリシラ・カナル・ヒメネスと、テスカトリポカである、ベロニカ・メネンデスとの関係。
優しいケツァルクアトルと、猛々しいテスカトリポカのイメージの正しさ。
実際、今自宅に泊めているベロニカ・メネンデスは、猛々しさとはかけ離れた優しさを内在させ、それを惜しげもなく放つ女性であった。
何が正しいのか、何が正しくないのか。少しでも真実に近付き、ベストとはいかないまでも、ベターな判断が出来ればと、
玲一は宮代たちに詰め寄る。すると意外にも、宮代の口からは玲一の見解とは相反する違和感がもたらされたのだ。
「あれ?土岐君、俺達が聞いた話と違うな」
「ええっ!?」
「まあ、正直なところ、私達はケツァルクアトルの家から資金提供を受けて、長野で彼女が落ち着くまでの間、護衛してたのよ」
「そう。だから、テスカトリポカの襲撃を何度か排除しただけで、テスカトリポカの話は、まともに聞いた事は無いんだ」
「変ね、ケツァルクアトルの話を聞けば、長野で力を得て、古代神からの脱却を狙っているのは、テスカトリポカの方だって聞いてた」
確かに、潜入観念のイメージで言えば、善イコール、ケツァルクアトルで、悪イコール、テスカトリポカだ。
古代アステカの神話体系を、多少なりとも知る者なら、少なからず、そう言うイメージを持っておかしくない。
「むむむ…、どちらの言っている事が正しいのか」
混乱に上乗せする様に、更に混乱する玲一。
そんな玲一の七転八倒の表情に耐えられなくなったのか、
軽くむせ笑いしながら、グェンデュードは玲一を諭す。
「土岐君、今あなたが思い抱く悩み、混乱。それは、今あなたが真実にたどり着く為の、過程にある状態を意味していると思うの。
そもそも、他人の言葉を信じて、それを持って結論…、真実にしようと思ってたの?」
「デュードの言う通りだな。土岐君、君がこれから見る現実、これから体験する事全部が……」
「ええ、ええ。そうですね。それが自分にとっての真実」
みるみる笑顔に戻る玲一、勢い良く「ガバッ!」っと一礼し、踵を返す。
「情報ありがとうございました!」
「ああ、とりあえず頑張れ!面倒事かも知れないが、何かあった時は俺達がついてる。安心して、思う通りにやるんだ」
「はい!」
カランコロン!
勢い良く【喫茶 黙示録】の扉が開き、そして閉まる。
もう黙示録の店内に、玲一はいない。
ドレッドノーツに、知恵を勇気を、真実への近道へのヒントを貰い、揚々と、ダッシュで帰宅したのだ。
「若いって、良いわねえ♪」
玲一の去って行った扉の方向に視線を向けたまま、グェンデュードはうっとりと呟く。
「酷え言い方。俺だって若いのに」
スネる宮代に、グェンデュードは容赦無く、心の折れる様な、痛烈な一言をぶつけた。
「あなたが若いって言うのは、童貞って理由だけでしょ」
「なっ!?何を言って…!?」
「ケツァルクアトル、プリシラ・カナル・ヒメネスのシャワー覗こうとしたり、未成年の彼女を口説いて、携帯番号聞き出そうとしたり、
……もうね、あんたは汚れてんの。汚れた童貞よ!」
「お願い、もうその話忘れて!」
「うううん…、君たちうるさい。ケンカなら外でやりたまえ」
「呪いの代償」が終わったのか、北欧の狂戦士ヨナタンが、迷惑そうに目を覚ます。
低い渋みのある声で諭された、宮代とグェンデュードは鼻白み、ヨナタンの様子を見詰めるも、
「ダメだ、まだ毒が残ってる」と言って、再び夢の世界へと落ちて行った。
宮代勇作、グェンデュード・ウィルト、そして就寝中のヨナタン。
「ドレッドノーツ」と呼ばれる連中と、初めて、玲一は顔を合わせた。
生き神の真琴を保護する為の組織、オカルト研究会とは全く違う主旨で結成された、
童貞の勇者を中心に、魔法使いと、狂戦士、計三名で組織された、「武闘派」トラブルシューター。
そのドレッドノーツと、今日初めて玲一は邂逅したのだ。
玲一にとって彼らの存在は、どんなスパイスになったのか、
また逆に、土岐玲一の姿を見て、ドレッドノーツ達は何を感じたのか。
青春の象徴でもある開放的な夏までには、梅雨の長雨を経験しなければならないこの時期、いよいよ、物語は一つの佳境を迎える。




