ここは長野なんだ!
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ゴールデンウイーク明け初日も、いよいよ終わりが近づく、
私立青嵐学園では、放課後の課外活動が始まった。
場所は嵐の中心になりつつある、オカルト研究会の部室。
毎度のメンバーにプラスして、入部希望が受け入れられた設楽寺富美と、
ロロット・サン・マリー・デュモンがパイプ椅子に座り、インスタントコーヒーの香りに、会話の花を咲かせている。
話題はもちろん、今日玲一たちのクラスに転入して来た、超弩級美少女のふたりについて。
彼女たちがどんな神であるのか、そして、どんな「いわく」を引きずって、この地に来たのか、
鎮守である生き神、真琴の説明に、一同を耳を傾けつつ、ディスカッションが始まっている。
「け、け…ケツある子ぉ!?」
「アホか玲一、ケツァル・クアトル、つまり、翼を持った蛇。中南米由来の古代アステカの神なのだ」
「困った、早口言葉みたいで言えないよ」
「ケツァルクアトルは、農耕の神、人間に文化を与えた文化神、そして、風の神。古代マヤ文明では、ククルカーンと呼ばれていたのだ」
「あら、人類保護側の母性神なら、それならそれで、別に問題人物では無いのでは?」
「クラリッタの言う通り、ケツァルクアトル単体だったら問題ないのだ。彼女は見事としか言いようの無い、人類の守護者、パーフェクトなのだ」
いまいち事情の飲み込めていないロロットと富美は、コーヒー片手に、ビスケットをポリポリポリポリ。
しかし、興味の無い内容では無いらしく、瞳を爛々と輝かせながら、ひまり達の会話に、耳を傾けている。
「完璧な古代の神、人類の守護者がトラブルメーカーって事は、それにまつわる、もう一人の存在が元凶になっていて、相乗効果が発生しているんじゃ?」
加納が残した言葉が、重要なポイントを突いていたのか、まるで、核心を突いて来た学生のレポートを、満足げに眺める教授の様に、
加納を讃えつつ、では先に進もうと、真琴は再び語り始める。
「相乗効果の原因、その名前はテスカトリポカ。支配の神、美の神、黒曜石の神、鏡の神。キリスト教信者から、悪魔として徹底的に忌み嫌われた、古代アステカの戦争の神なのだ」
「真琴さん、キリスト教との敵対関係はあったとしても、ケツァルクアトルとの関係は?」
「クラリッタが信じるか信じないかは別として、ケツァルクアトルとテスカトリポカは、超がつくぐらいのライバル同士。五度も世界を飛び越えつつ、絶対神の座を争って来たのだ」
「ご、五度?」
「五種類の世界、平行世界なのか、輪廻世界なのまでは見えないが、その世界を五度も渡り歩きながら、あの二人はケンカし続けたのだ」
「壮大過ぎるわね…」
「あやつらがいさかいを始めた、決定的な出来事がある。あくまでも、聞き伝えによるところなのだが、古代アステカ文明において、当時は当たり前とされていた【生贄】を、ケツァルクアトルは否定したのだ」
赤茶けた大地、赤茶けた空、太陽がギラギラと照らす中南米の地。
大自然に囲まれたアステカの国、その世界の中心に座すピラミッド型巨大神殿が今、敷地を埋め尽くす様な数のアステカの人々に囲まれている。
その群衆が見守るのは、神殿の頂点にある祭事を行うスペース。
その中央に、巨石で積み上げられた、高い祭壇があるのだが、そこに、筋骨隆々で屈強な戦士が群衆に手を振りながら、恍惚の表情で自らに横になった。
すると、ナイフを持った司祭が、ケツァルクアトルやテスカトリポカなど、神話に登場する人類の守護者に讃辞を送りながら、
玉座から見下ろす王の命令の下、戦士の胸にナイフを突き立て、ざっくりと胸をえぐる。
そして、中から心臓を取り出し、天へ高々と掲げた。
それを喜び、神々に願いを叫ぶ王。そして、戦士が昇天した事と、儀式の成就に狂喜乱舞する民衆。
戦の神であり、美の神、そして支配の神であるテスカトリポカは、人間が勝手に始めた生贄を素直に受け入れ、そして、その代価を払った。「アステカ文明の繁栄」と言う代価を。
だが、農耕の神であり、文化の神であるケツァルクアトルは、生贄を文化として認めなかった。
生贄を生活サイクルの一環として認めなかった。
生贄を受け入れる、全ての存在を認めなかった。
「ケツァルクアトルは完全に、アステカを見放した。育むべきではないと判断したらしいのだ。それを憎んだテスカトリポカは、ケツァルクアトルに毒を盛り、…そこからなのだ、時空を超えた犬猿の仲は」
「神はある種、人々の信望を糧かてとする、それが神の力を増大させる。だけど、テスカトリポカは生贄によって生まれる、神への信望を受け入れ、ケツァルクアトルはそれを野蛮だと、生贄文化を否定した」
「ひまりさんの言う通りなのだ。結果、ケツァルクアトルやテスカトリポカに代表される、中南米の神々は廃れ、アステカは滅び、古代神として後世に伝えられるだけの存在となったのだ」
「う~む、彼女達が来日して1ヶ月。その間ドレッドノーツが鎮静化に尽力しても、焼け石に水の状態。落とし所を見つけないと、長野で再び力を付けて、神話戦争に発展する可能性もあるかも知れないわね」
神話戦争と言う言葉を自分で口にしながら、その言葉の持つ意味に戦慄し、おし黙るクラリッタ。
ケツァルクアトルとテスカトリポカ。プリシラ・カナル・ヒメネスと、ベロニカ・メネンデス。この先この二人が、どんな深刻な騒動が巻き起こすのか、メンバー達も自然と口数が減って行く。
だが、そんな沈痛な空気を「ドカン!」と吹っ飛ばす様な、その場にいる誰もが、目から鱗を落としてしまう一言を、玲一が言い放った。
「自分の主義主張で、どんだけ他人を巻き込んでんだよ。それで迦楼羅の力をあてにしてるとか、…ふざけんじゃねえよ!」
「お、おい、土岐!?」
「ここは長野だ、古代アステカなんかじゃない!ここは長野なんだ!」
声は荒げているものの、玲一が何を言いたいのか、玲一は何に憤慨しているのかが、オカルト研究会のメンバーには、手に取る様に理解出来る。
そして、それが、玲一が示した怒りのベクトルにこそ、我々が進む道があるのだと、改めて再確認する。
「…うん、長野だね」
「そうよね、スケールの大きい痴話喧嘩だけど、はっきり言って玲一の言う通り、ここは長野よ♪」
「だな」
「ふふっ、土岐君が元気になると、クラリッタも加納も急に元気になるな。テスカトリポカの方に問題があるとすれば、彼女がもうちょっと寛容になれば、事態は好転するんじゃないか?」
「ひまりさんの言う通りなのだ。先ずは、テスカトリポカと接触し、彼女の真意を探るのが吉だと思うのだ」
「よし、明日からテスカトリポカに対し、真意を聞き出せる環境を作ろう!荒ぶる神を鎮めれば、事態はきっと好転する」
ひまりを中心に、具体的な作戦の打ち合わせが始まる。
オカルト研究会、いよいよ古代神との交渉が開始される。
相手方の出方もある事から、直線的な行動は控えつつ、徐々にテスカトリポカに接近する事を結論に、オカルト研究会での作戦会議も終わり、メンバー達は、家路にとついた。
一緒の帰り道から、一人、二人と、別の方向へと姿を消して行き、玲一とクラリッタ、そして加納の三人に人数は絞られる。
「霊花、霊花かあ…」
「俺だって知らなかったよ、そんな花があるの」
ゴールデンウイーク前から、真琴と話せるチャンスがなかなか見つからずに、聞き出すチャンスに恵まれなかったのだが、
オカルト研究会の作戦会議が終わった後、道すがら、玲一が疑問に思っていた事についてやっと、真琴の答えを聞く事が出来たのだ。
「元々、この北部団地を護る伽里田神社、その神社が建てられた三登山は、霊山、霊場だった。その三登山のどこかに咲く花が、土岐の玄関に、いつも置かれていた……か」
真琴が言うには、……三登山の北側斜面のどこか。清水が涌く小さな沢の一カ所にだけ、強い霊力を持った花が咲く。
その花は摘むと一晩で枯れてしまい、跡も残さず消えてしまうのだが、その花が身近にあると、とても幸せな夢を見て、気持ちが穏やかになるのだと言う。
「霊花・夢雫…さすがの俺も、知らなかった」
「真琴さん言ってたね。玲一の環境の変化を、気遣ってくれていた妖魔がいるって♪」
「でも結局、どんな妖魔か教えてくれなかった」
「気になるなら、自分で捕まえてみろって事だ。真琴さん、ニヤニヤ笑ってただろ?そう言う事さ」
「でも…これ以上、玲一の周りに女キャラ集まるのはヤダ!」
「俺を気遣ってくれてる妖魔か。あれかな?俺の、女難の相に……」
「それは私も含んでるんかい!」と、クラリッタにぽこぽこ叩かれる玲一。
互いに苦笑いしているので、真剣なケンカでは無い。
すると、加納が騒ぎを遮る様に、玲一が抱いていたもう一つの疑問について、話題をシフトした。
「花の件は良い、危険な臭いがしないからな。もう一つの、【西風しゅり】の方が、むしろ俺は気になる」
【西風しゅり】
玲一達が、酔っ払ったサラリーマンと妖魔のケンカに、仲裁で入ったあの騒動。
その週が明け、学園初日の学食で、玲一にさりげなくコロッケをご馳走してくれた女性。
真琴の知り合いで、玲一の行いに対しての、感謝の意味を込めたコロッケ贈呈だったのかと思っていたが、
真琴に「どんな人物か?」と訪ねると、意外な答えが返って来たのだ。
【ごくごく当たり前の、どこにでもいる日本人だが、ほとんど学校へ出て来ていない】と。
「引きこもりって事?」
「いや、そんな暗い人じゃなかったぞ。何か、こう…ふわっと、爽やかな良い香りのする人で、穏やかそうな笑顔だった」
「女の私を目の前に、何だその言いぐさは!」
うわあああんと叫びながら、再びクラリッタは玲一をぽかぽか叩く。
すると偶然、エカテリーナ・シェノワが反対側から歩いて来る姿が、玲一達の目に留まった。
「げっ!」
ヴァンパイア・ハンターのクラリッタに、ノスフェラトゥ級ヴァンパイアの、エカテリーナ・シェノワ。
決して絆が生まれる事の無い、天敵同士の関係。
クラリッタは眉間に皺を寄せて身構えるも、歩いて来るエカテリーナは、買い物帰りなのか、クラリッタに見向きもしない。
ただ、玲一は思うところがあったのか、いきなりエカテリーナに挨拶し、エカテリーナを立ち止まらせた。
「エカテリーナさん、お祭りの後の手羽先揚げ、ありがとうございました」
「あら、大した物じゃないのにわざわざお礼なんて。どう?左腕は楽になった?」
「全くもって大丈夫です、後は抜糸するだけなんで」
「そう、大した事なくて良かったね♪」
玲一の背後から、睨む様にエカテリーナを見詰めるクラリッタ。
ついつい、エカテリーナの買い物の内容が気になる。
「あっ、日本酒にポテトチップに、月刊少女花と蛇と恋…。吸血鬼のクセに、売れ残りのお局様みたい」
「こっ、こら!何見てんのよ」
慌てて買い物袋を背後に隠すエカテリーナ。
低レベル過ぎる、不毛な争いに発展しそうな事に気付いた玲一は、加納共々頭を下げ、会話を打ち切ろうとした。
「祭り楽しかったです、来年もよろしくお願いします」
「また食べたくなったら、お店に来なさい。お酒は出さないけど、ご馳走してあげるわよ」
「わあ」
「何なら、家に届けてあげても良いわよ。君の家に行っても良い?」
エカテリーナは、玲一の背後にいるクラリッタに視線を合わせながら、ニヤリと、クラリッタを挑発する様に笑う。
「ダメよ玲一!返事しちゃ…!」
「あ、家来るのは全然問題無いですよ」
「馬鹿っ!呪いを家に招くな!」
吸血鬼を家に誘う。吸血鬼を家に招く。その意味が全く理解出来ていない玲一ではない。
それはウシュカの事件の際に、ミハイロビッチが高槻邸に乗り込んで来た事で、痛いほど理解しているはず。
だが玲一は、エカテリーナの誘いに乗り、言ってしまった。家に来て良いと言ってしまったのだ。
これには冗談ではなく、クラリッタが激怒する。
玲一の性格を知って、尚の激怒なので、彼女の怒りの矛先は、玲一ではなくもちろんエカテリーナ。
彼女が本来持つ、戦士としての矜持が、みるみる内に身体から噴き出した。
「エカテリーナ・シェノワ、貴様、玲一に何かあったら絶対に許さない。たとえ玲一が許しても!」
「だから何もしないわよ、面倒臭い娘ね。まあ手羽先揚げは持ってくかも知れないけど。はいはい、そこの忍者のお兄さんも殺気出し過ぎだから、落ち着いてね」
「クラリッタ、加納、大丈夫。エカテリーナさんはそんな事しないよ♪」
「何をニコニコ、悠長に構えてんだか」
「土岐君、信じてくれてありがとう。私の事はカーチャと呼んでね」
「あっ、ならば、俺も玲一と呼んでください」
「ぶう~!」
「しつこいわね、あんたも。迦楼羅に喧嘩売る訳ないでしょ。それに、この生活は気に入ってるって、何度言わせるのよ」
呆れ顔のエカテリーナ。
クラリッタの頭の血もだいぶ下がって来たのか、呆れながら玲一のお尻をつねる。
ひゃあ!と悲鳴を上げる玲一の背後じっと、まばたきもせずに、冷たい目でエカテリーナを見詰めていた加納も、肩の力を抜いて、ため息を一つ。
「それに、血を吸ったりとか、そんな野暮な事はしないけど、もし大人の男になりたかったら、遠慮無く私を呼んで。いつでもOKよ、玲一♪」
「ひい!」
「バカ!何顔真っ赤にしてるのよ!撤収、撤収!」
クラリッタに引っ張られて駆け出して行く玲一。後を追いかける加納。
エカテリーナはしばらくの間、無邪気な笑顔で、その情けない光景を見守っていた。




