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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「伽里田神社強盗事件」編
42/74

だが、俺は忘れてはいない


 まだ、青嵐学園、初等部に在籍していた頃。

ピカピカで硬かったランドセルが、ようやく自分の体型に馴染んで来た頃の話だ。


新学期でも、新年度でもないのに、彼は突如転校して来た。

名前は高槻玲一、高槻家の分家である、高槻奏二郎と花苗夫婦の養子で、施設から引き取られたのだと、

彼がクラスの一員になってほどなく、親の間で渦巻く噂をかいつまんでしまった、両親から聞いた。


 彼は、学校と言う閉鎖された社会へ、警察権力をも寄せ付けない、闇の住人が蠢く世界へ、恰好の餌を背負ってやって来た。

「拾われた子」と言う負のイメージと、拾った先が、地元の有力者「高槻」であるならば、

人間の皮を被った小さな悪魔たちは、自らの抑えられない無駄な優越感と、意味の存在しないプライドの蠢動に、忠実であっても可笑しく無く、

また、教育者の皮を被った人間のクズも、我が身可愛さに、人としての常識の範疇を超えた、くだらない言い訳で保身を図る機会が、彼の転校と共にやって来た。


子供たちの「やっかみ」「嫉妬」「侮蔑」は、どこまで許されるか、そして教師の見て見ぬフリは、どこまで許されるのか、

まさしく彼はチキンレースの犠牲者であり、彼そのものがイベントであったのだ。


文房具を壊される、上履きを隠される、給食で配膳された物を奪われるなどは日常茶飯事で、

無視、暴言、仲間はずれがどんどんエスカレートすると、いよいよ本人に対して、力による鬱憤晴らしが始まった。

叩く、殴る、蹴るが常態化して、彼はサンドバックに成り果てる。

ただ、クラスの児童たちが、どんなに彼の財産を破壊し、彼の名誉を毀損し、彼の身体に苦痛を与えても、

彼はまるで反応せず、超然とした顔付きのまま、日々を過ごしていた。


何の反応も示さなければ、悪魔側としては面白く無い。

泣き喚き、痛みに耐えられず、狂乱する様が見たいのに、その反応が無いのであれば、やる気を削がれてしまう。

結果として、彼に対する負の圧力は目に見えて減少したが、それをもってして、悪魔の火祭りが終わりと言う訳ではなかった。

土岐玲一が転校して来る以前に、両手を後ろ手に縛られ、焼けた鉄板の上で踊らされていた者がいる。つまり、土岐玲一の前任者だ。

彼の名は菱川と言ったか……、しばらくして転校して行ったので、名前までははっきりと覚えていないのだが、

シングルマザーの母子家庭で、あまり裕福な生活をしていなかったと言う記憶はある。

そして、土岐玲一が面白く無い分、彼に対する虐待が、再開したのである。


叩く、殴る、蹴る、壊すと、ありとあらゆる非道が行われ、彼、菱川は、悪魔たちが要求する通りのリアクションをして見せた。

それはもちろん、菱川が弱いと言う主旨で言っているのではない。

彼と比較し、土岐玲一が、あまりにも「痛み」に強かった事を言いたいのだ。

それは、常識を遥かに超えた様な無関心さで、土岐玲一が人間の罪を一身に背負った、聖者にも見えてしまったほどだ。

だがもちろん、土岐玲一は聖者ではない。聖者ならば、菱川に移った虐待を見て、悪魔たちの鬼畜の所業を止めたはず。

その逆も然り。菱川も後任者の土岐が現れて、土岐への虐待が始まっても、それを止める事をせずに、目を閉じ、耳を塞ぎ、

口をつぐんだのであるから、彼が清らかであるとは言えない。

もっと言えば、一番罪深いのは誰でも無い、この俺だ。

暴行を止める事も、被害者を勇気づける事もせず、自分に白羽の矢が当たらない様に、日々怯えて生きているだけの俺が、

一番重い罪を背負っているのだと、今でも思っている。全てにおいて傍観者だったのだ。


 だが、ある日を境に、悪魔の宴は終わった。

もちろん、常識ある親が育てたとは思えない悪魔の彼らが、自発的に終わらせたのではない。

この「イジメ」と言う犯罪行為に加担したほとんどの者が、病院送りになり、結果としてイジメが消滅してしまったのである。

そのきっかけを作ったのは土岐玲一。イジメが菱川に戻ってから、一カ月も経ってない、昼休みの時間にそれは起きたのだ。


その日は、一カ月に一度の弁当持参の日。

初等部には学食が無く、完全給食制度を採用していたのだが、「親が作る心のこもった弁当を」と、学園側が提案して毎月施行されていた。


様々な盛り付けの、華やかな弁当を、仲の良い者たちが集まって食べる中、土岐と菱川は誰とも固まらずに、それぞれがポツンと独りで食べていた。

土岐は両親とも忙しかったのか、新聞紙に包まれたおにぎりを二個用意して、無表情でかぶり付いている。

もう一人の方の菱川は、誰にも見られない様に教科書を開いて、弁当を隠しながら食べていた。

人の皮を被った悪魔ならば、どちらに仕掛ければ、より楽しい結果が出るかなど、一目瞭然。

奴らは、菱川の元に赴き、彼が隠す弁当を、暴き始める。


嫌がる菱川を尻目に、奴らは教科書を叩いて吹っ飛ばし、菱川を両側から押さえつけ、彼の弁当を白日の下に晒しながら、こうはやし立てた。


「なんだよこれ、玉子焼きとキュウリだけかよ」


「ろくな米食ってねえんだな、茶色い米ってなんだよそれ。クッセ!」


「ギャハハ!汚ねえ奴には、汚ねえ弁当が、お似合いってか貧乏人」


やめろやめろと、必死になって抗議する菱川は、涙を流していた。

さすがに俺も我慢の限界だった、椅子から勢い良く立ち上がり、いい加減にしろ!と、言いかけた時だった。


あれだけ他人に無関心だった土岐が、既に立ち上がり、電光石火の勢いで、悪魔たちのリーダーに飛び掛かり、

馬乗りになって、顔面の中央を狙ってひたすら殴り続けたのだ。


 騒然とするクラス内。

周囲の悪魔たちも、最初は土岐に殴りかかったり、リーダーから引き剥がそうと、土岐に組み付いたりしたが、所詮は群れないと力を発揮しない雑魚の集団。

リーダーが鼻と口からダラダラと血を流して気を失ったとみるや、土岐は翻って、悪魔と言う悪魔を、片っ端から捕まえて、血ダルマに変えて行く。

ここで、遅ればせながら、担任教師の登場となるのだが、完全に時期を外していた。

事なかれで日和見で、自分を守る為には、どんな嘘も平気でつく、クズの見本の様な教師が身を乗り出した時には、全てが終わっていたのだ。


 あれだけ強いのに、何故彼は最初から、イジメに抵抗しなかったのか。何故最初から、菱川を守らなかったのか。

それがその時、脳裏に浮かんだ俺の疑問だった。だが結局は、それが明確な回答となって、自分の疑問を満足させる事は無かった。

悪魔のほとんどが病院送りとなり、また、土岐本人も殴り続けた影響で、拳から骨が飛び出して入院してしまったからだ。

そして、PTAや職員会議、保護者会議で大問題となったこの事件は、土岐の退院後、学年総クラス換えと、担任の更迭と言う措置で、闇に葬られた。

彼の後任のクラス担当が、藤間橙子に変わった事もあり、高槻の力が働いたと見て、良いのかも知れないが、その後学校に復帰した土岐が、新しいクラスメイトと、どんな関係を築いたかまでは分からない。


恐らくは、すぐ暴力に訴えたり、感情を抑える事の出来ない、危険な児童として、ほとんど誰も寄り付かなかったのではないかと考えている。

元々は、彼がイジメの被害者なのだと言う事は、完全に忘れられて、彼の危険なイメージだけが、独り立ちした形だ。


 結局土岐とはそれきりとなり、高等部で再会するまでは、別々のクラスで、別々の人生を歩んだ。

この大乱闘事件について、何故土岐は動いたのかと、彼から明確な回答を、引き出す機会は失われてしまった。

そして残ったのは、何故俺は、土岐より遅かったのかと言う、自責の念だけ。


 ……だが、俺は忘れてはいない……


菱川が悪魔たちに弁当を暴かれる前、教科書で弁当を隠しながらも、とても嬉しそうな顔で食べていた事を。

忙しかったであろう母親が、息子の為を思って、精一杯作ったであろう弁当を、その母親の気持ちが分かる菱川は、本当に嬉しそうな顔で食べていた。

俺も土岐も、その時の菱川の顔を、見ていたのだ。そして、菱川を想う母親の気持ちと、母を想う菱川の気持ちを、理解していたのだ。

だから、悪魔たちが菱川に襲いかかった際に、俺はキレて立ち上がり、土岐は悪魔たちに殴りかかったのだ。

つまり俺と土岐はその時、同じ認識を共有していたと言う事。


 【人の想いを踏みにじる奴は、絶対に許さない】


土岐もその時、そう感じたからこそ、自らの拳を、血に染めたのだと思う。


 だからこそ、何故だろう……、彼と肩を並べる事が出来なかった自分が、恥ずかしくてしょうがない。

 そしてもし、俺が今度、彼より早く動いたら、彼は俺と肩を並べて歩く事を、認めてくれるだろうかと、自問自答を続けている。


無表情で無関心、だけどその奥では、人の想いを守ろうとする熱い意志が、脈々と身体を巡る男。

俺は、そんな男に肩を並べたくて、今まで頑張って来た。当時、たまたまウチの店に寄った土岐の母親、花苗さんにも俺は約束した。


「土岐玲一は正しい!土岐は絶対俺が守る!」


 ……その約束を果たす時期が、ようやく来たのだ!……



 伽里田神社例大祭

 ひったくり犯の逃走で、騒然とする参拝客。


 ひったくり犯の妖魔と格闘するも左手を負傷し、進退窮まっていた玲一の前に現れた男性、その彼の手際良さに、圧倒される玲一。

そして、ひまりから勇者「宮代勇作」の真相を聞かされ、納得と苦笑を繰り返すクラリッタ。

そんな、2つのポイント以外にもう一つ、互いの意思が激しく衝突し、静かな戦いに包まれている場所があった。

場所はちょうど、ひまり達のいるテントと、ひったくりの妖魔と対峙している、玲一との、ちょうど中間の辺り。


夜店が並ぶ参道の真っ只中で、玲一を追いかけていたはずの、加納譲司が何かと対峙したまま、立ち止まっている。

玲一の妹、こよみには、無事に玲一を連れ戻すと約束していたはずなのだが、

迂闊に身動き出来ない…そんな、硬直した状況に、陥っていた。


一分、一秒でも早く、玲一の元に辿り着こうとする加納、その彼の目の前に立ちはだかったのは、意外にも女性。

それも、ドレッドノーツの一人、伝説の魔法使いである、グェンデュード・ウィルト。

もちろん、戸隠流忍術の裏師範代の加納は、彼女が何者なのかなど、既に知っている。


だが、その彼女が何故、仲間の系統のはずなのに、八百万組合の派生組織同士であるはずなのに、目の前に立ちはだかるのか。

それはつまり、加納が玲一の元に赴く事を、妨害する行為以外の何物でも無い。


 「何故?」と、一言漏らす加納ではあったのだが、動揺したのは、ほんの一瞬。

あくまでも、刹那の中で、微かに秒針が動いた瞬間だけ。

その後加納は、自らの精神の揺らぎを修正し、自分に課せられた使命と、友を想う気持ちを、取り戻した。

対峙する、グェンデュードと加納。グェンデュードは何かしら魔術を使っているのか、身体の節々が透けて見えている。実体ではないのかも知れない。


 だがしかし、加納に迷いは無い。ここが一つの戦場であるのだと認識し、静かに、両手両指を合わせる


 ……臨……兵……闘……者……皆……陣……


 九字の印、闘いの前のルーティン。

心霊力の全く無い加納が、これで巨大ガマガエルを出現させる訳では無い、幾重にも分身して、相手を惑わす訳でも無い。

忍者にとっての九字の印とはすなわち、心臓の鼓動を強制的に上げ、体中の筋肉へ血液を送る、パンプアップの意味がある。

そして、何よりもこれが重要なのだが、この九字の印を切る事で、平時の自分に別れを告げるのだ。つまりは、戦闘マシーンへの変貌。

精神を集中し、全ての雑念を排し、今、目の前にある危機に対して、全力でそれを駆逐する為の、切り替えスイッチであったのだ。


だが、千年以上も生き続け、誰よりも知識に長けるこの魔女が、忍者の覚悟を知らない訳が無い。

グェンデュードは慌てた声で、「お待ちなさい」と加納を制止する。

だが、加納は加納で印を切りつつも、「待つ理由が見付からない。邪魔をするなら、問答無用で排除する」と、冷淡に言ってのけた。


 加納は本気だ

推定年齢1400歳の魔女に向かい、殺気をたっぷりと込めた視線を放ち、それを隠そうともしていない。

それに気付いたグェンデュードは、加納と自分の間には、問答が全く意味を成さない事を悟り、逆に呆れる。

何故そこまで議論の余地を排し、徹底して彼を護れるのかと、感心しているのだ。


「恐ろしい子ね。さすがは、【かむなぎ】に従う忍者」


「かむなぎ様など関係無い、俺自身の意志で友を護る。さっき、あいつの妹にも約束したんだ」


「おやめなさい、若き忍者よ。いましばし、いましばしの間だけ……」


「訳も話さず道理を通すか?千年魔女よ。ならばあなたの意志ごと粉砕し、俺はまかり通る。その為に、この拳があるのだ」


加納は、ある種、人類を超越した驚愕の存在に対し、臆する事無くファイティングポーズを取る。

猫足立ちで腰を落とし、肩をすくめる様に両手を構える、俗に言う、骨法の構えだ。

酷く冷たい目で、グェンデュードを「物」の様に見詰める加納。

グェンデュードはグェンデュードで、一瞬加納の殺気にひるんだものの、今はそれに慌てる事無く、穏やかに加納を見詰め返し始める。


 このまま対峙を続けて、いたずらに時間を消費すれば、それ即ちグェンデュードの勝ちとなる。

何故なら、加納の足止めをする為に彼女は現れたのであり、加納と玲一を合流させない事が、彼女の最終目標であるのだから。

だが、グェンデュードは、そのまま沈黙を続け、結果として成果を得る事を、良しとしなかった。

加納にも、彼女が抱く理由を、理解して貰いたかったのである。加納に分かって貰いたかったのである。

だから彼女は、沈黙を止め、口を開く。


「……今、勇者が、迦楼羅持つ者の力量を計っています。迦楼羅持つ者を護るべきか、それとも排するべきか。」


「……宮代勇作。そんな、そんなくだらない事で、人を動かすのか!」


しびれるほどに冷酷で、氷点下の殺気に包まれていた加納であったが、グェンデュードのこの一言で、灼熱の怒気がメラメラと湧き上がって来る。

ひったくり犯を追う玲一に、降りかかる命の危険。ひったくり犯に逆襲される恐れもあり、また、単独犯ではなく妖魔の組織犯罪に巻き込まれる可能性もある。

それを、「勇者一行」は、力量を計りたいからと、玲一の危険を省みていない。


そもそも、グェンデュードにとっては、宮代勇作が一番重要なのだろう。だから、単独の玲一に降りかかる危険性を考慮に入れていない。

もし、玲一が危険に陥っても、宮代勇作がいると言う慢心なのか確信かが、彼女の根底に存在している。

そこで加納は気付いたのだ、千年魔女の抱く優先順位を。誰が大切で、誰が不要かを肌で感じたのである。


「なるほど、この街に勇者は二人もいらないと。酷くナメた真似をしてくれたな、千年魔女よ。勇者が二人もいらないなら、宮代勇作を排除する方法だってある事、ゆめゆめ忘れるなよ!」


「待って、それは誤解よ!勇作は何も知らない!シャイな彼の為に、土岐玲一と出会う機会を作りたかったの。あくまでも私の判断で、勇作は一切関係無いわ!」


グェンデュードが、加納に対して、乞う様に叫んだ時、

玲一がひったくり犯を追って消えて行った先、住宅街と参道との起点から、

「犯人捕まえたぞ!」「警察、早く警察に連絡を!」と、ザワめきと歓声が聞こえて来る。

どうやら、ひったくりの犯人が捕まった様だ。


「ちいっ!」


グェンデュードとの対峙で、思わぬ時間を取ってしまった加納。

まんまと、グェンデュードにしてやられたと感じたのか、舌打ちを一つ残し、「シュン!」と、風の様に姿を消す。


「あっ!?」


加納が見せた、予想外の動きに驚くグェンデュード。もう既に、そこには加納の気配は無い。

加納は、推定年齢1400歳の魔女を目の前にしながらも、見せた、魅せたのだ。戸隠流忍術の電撃的な身体さばきを。

そして彼は、残して行った。グェンデュードにだけ判る、小さな囁き声だけを、そこに残して行ったのだ。

(……土岐玲一は勇者ではない、王者だ。履き違えるなよ、夢追い人よ……)と、


「ふう…」


呆れ顔のグェンデュード。ため息を一つ漏らしながら、苦笑し始める。

もちろんそれは、加納をあざけ笑った訳では無い。

加納が最後に残した言葉、その言葉を噛み締めて、苦笑いしたのだ。


「土岐玲一は王者…か。フフッ、なかなかどうして、上手い事を言う」


目を伏せ、自嘲気味に微かな笑みを漏らしながら、夢追い人で何が悪い、とポツリと一言。

そのまま、グェンデュードは小さな竜巻の中で霧になり、完全に姿を消した。




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