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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「伽里田神社強盗事件」編
40/74

風のグェンデュード


「お兄ちゃん、釣れた、釣れたよ!」


金魚すくいの屋台で、水槽を前にしゃがむ兄妹。

何度かトライしたが失敗を重ね、グズりながらもこようやく、こよみは金魚一匹をゲットした。

どうする?まだ欲しいか?と、玲一は引き続き、金魚すくいをやるかと、こよみに聞くが、

こよみは、まだまだ色んな夜店で、兄にねだりたい事があるのか、金魚はこれで充分と、次に行きたい夜店を模索し始めた。


そんな、仲の良い兄弟の光景を、遠くのテントから、ほのぼのと見詰める、オカルト研究会のメンバー達。

春先の良い思い出で終わりそうな、そんな穏やかな時間の流れに、みんなが包まれていた時、突如、それは起こった。


玲一達の耳に、老婆の微かな悲鳴が、聞こえて来たのである。


「……誰か、誰か助けて!ひったくりよ!……」


その声に気付いた玲一、声の方向に顔を向けると、

人ごみの中から、玲一の目の前にいきなり現れた男が、一陣の風の様な勢いで、

「ドン!」と、玲一に肩をぶつけながら、再び人ごみの中へと、慌てて走り去って行く。


「痛てて!」


一瞬よろめくが、何とか体制を立て直した玲一。

心配そうな顔で兄を気遣うこよみに、「こよみ、テントに戻れ。クラリッタ達と一瞬にいるんだ!」と命令し、

玲一はそのまま全力疾走で、逃げて行った男の後を追い掛け始める。


「お兄ちゃん!」


呆然とするこよみ。だが、老婆の叫び声と、玲一達の異変に気付いた加納が、電光石火の速さで動き、こよみの元へ。


「こよみちゃん、テントに戻るんだ。土岐は俺が守る」


こよみがテントに移動する事を促し、加納も玲一の後を追う様にと、雑踏へと姿を消した。

そして、ひまり達オカルト研究会のメンバーも、加納を追おうと席を立った時、彼女がいきなり現れたのだ。


「言ったはずよ、今日はあなた達、のんびりしてなさいって♪」


「ひっ!」


ひまり達の目の前にいきなり、音も立てず、瞬間的に、「ドレッドノーツ」の一人である、ウィルト女史が現れたのだ。

それも、身体のあちこちが、まるで煙の様にゆらゆらと揺れ、背景が透けて見える、異様な姿で現れ、そして行動を起こそうとしたひまり達を、優雅な声で制止したのだ。


「土岐玲一の妹を心配させてはダメ。それに、今日は私達の番だから、のんびり羽を伸ばしてなさいな」


「はぅわ…、魔女力はんぱねぇぇ」


腰を抜かした様に、カクンと、椅子に再び座り直したひまり。

メンバー達にも、椅子に座る様に促し、ウィルトのユニットに任せる事を提案する。


「玲一は大丈夫?大丈夫なんでしょうね!」


「安心しなさい、ヴァンパイアハンター。もう彼が、追い付いているはず」


「…いよいよ、あの人の登場ですか♪」


「そう言う事だひまり、皆も安心して待っていたまえ。では、私は行くよ」と、ウィルトはその言葉を残し、小さなつむじ風となって、あっという間に消え去った。


ヴァンパイア・ハンターのクラリッタをしても、人がいきなり現れ、そしていきなり消える、こんな光景は初めて見たのであろう。

「…なんなの、あの人」と、目を白黒させながら、口をあんぐりと開け、呆けている。


 八百万組合に出先機関、下部組織が無数にあり、オカルト研究会は、人類と妖魔の、トラブルシューター、調停係として存在している。

あくまでも、オカルト研究会は、青嵐学園のサークルの一つであったのだが、土地神、伽里田神社の鎮守様が、伸暁真琴として誕生し、

人として成長している真琴の、未成年時代を過ごす為の組織であった。

だが、真琴の調停能力が卓越しており、真琴の鎮守の神としての能力が開花したからこそ、オカルト研究会が、街のトラブルシューティングに乗り出しただけで、

厳密に言うと、本来オカルト研究会は、その役目を負う組織ではない。あくまでも基本は、真琴の「揺りかご」である。

そして本来、鉄火場 (紛争地域)に飛び込み、ありとあらゆるトラブルを解決する機関が【ドレッドノーツ】

ウィルトを含む彼らこそが、本物のトラブルシューターなのだ。


「今の方が、ドレッドノーツの一人、【魔女】のウィルト女史だ」


「ドレッドノーツ、あの人が!?それに…魔女?魔女なんて、本当にいるの!?」


 クラリッタは、是が非でも、独走した玲一を追い掛け、彼の力になろうと思っていた。

何故なら、ヴァンパイアハンターの称号を得てからと言うものの、家族の分まで、今は亡き家族やチームの為に、

そして由緒正しきハーカーの名前を汚さぬ様に、孤独の淵で独り、自分を痛めつける様に鍛え、そして、戦士としての矜持を、常に自分に課して来た。

だが、訪日した後、この国の対妖魔戦略に絶望していた彼女に、この街で出会った土岐玲一はこう言ってくれた。


 ーー過去のいきさつは分からないけど、君は心に傷を負って、それを乗り越える為に、ずっと頑張って来た。そうだろ?

自分が何とかしなきゃ、自分が常に先頭に立たなきゃ……と、自分をどんどん追い込んでいたはずだ。

でも、それじゃ結局、過去に囚われているだけなんだ。先に進んでいないんだよ、クラリッタ。

だから、だから俺を信じろ。加納を信じろ。先に進むんだ。独りじゃなくて、俺たちで先に進むんだよーー


この彼の言葉に、クラリッタはどれだけ救われた事か。

そして、たまに加納の存在が邪魔に感じる事もあるが、玲一との時間が、彼の存在が、どんどんと自分にとって貴重なものになって行く。

だからこそ、「すこやかなる時も、病める時も」彼の隣にいようと、心に決めていたのだ。

特に、「病める時」。彼が独走したり、トラブルに見舞われた際は、どんな事をしようと、それこそ、世界を敵に回してでも彼を護ろうと決意していたのである。

思春期の少女としての、異性に対する恋愛感情もさる事ながら、彼女のそれには、戦士同士、戦友としての意識も、過分に含まれていた事に、間違いはない。

何故なら今回も既に、異変を感じた際に、彼女は抜いていたのだ。スカートの中に隠し持っていた、愛銃のサイドアーム「SIGザウエル」を。

老婆の悲鳴を闘いのゴングとする。そして玲一が独走を始め、彼を追う様に、加納も目の前から消えた。


口惜しかったのである。出遅れてしまった自分が許せなかったのである。


だがクラリッタは、突如現れたドレッドノーツの一人、ウィルト女史をその目で見た。

彼女の容姿を、そして彼女の能力の片鱗を。ひまりが言った【魔女】の能力…、人間の能力を遥かに超えた、神秘の力を。

人知を超えた存在である、妖魔との闘いに明け暮れた、ハーカー家の頭首、クラリッタ・ハーカー。

だが、その彼女をもってしても、「人知を超えた人」を見るのは初めて。

彼女だからこそ、今まで散々人ならざる者と闘って来たからこそ、魔女の出現を、神の領域の出来事に感じて畏れおののき、つい、彼女の言葉に従ってしまったのであった。


「皆さん、お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!」


「こよみちゃん、大丈夫、大丈夫だよ。私達の仲間が、既に向かってる。君は私達と一緒に、ここでお兄ちゃんが帰って来るのを待とう」


テント小屋に慌てて走って来たこよみ。

その、不安げな表情を見せるこよみを、席に座らせ、ひまり達は、なだめながら落ち着かせる。


「…こよみちゃん…これ、飲んで…」


口元に、ぎこちない微笑みをたたえながら、菊はこよみに、ホットチョコレートを渡した。

こよみが礼を言いながらそれを受け取り、逆に周りの仲間を心配させない様に、健気にも不安げな表情を押し殺す。


 幾分空気が落ち着いて来た、テント内。すると、ふと、自分を刺すような視線に、ひまりが気が付く。

クラリッタが、ひまりを「じぃぃぃ」っと見詰める、その視線の力を。

まるで、疾風の様に去って行ったウィルト女史について、「教えろ教えろ」「聞かせろ聞かせろ」と、

瞳から発せられる、半端ではない好奇心光線が、猛然とひまりを照射していたのだ。


苦笑しながら、軽くため息を吐くひまり。

それは、クラリッタに対する嫌悪感では無く、長い話をしなきゃならなくなり、

面倒臭えなあと言う、怠惰のため息である。


「…聞きたい?」


頭を上下にガクンガクンと揺らし、瞳をここぞとばかりにキラキラと輝かせるクラリッタ。

もはや彼女は、玲一と行動出来なかった自分の不満を払しょくさせる為にも、自分自身の好奇心に対し、忠実な奴隷と化していたのだ。


「彼女…、ウィルト女史を、さっきは魔女と表現したが、厳密に言うと、彼女は魔法使い。もっと言えば、

魔導学を極めたバケ学系のソーサラーとは毛色が違い、自然学・生命魔力学を極めた、ケルト系のドルイド(司祭)だ」


「ドルイド!? ふわあ、私、初めて見た!」


「だろうな。ドルイドは基本、都会は好まん。この地の特殊な事情が無ければ、彼女は森の中で、姿すら見せんだろうよ」


 一概に、魔法使いと言っても、そのルーツ、その学術の流派は、それこそ多岐に渡る。

一般的なイメージとして、ローブをまとい、ローブをかぶり、杖を持って呪文を唱える。

これが、魔法を学術として認識し、それを術として行使するソーサラーである。

そう言う魔法使いとウィルト女史とは、全く違う。


彼女は、古代ケルト民族、アイルランド神話体系で、ドルイド(司祭)の身にあった人物で、

森や木々に神秘性を位置付け、魔法科学でも、錬金術でも無く、

大自然の中に、魔力体系を構築し、自分の物として来た人物なのだ。


「ドルイドの存在は、聞いた事があったけど、まさか本物に会えるとは」


腕を組み、感心しながら、ひまりの説明に真剣な眼差しで傾聴するクラリッタの姿を見て、ノッテ来たひまり。

一瞬、この先の話を続ける事に躊躇するのだが、弁士としての調子が上がって来ていたのか、ついつい「まあ、どうせその内に知るだろうから」と、

ウィルト女史の個人的な情報までも、語り始めた。


「クラリッタ。ドルイドと言って、思い出す人物って、誰?」


「そりゃあもちろん、アーサー王伝説に登場する、魔術師マーリンよね」


「そうね、魔術師マーリンが妥当な線よね。ならば、魔術師マーリンのモデルとなった人物って、知ってる?」


「ええ?マーリンのモデルとなった人物?…実在した人物?そんな人がいたのですか?」


「魔術師マーリンのモデルとなった人物は、いたよ。魔術師ではなく、予言者としての立場を、確立した人物がね」


「予言者ですか…、むむむ、さすがにわかりません」


「名前はミルディン。西暦6世紀頃の人物で、予言者とも、狂人とも呼ばれた人。フルネームは、ミルディン・ウィルト」


「…ウィルト!?」


「ふふっ、ピンと来たかな。ミルディンには、双子の妹がいたのよ。名前はグェンデュード・ウィルト。もちろん彼女はドルイドで、自然魔法のスペシャリスト」


「ま、まさか?さっきの…ドレッドノーツの一人が?」


「そう、推定1400歳!ドレッドノーツのメンバー。風のグェンデュードとは、彼女の事よ」


 両手の拳を自分の腰に当て、「えっへん!」と、自慢のポーズ。

クラリッタは腰を抜かさん勢いで、「スゲー…!」と、しきりに感嘆を繰り返す。


すると、いつの間にこの話を聞きつけたのか、ひまりの背後にうっすらと、人型の煙が生じる。

その煙は、みるみるうちにグェンデュードの身体を形作り、グェンデュードの口元は、背後からひまりの耳元へ。


「いけない子ね、歳の話はしちゃイヤよって、あれほど言ったのに」


「は!?あわわわ…!」


「あなたには罰を与えないとね。教会にいるあなたのお父様に、あなたの娘さんは、ベッドの下に、裸の少年同士が戯れる、いけないマンガを隠してますって、言っちゃお」


「……許してつかあさい」



ひまり、自業自得でピンチ

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