聖職者の尊厳
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その日の夜、時刻は19時。
いよいよ太陽が、善光寺平を囲む西の山々の背中に向かって沈み、雲一つ無い月夜が街を覆う。
標高の高い田舎街で、星の降る時間が始まったと言う事は、祭りが一番盛り上がる時間が、始まったと言う事。
三登山の中腹にある伽里田神社、その参道の両側にズラリと夜店が並び、
夜店の電灯が一筋の道となって、街に森にと、煌々と映えている。
この時間帯から、祭りの締めである、奉納の舞いまでの時間、人々がごった返しになって祭りを満喫する、最高潮の時間帯である。
昼間に育成会の子供達が、山車だしを引き回し、街中を練り歩いたのだが、
今度は青年団、消防団が主体となり、はっぴにふんどし姿で、この時間帯から山車回しを開始。
祭り囃子をBGMに街中を練り歩き、その山車が伽里田神社に戻って来るのが、だいたい22時頃。
そして、山車が神社に戻って来た所で、祭りはクライマックス。巫女の伸暁真琴が、奉納の舞いを「自分自身に」献上するのだ。
広島風お好み焼き、たこ焼き、ねぎ焼き、牛串焼き、イカ焼き、
綿あめ、キャラクターお面、リンゴ飴、クレープ、金魚すくい、
ボンボン釣り、射的、くじ引きなどなど。
ありとあらゆる出店が並び、既に大勢の人々の笑顔が溢れ出した、伽里田神社の参道。
その参道の起点となる入り口、一の鳥居前で、予定通り、玲一達一行は合流した。
玲一を先頭に参道の階段を登る仲間たち、口を「ω」の字に結びながら頬を紅潮させ、夜店の魔力に魅入られている、妹のこよみ。
そして、あれ?もしかして、ちょっとだけ…うっすら化粧してる?と、相手に思わせる、勝負心満載のクラリッタ。
更に、通り過ぎて行く少年達から、たまに「先生、こんばんは♪」「先生、お疲れ様です」と、丁寧な挨拶を貰う、加納。
合計4人、笑顔で参道を見上げ、「先ずは鎮守様にお参りしてから」と、夜店の誘惑と闘いながら、神社を目指す事に。
道中、加納が玲一達に説明する。
以前は、全国規模の露天商組合に依頼し、祭りの夜店は全て、露天商組合に取り仕切って貰っていたが、
近年の人口の無国籍化の波に乗り、外国人露天商が流入。
また、地域おこし、村おこしの風潮を受け、地元商店会も、出店するに至る。
そうなると、店を出したくて、人間社会の真似をしたくて、ウズウズして来る勢力もある。
「フフフ、なるほど。八百万組合も、店を出してるのね」
「妖魔と言うのは正解だが、八百万組合とはちょっと違う。八百万組合を構成する、下部組織の一つで、商売専門の団体、【恵比寿会】の連中だ」
「…良く知ってるなぁ、加納」
「こんなの知識でも何でも無いよ。商店街情報なんか、親の口からいくらでも出て来る」
伽里田神社の本殿に到着した玲一達。ごった返す人ごみに混ざり、お賽銭を供え、お祈りを終わらせた。
「さあ、神妙な時間は終わり。夜店行こう♪」
クラリッタは、ニコニコと、笑顔でこよみの背中に手を回す。
しらかば通り乱闘事件後、恋のライバルとしてクラリッタを認識していたこよみも、いつの間にか今日だけは完全に童心に戻り、
クラリッタに笑顔で答えながら、「お兄ちゃん、お腹空いたよぅ」と連呼、玲一の袖を引っ張り、夜店へと急かす。
玲一は苦笑しながら、じゃあ夜店回りしようかと、階段を下り、夜店が待つ参道へと戻って行った。
よりどりみどりの夜店。半端では無く目移りしてしまう中、それぞれがそれぞれに、希望を言い合うのだが、
「お兄ちゃん、私焼きそば食べたい」
「私はおでん!おでんが食べたい♪」
「ドネルケバブか、興味深いな」
「牛串…美味そうだなあ。つか、みんなバラバラだな」
それぞれに、食に対する好みが違うのは道理。
加納は、地元商店街が設営した「イートイン・スペース」と表示された、テーブルや椅子が置かれたテント小屋で、
席を設けて、各自バラバラにならない様に、好きな物を食べようと、提案する。
加納の案は、全員一致で可決し、商店街のテント小屋へ。
すると、そこで見慣れた二人の人物を、玲一達は発見したのだ。
「部長!菊先輩!どうしたんですか?」
そこにいたのは、オカルト研究会の部長、氷見ひまりと、副部長の丞定菊。
テーブルの一角に陣取り、何やら「どよおん」とした空気を放ちながら、
夜店で購入して来た、様々な料理を目の前に、ガツガツと、むさぼる様に平らげていたのだ。
もちろん、食に夢中になっているのはひまり。
菊は無理やり付き合わされているのか、甘酒をチビリチビリと、飲んでいるだけ。
「暇になっちゃったのよ…」
「暇に?」
「今日はね、本当は私達、祭りの警護とか、トラブルシューティングに出動する予定だったの」
「あれ?俺たちは良いんですか?」
ふてくされた顔で、ひまりは玲一達に説明する。
玲一達には、祭りを楽しんで欲しくて、あえて、呼ばなかった事。
そして、自分と菊で警備をする予定が、「ドレッドノーツのウィルト女史」の一声で、完全オフ。
更に、ひまりを苦しめるかの様な、悪魔の一言を…
「ふひひひ!あの魔女、言うに事欠いて、せっかくの祭りなんだから、男と遊べと言ったのよ。
男がいれば、彼氏がいれば…私だって、こんな所でヤケ食いなんかしてないっての!」
「あああ…」と、無表情で納得する一同。
この部長、綺麗で良い女なんだろうけど、何かがおかしい。
ストレートロングの黒髪は、無造作に伸ばしたのではなく、つねにバランスを考えてカットを重ねた艶々で上品な髪で、
綺麗なおでこと黒縁眼鏡の、顔面におけるバランス配置も抜群で、可愛くも見え、上品にも見え、そして純情可憐さも醸し出している。
だが、おかしいのだ。この部長、何かがおかしくて、仲間たちから「男子ウケしない」と思われている。
そして、その答えを唐突に、丞定菊が口にする。衝撃的な内容を伴って
「ひまりは、裸の…少年同士…ラブラブしてるマンガ…、読んでる暇…あるなら」
「おおっと、お菊さん!それ以上は言うな。私の尊厳に関わる!」
「おい、聖職者」
苦笑いしながら突っ込みを入れる玲一、クラリッタはこよみの背中に手を回し、
「こよみちゃんはダメ、こんな汚れた大人の話、早く忘れてね」と、場所を移動しようとする。
大笑いする加納、ひまりは必死になって菊に抗議するが、じゃあそれは菊がついた嘘なのかと、仲間に詰め寄られると、
照れ笑いで誤魔化し、結局真実じゃないのかと、仲間たちをドン引きさせた。
結局、ひまりも菊も、玲一達に合流し、真琴を除く、オカルト研究会メンバーがそろった。
場所も確保した事だしと、それぞれがそれぞれに、食べたい物を夜店で買い出しし、再びテーブルへと集合する。
クラリッタの提案で、程良く冷えた、ラムネで乾杯。
一同は、購入した様々なB級グルメに、舌鼓を打ち始める。
「クラリッタ、おでんのチョイスは尊敬に値するが、こんにゃくばっかりって、何の罰ゲームだよ」
「むう~!、こんにゃく好きなのよ。加納だって、たこ焼きだらけじゃない!」
「味よし…カロリー低い…腹持ちよし…。こんにゃくは好き」
「菊先輩まで、クラリッタの味方に」
「玲一の牛串、私にも一本ちょうだい♪」
「…何故だ、何故私が買って来たチョコバナナに、誰も手をつけない?」
「さっきの部長の一件から、この流れ。下ネタとしか思えん」
「加納、ゴォルァッ!」
酒も入っていないのに、賑やかな集団と化している玲一達。
すると、玲一達のいるテント小屋から、参道を挟んで、ちょうど反対側。
仕込みが遅れていて、やっと今開店したのか、女性店主が景気の良い声を上げ始めた。
「遅くなりましたが、居酒屋弦太郎・伽里田神社支店、ただいま開店しました!当店名物、手羽先揚げ!フライド・チキンウィング、最高ですよぉ!」
居酒屋弦太郎
4月に、泥酔サラリーマン達と妖魔の騒動があった店。そして、その居酒屋の経営者は……
聞こえて来た、景気の良い声に「ピン」と来たクラリッタ。
目を凝らし、参道を挟んで、向かいに構えた夜店で、声を出す人物を見詰める。
「ああああ…やっぱり」
自分のこめかみに、指を添え、痛々しい表情を浮かべる。
それもそのはず。居酒屋弦太郎の出店の中で、参拝客に向かい、誰よりも大きな声を掛けるのは、居酒屋弦太郎の経営者、エカテリーナ・シェノワ。
エプロン姿に、三角巾を頭に被る、最怖のヴァンパイアがなんと、「そこのお兄さん、手羽先揚げおひとついかが?」
「おばあちゃん、手羽先揚げ美味しいですよ」と、快活に声を出しているのである。
人類が最も怖れる闇の一つ、最強最悪の吸血鬼。ノスフェラトゥ級のヴァンパイアであるエカテリーナが、
「お客様命!」「お客様は神様です」と、顧客満足主義を体現していれば、それを見たクラリッタが、ウンザリするのもうなづける。
あんな人間的な姿を見せつけられて、狩れる訳が無いのだと。
「俺、何か手羽先揚げ食べたくなって来た。どうする、こよみも食べるか?」
「あっ、食べたい。食べてみたいよ」
じゃあ、俺行ってくるから待ってろよ、と、玲一は参道の反対側、居酒屋弦太郎の出店に赴く。
何度も土岐宅を訪れている、オカルト研究会メンバーは、既にこよみとも仲良くなっており、
玲一を間に置かなくても、かしましく会話に華を咲かせている。
「いらっしゃいませ♪」
「手羽先揚げ、2パックください」
「2パックですね、ありがとうございます。合計で1000円ちょうだいします」
エカテリーナ・シェノワの顔は知っている。エカテリーナも、玲一の顔は知っている。
あの騒動の後、純喫茶黙示録で、互いに顔を合わせているからだ。
だが、今回の目的は、手羽先揚げを購入するだけ。彼女がヴァンパイアだからと、騒ぐのはマナー違反。
そう考えた玲一は、まるで知らんぷりをし、客として、店の前に立ったのだ。
……それにしても……
周囲の賑やかな屋台、夜店、出店と、行き交う人々を見回す玲一。
あちらこちらに見える、老若男女、全ての人々の笑顔に、感化されたのか、
……今ごろ、設楽寺さんや、ロロも、祭りを楽しんでるのかな?楽しんでいて欲しいな……
と、知り合ったばかりで、連絡先すら知らない友人に、思いを馳せる。
すると、「お待たせしました♪」と、エカテリーナが声を掛ける。
最高の笑顔で、玲一に商品を渡すと玲一は、「どうも」と言いながら、軽く会釈。
揚げ立てで熱々の手羽先揚げを、こよみや仲間達の待つテントへ持ち帰った。
この時、玲一も、そしてオカルト研究会のメンバーも、気付いていなかったのだが、
彼等を見詰める瞳、夜店から少し離れた林の中から、合計で6つの瞳があった。
殺意や敵視ではなく、あくまでも冷静に玲一達を見詰める、6つの瞳とは、
青嵐学園の生徒会長、義仲藤十郎と、生徒会副会長の橋詰佐緒里、そして、風紀委員長の君嶋ちなみ。
青嵐学園の代表格3名が、イカ焼きとたこ焼きと、焼きそばをすすりながら、
静かに…、静かに、玲一達の動向を見詰めていたのである。
「ああ…、焼きそば失敗しました。これ、作り置きの生ぬるいヤツです」
「あらあらまあまあ、ならば、こちらのたこ焼きをつまんで♪たこ焼きは熱いですよ」
「むう?土岐玲一が動くぞ」
「ハフハフ…、妹を連れ出しましたね」
「ハフハフ…、金魚すくいで立ち止まりましたね」
「こういう日は、彼奴の回りで、妖魔絡みのトラブルが起きる。そう踏んでおったが、存外平和である!」
「ハフハフ…、そうですね、平和です」
「ハフハフ…、馬鹿らしくなって来たわ、我は帰る!」
「あら、義仲様。帰る前に、買って行かなくて良ろしいのですか?クレープ」
「む、失念しておった。母に頼まれておったな、その…クレエープなる物を」
「ハフハフ…、それを言うなら、クレープです」
「……」
生徒会役員達は、何とも言いようの無い、虚無感に包まれたまま、煌々と無数の電気が輝く、夜店の中へと消えて行った。
確かに、この時点においては、平和そのものであった。すべての人々、妖魔たちが、祭りを楽しんでいた。
だが、この後に起こる大騒動において、玲一が再び台風の目になり、再び病院送りになる事を、まだ誰も知らない。
ただ、ただ一人、ドレッドノーツのウィルト女子が、ひまりに語った一言、「今日はひと騒動ある」。
これを語った本人だけが、見えていたのかも知れなかった。




