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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「伽里田神社強盗事件」編
39/74

聖職者の尊厳


 その日の夜、時刻は19時。

いよいよ太陽が、善光寺平を囲む西の山々の背中に向かって沈み、雲一つ無い月夜が街を覆う。

標高の高い田舎街で、星の降る時間が始まったと言う事は、祭りが一番盛り上がる時間が、始まったと言う事。

三登山の中腹にある伽里田神社、その参道の両側にズラリと夜店が並び、

夜店の電灯が一筋の道となって、街に森にと、煌々と映えている。


 この時間帯から、祭りの締めである、奉納の舞いまでの時間、人々がごった返しになって祭りを満喫する、最高潮の時間帯である。

昼間に育成会の子供達が、山車だしを引き回し、街中を練り歩いたのだが、

今度は青年団、消防団が主体となり、はっぴにふんどし姿で、この時間帯から山車回しを開始。

祭り囃子をBGMに街中を練り歩き、その山車が伽里田神社に戻って来るのが、だいたい22時頃。

そして、山車が神社に戻って来た所で、祭りはクライマックス。巫女の伸暁真琴が、奉納の舞いを「自分自身に」献上するのだ。


広島風お好み焼き、たこ焼き、ねぎ焼き、牛串焼き、イカ焼き、

綿あめ、キャラクターお面、リンゴ飴、クレープ、金魚すくい、

ボンボン釣り、射的、くじ引きなどなど。

ありとあらゆる出店が並び、既に大勢の人々の笑顔が溢れ出した、伽里田神社の参道。

その参道の起点となる入り口、一の鳥居前で、予定通り、玲一達一行は合流した。


 玲一を先頭に参道の階段を登る仲間たち、口を「ω」の字に結びながら頬を紅潮させ、夜店の魔力に魅入られている、妹のこよみ。

そして、あれ?もしかして、ちょっとだけ…うっすら化粧してる?と、相手に思わせる、勝負心満載のクラリッタ。

更に、通り過ぎて行く少年達から、たまに「先生、こんばんは♪」「先生、お疲れ様です」と、丁寧な挨拶を貰う、加納。

合計4人、笑顔で参道を見上げ、「先ずは鎮守様にお参りしてから」と、夜店の誘惑と闘いながら、神社を目指す事に。


 道中、加納が玲一達に説明する。

以前は、全国規模の露天商組合に依頼し、祭りの夜店は全て、露天商組合に取り仕切って貰っていたが、

近年の人口の無国籍化の波に乗り、外国人露天商が流入。

また、地域おこし、村おこしの風潮を受け、地元商店会も、出店するに至る。

そうなると、店を出したくて、人間社会の真似をしたくて、ウズウズして来る勢力もある。


「フフフ、なるほど。八百万組合も、店を出してるのね」


「妖魔と言うのは正解だが、八百万組合とはちょっと違う。八百万組合を構成する、下部組織の一つで、商売専門の団体、【恵比寿会】の連中だ」


「…良く知ってるなぁ、加納」


「こんなの知識でも何でも無いよ。商店街情報なんか、親の口からいくらでも出て来る」


伽里田神社の本殿に到着した玲一達。ごった返す人ごみに混ざり、お賽銭を供え、お祈りを終わらせた。


「さあ、神妙な時間は終わり。夜店行こう♪」


クラリッタは、ニコニコと、笑顔でこよみの背中に手を回す。

しらかば通り乱闘事件後、恋のライバルとしてクラリッタを認識していたこよみも、いつの間にか今日だけは完全に童心に戻り、

クラリッタに笑顔で答えながら、「お兄ちゃん、お腹空いたよぅ」と連呼、玲一の袖を引っ張り、夜店へと急かす。

玲一は苦笑しながら、じゃあ夜店回りしようかと、階段を下り、夜店が待つ参道へと戻って行った。


 よりどりみどりの夜店。半端では無く目移りしてしまう中、それぞれがそれぞれに、希望を言い合うのだが、


「お兄ちゃん、私焼きそば食べたい」


「私はおでん!おでんが食べたい♪」


「ドネルケバブか、興味深いな」


「牛串…美味そうだなあ。つか、みんなバラバラだな」


それぞれに、食に対する好みが違うのは道理。

加納は、地元商店街が設営した「イートイン・スペース」と表示された、テーブルや椅子が置かれたテント小屋で、

席を設けて、各自バラバラにならない様に、好きな物を食べようと、提案する。

加納の案は、全員一致で可決し、商店街のテント小屋へ。


すると、そこで見慣れた二人の人物を、玲一達は発見したのだ。


「部長!菊先輩!どうしたんですか?」


そこにいたのは、オカルト研究会の部長、氷見ひまりと、副部長の丞定菊。

テーブルの一角に陣取り、何やら「どよおん」とした空気を放ちながら、

夜店で購入して来た、様々な料理を目の前に、ガツガツと、むさぼる様に平らげていたのだ。

もちろん、食に夢中になっているのはひまり。

菊は無理やり付き合わされているのか、甘酒をチビリチビリと、飲んでいるだけ。


「暇になっちゃったのよ…」


「暇に?」


「今日はね、本当は私達、祭りの警護とか、トラブルシューティングに出動する予定だったの」


「あれ?俺たちは良いんですか?」


ふてくされた顔で、ひまりは玲一達に説明する。

玲一達には、祭りを楽しんで欲しくて、あえて、呼ばなかった事。

そして、自分と菊で警備をする予定が、「ドレッドノーツのウィルト女史」の一声で、完全オフ。

更に、ひまりを苦しめるかの様な、悪魔の一言を…


「ふひひひ!あの魔女、言うに事欠いて、せっかくの祭りなんだから、男と遊べと言ったのよ。

男がいれば、彼氏がいれば…私だって、こんな所でヤケ食いなんかしてないっての!」


「あああ…」と、無表情で納得する一同。

この部長、綺麗で良い女なんだろうけど、何かがおかしい。

ストレートロングの黒髪は、無造作に伸ばしたのではなく、つねにバランスを考えてカットを重ねた艶々で上品な髪で、

綺麗なおでこと黒縁眼鏡の、顔面におけるバランス配置も抜群で、可愛くも見え、上品にも見え、そして純情可憐さも醸し出している。

だが、おかしいのだ。この部長、何かがおかしくて、仲間たちから「男子ウケしない」と思われている。

そして、その答えを唐突に、丞定菊が口にする。衝撃的な内容を伴って


「ひまりは、裸の…少年同士…ラブラブしてるマンガ…、読んでる暇…あるなら」


「おおっと、お菊さん!それ以上は言うな。私の尊厳に関わる!」


「おい、聖職者」


苦笑いしながら突っ込みを入れる玲一、クラリッタはこよみの背中に手を回し、

「こよみちゃんはダメ、こんな汚れた大人の話、早く忘れてね」と、場所を移動しようとする。

大笑いする加納、ひまりは必死になって菊に抗議するが、じゃあそれは菊がついた嘘なのかと、仲間に詰め寄られると、

照れ笑いで誤魔化し、結局真実じゃないのかと、仲間たちをドン引きさせた。


 結局、ひまりも菊も、玲一達に合流し、真琴を除く、オカルト研究会メンバーがそろった。

場所も確保した事だしと、それぞれがそれぞれに、食べたい物を夜店で買い出しし、再びテーブルへと集合する。

クラリッタの提案で、程良く冷えた、ラムネで乾杯。

一同は、購入した様々なB級グルメに、舌鼓を打ち始める。


「クラリッタ、おでんのチョイスは尊敬に値するが、こんにゃくばっかりって、何の罰ゲームだよ」


「むう~!、こんにゃく好きなのよ。加納だって、たこ焼きだらけじゃない!」


「味よし…カロリー低い…腹持ちよし…。こんにゃくは好き」


「菊先輩まで、クラリッタの味方に」


「玲一の牛串、私にも一本ちょうだい♪」


「…何故だ、何故私が買って来たチョコバナナに、誰も手をつけない?」


「さっきの部長の一件から、この流れ。下ネタとしか思えん」


「加納、ゴォルァッ!」


酒も入っていないのに、賑やかな集団と化している玲一達。

すると、玲一達のいるテント小屋から、参道を挟んで、ちょうど反対側。

仕込みが遅れていて、やっと今開店したのか、女性店主が景気の良い声を上げ始めた。


「遅くなりましたが、居酒屋弦太郎・伽里田神社支店、ただいま開店しました!当店名物、手羽先揚げ!フライド・チキンウィング、最高ですよぉ!」


 居酒屋弦太郎

4月に、泥酔サラリーマン達と妖魔の騒動があった店。そして、その居酒屋の経営者は……

聞こえて来た、景気の良い声に「ピン」と来たクラリッタ。

目を凝らし、参道を挟んで、向かいに構えた夜店で、声を出す人物を見詰める。


「ああああ…やっぱり」


自分のこめかみに、指を添え、痛々しい表情を浮かべる。


それもそのはず。居酒屋弦太郎の出店でみせの中で、参拝客に向かい、誰よりも大きな声を掛けるのは、居酒屋弦太郎の経営者、エカテリーナ・シェノワ。

エプロン姿に、三角巾を頭に被る、最怖のヴァンパイアがなんと、「そこのお兄さん、手羽先揚げおひとついかが?」

「おばあちゃん、手羽先揚げ美味しいですよ」と、快活に声を出しているのである。


人類が最も怖れる闇の一つ、最強最悪の吸血鬼。ノスフェラトゥ級のヴァンパイアであるエカテリーナが、

「お客様命!」「お客様は神様です」と、顧客満足主義を体現していれば、それを見たクラリッタが、ウンザリするのもうなづける。

あんな人間的な姿を見せつけられて、狩れる訳が無いのだと。


「俺、何か手羽先揚げ食べたくなって来た。どうする、こよみも食べるか?」


「あっ、食べたい。食べてみたいよ」


じゃあ、俺行ってくるから待ってろよ、と、玲一は参道の反対側、居酒屋弦太郎の出店に赴く。

何度も土岐宅を訪れている、オカルト研究会メンバーは、既にこよみとも仲良くなっており、

玲一を間に置かなくても、かしましく会話に華を咲かせている。


「いらっしゃいませ♪」


「手羽先揚げ、2パックください」


「2パックですね、ありがとうございます。合計で1000円ちょうだいします」


エカテリーナ・シェノワの顔は知っている。エカテリーナも、玲一の顔は知っている。

あの騒動の後、純喫茶黙示録で、互いに顔を合わせているからだ。

だが、今回の目的は、手羽先揚げを購入するだけ。彼女がヴァンパイアだからと、騒ぐのはマナー違反。

そう考えた玲一は、まるで知らんぷりをし、客として、店の前に立ったのだ。


 ……それにしても……


周囲の賑やかな屋台、夜店、出店と、行き交う人々を見回す玲一。

あちらこちらに見える、老若男女、全ての人々の笑顔に、感化されたのか、


 ……今ごろ、設楽寺さんや、ロロも、祭りを楽しんでるのかな?楽しんでいて欲しいな……


と、知り合ったばかりで、連絡先すら知らない友人に、思いを馳せる。

すると、「お待たせしました♪」と、エカテリーナが声を掛ける。

最高の笑顔で、玲一に商品を渡すと玲一は、「どうも」と言いながら、軽く会釈。

揚げ立てで熱々の手羽先揚げを、こよみや仲間達の待つテントへ持ち帰った。


 この時、玲一も、そしてオカルト研究会のメンバーも、気付いていなかったのだが、

彼等を見詰める瞳、夜店から少し離れた林の中から、合計で6つの瞳があった。

殺意や敵視ではなく、あくまでも冷静に玲一達を見詰める、6つの瞳とは、

青嵐学園の生徒会長、義仲藤十郎と、生徒会副会長の橋詰佐緒里、そして、風紀委員長の君嶋ちなみ。

青嵐学園の代表格3名が、イカ焼きとたこ焼きと、焼きそばをすすりながら、

静かに…、静かに、玲一達の動向を見詰めていたのである。


「ああ…、焼きそば失敗しました。これ、作り置きの生ぬるいヤツです」


「あらあらまあまあ、ならば、こちらのたこ焼きをつまんで♪たこ焼きは熱いですよ」


「むう?土岐玲一が動くぞ」


「ハフハフ…、妹を連れ出しましたね」


「ハフハフ…、金魚すくいで立ち止まりましたね」


「こういう日は、彼奴きゃつの回りで、妖魔絡みのトラブルが起きる。そう踏んでおったが、存外平和である!」


「ハフハフ…、そうですね、平和です」


「ハフハフ…、馬鹿らしくなって来たわ、我は帰る!」


「あら、義仲様。帰る前に、買って行かなくて良ろしいのですか?クレープ」


「む、失念しておった。母に頼まれておったな、その…クレエープなる物を」


「ハフハフ…、それを言うなら、クレープです」


「……」


生徒会役員達は、何とも言いようの無い、虚無感に包まれたまま、煌々と無数の電気が輝く、夜店の中へと消えて行った。


確かに、この時点においては、平和そのものであった。すべての人々、妖魔たちが、祭りを楽しんでいた。

だが、この後に起こる大騒動において、玲一が再び台風の目になり、再び病院送りになる事を、まだ誰も知らない。

ただ、ただ一人、ドレッドノーツのウィルト女子が、ひまりに語った一言、「今日はひと騒動ある」。

これを語った本人だけが、見えていたのかも知れなかった。




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