ドレッドノーツ始動
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日本全国、いよいよゴールデンウイーク突入!
老若男女、おおよそ全ての人々が、待ち望み、待ち焦がれた、大型連休がついにやって来た。
ここ、長野市北部団地も普段とは違う、まったりとした空気の中、とあるイベントが大々的に始まり、人々の顔は、ほころんでいる。
そのイベントとはズバリ「お祭り」。古来より、北部団地一体を守護する【伽里田神社】の例大祭が開催されるのである。
本来、神社などで開催される祭りは、秋にとり行われるのが一般的。
その年の豊作と、無事終わった収穫に感謝し、祭りが開催されるのだが、ここ標高四百メートルの長野市では、
主力の農産物は稲作だけではなく、畑作も盛大に行われており、収穫時期はまちまち。
更に、リンゴなどの果樹類は、秋から年末まで過酷な収穫作業が続き、
祭りの日程を、バラバラな収穫時期に合わせるよりも、新緑の季節、田植えが始まる前の春を選び、
全ての農産物の成長を願う祭りを開催しようと、古くからこの土地に住まう人々は、そう選択したのである。
【伽里田神社】
長野市北部団地の北側を守る、巌の山「三登山」のふもとに鳥居を構える、神社。
俗に、善光寺平と呼ばれる長野盆地を、一望出来る、風光明媚なスポット。
その場所で、五穀豊穣を祈り、今年の農作業の安全を願い、北部団地全体が、テンションの上がる時期が到来したのだ。
台車付きの神輿「山車だし」を引き、街を練り歩く子供達。
その後ろに付き従い、「ピーヒャラ、トン」と、祭り囃子を奏でる青年団。
境内へと長く続く参道には、様々な屋台がズラリと並び、老若男女が集っている。
そして、最終日の夜には、生き神の伸暁真琴が、奉納の舞いを魅せるのが、恒例。
生き神様なので、自分に自分で舞いを奉納するのか?と言う、ツッコミを入れる者も、少なからずいるのだが、
宮司の伸暁家に生まれ、巫女職を生業にしている以上、次の巫女職が現れるまでは、代々続いた形式を守って行こうと言う、自治会の総意で、
彼女は、巫女服を着て、煌びやかな装飾品を身に付け、祭り最後の夜、奉納の舞いで、人々の眼を癒やす予定だ。
北部団地のアーケード商店街、そのアーケード通りの午後
ズラリと並ぶ大小様々な店舗の中に、今風とはちょっと言えない、洋菓子店、「洋菓子の加納」がある。
昭和のたたずまいを残す、スウィーツやパティシエと言う単語の似合わない、くすんだ店ではあったが、これがまた、今時の洒落た店に全く負けていない。
連日大盛況で、昭和の時代から、この街に住む人々の、「甘味」に対する欲求を、しっかりと満たして来ている老舗であった。
そんな、閉店時間前に、当たり前の様に、「品切れ閉店、ご容赦願います」の看板がかかる、
地元の人気店の外に、木製のテーブルと、パイプ椅子が数個置かれている。
店側が「カフェテラス」を意識して、設置したのであろうが、食卓で使っていた様な、家庭臭漂うテーブルが設置されている。
さすがに、カフェテラスと呼べるセンスは醸し出せなかったのだが、その昭和臭カフェテラスでさえ、
毎日午後になると、頻繁に利用されるほどに、この店は人気があったのだ。
ゴールデンウィーク真っ只中そして、伽里田神社のお祭り当日、この「洋菓子の加納」のカフェテラスに、土岐玲一の姿があった。
テーブルには玲一の他に、二人の男女、加納とクラリッタの姿が。
「スウィーツが食べたいから、玲一付き合え」と、クラリッタから半ば強引に、引っ張り出されてしまい、
店の手伝いをしていた加納も休憩がてら、三人一緒に、甘い物を囲んでの、ティータイムとなったのだ。
「リンゴ、苺、そして杏。今日はタルトづくしで幸せ♪」
「さっき、昼食べたばっかりなんだろ?良くもまあ」
苦笑する加納に向かい、「別腹とか言い訳はしないけど、美味しいんだからしょうがないじゃない」と、軽く憤慨しつつも、
加納家お手製の、フルーツタルトを誉めるクラリッタ。
お母さんにも教えようと、すっかり「洋菓子の加納」気に入っている様だ。
ひるがえり、クラリッタに無理矢理連れ出された玲一は、紫乃が作ってくれた「デラックスカツ丼」を完食し、胃は既に限界点ギリギリの状態。
お腹をさすりながら、コーヒーを飲むのが精一杯の有り様である。
そして加納は、遅い昼休みなので、スウィーツとはかけ離れた、おにぎり弁当を、ポットのお茶で流し込んでいる。
「しかし、偉いな加納。休日はいつも店の手伝いなのか?」
「いや、普段は手伝ってなんかいないさ。忙しい時だけ、な」
「ねえ、行く行くは家を継ぐの?」
「兄貴がいる。今は東京で修行中だが、いずれこの店を継ぐ。俺は大学行って、土木工学を学ぶ積もりだよ」
「すごいな加納、もう将来を見据えてるのか」
「確かに、この国はのこれからは、土木技師が必要になって来るわね」
「俺はまあ…、固い線がお似合いかも知れんが、土岐、お前はどうするんだ?」
「俺は…」
照れ笑いで誤魔化しながら、玲一は未だ、自分の将来について、何のプランも立てていない事を告白する。
高槻邸での生活は順調だが、玲一の人生設計プランは元々、義務教育が終わったら即、就職して、
こよみが幸せな将来を得る為に、ひたすら働き続ける積もりでいた。
玲一のアルバイトは禁止され、生活資金は全て高槻から支払われている今現在、確かに時間の余裕も出来たし、学業に専念すると言う道も見えた。
だが、道が見えたからと言って、近い将来も今の立場を維持していられるかどうかは、いささか疑問である。
高槻家檀家衆が、自分の進路について、再び介入して来る可能性は否定出来ない。
つまり、高等部を卒業した後、就職すべきなのか、それとも、大学進学を目指すべきなのか、全く見えて来ない。
そして、大学進学を目指すとすれば、学費はどうすれば良いのか?高槻が出すのか?それとも、父母の遺産又は、自分が稼いで来たお金からか?
だが、それよりもまず、自分自身は、これからどうしたいのかが、全くわからない。それが一番の問題である事に間違いは無い。
頭が真っ白なんだと、二人に告白する玲一。
だがそれは、考える事を辞めた結果の「結論無し」ではない。考えてはいるが、まるで結論が出ない状態なのだ。
それを聞いた、クラリッタと加納は、玲一を馬鹿にしたりはしなかった。
むしろ、まだ結論を出すべき時期じゃない、色んな経験をして、ベストな結論を出す為に、ベターな行動と判断をと、玲一を励ます。
「でも、芸能界に入って、アイドルデビューとかはやめてね」
「はあ、なんじゃそりゃ?」
「玲一、イケメンだから、ライバル増えるのはヤダ」
「……面と向かって、そゆ事は言わないようにね」
笑いに包まれる、昭和のカフェテラス。
しらかば通り大乱闘事件の際、覚醒を始めた迦楼羅を阻止する為に、クラリッタは玲一に対して、ファーストキス連打と言う、ロマンスの欠片も存在しない、黒歴史を作った。
幸い玲一に、迦楼羅覚醒時の記憶が全く無い事で、クラリッタはひたすら沈黙しているのだが、
どうやら、玲一に対する彼女の気持ちは、日増しに増大している様で、「今度こそ、しっかりとしたロマンス溢れるシチュエーション」を、虎視眈々と狙っている模様である。
また、それを全て知っている加納は、余計な事を一切喋らず、クラリッタと玲一の関係は、流れに任せていると言った風。
ししゃり出ず、からかいもせず、好きにやれば良いと、成り行きを見守る彼は、一番大人であり、紳士であったとも言えた。
「ところで、土岐。その…手に持ってる花は何だ?」
加納もクラリッタも、玲一が来た時から不審に思っていた事。
何故か、玲一は手に小さな花を一輪持って現れ、会話の最中も、チラチラと花を見ては、不思議そうな顔を繰り返していたのだ。
ピンク色の、手のひらよりも小さな、一輪の花。光の当たる角度によっては、微かに虹色に輝く花びら。
その花が、どんな種類のどんな花なのかは、秀才の加納も、男性よりも知識がありそうなクラリッタですら、全くわからないでいた。
玲一が花を持っている事さえ、違和感丸出しなのだが…。
「最近、朝…、必ず玄関前に落ちてるんだ」
聞けば、最近、毎日の様にその花は玄関前に置かれ、
妹のこよみと一緒に図鑑を見ても、ネットで調べても、全く名前も種類も、わからないのだと言う。
「綺麗だから飾ろうよ」と、こよみが花瓶に一輪挿しすると、次の日にはその花は、跡形も無く消えているのだそうだ。
「消えると、次の日に玄関前に補充され、そしてその繰り返しの毎日…ねえ」
「嫌な空気は感じないから、イタズラや、嫌がらせじゃないとは思うんだけど」
「その現象が始まった、正確な時期は?」
むうう…、と、考え始める玲一。
もしかして、見逃していたかも知れないがと、前置きし、泥酔サラリーマンにぶん殴られた事件の頃と、加納に答える。
そして、玄関前でその花に気付いた際、何かしら、小さな存在の気配も感じたと。
「妖魔絡みかもね。歓迎されてるって事じゃないの?」
「クラリッタの言う通りだな。ただ、その花が一体何なのかは、調べた方が良い。もしかしたら、第三勢力側の引き込み工作かも知れんからな」
「引き込み工作?」
「オカルト研究会に所属しているとは言え、君は今、中立を貫こうとしてる。まあ、俺にはそう見えるだけなのかも知れんが」
「そうね、加納の言う通り。私にも玲一はそう見える。だからこそ、立ち位置をはっきりさせたい連中が、何かを企んでも、おかしくないわ」
「そこまで…深刻な話なのか?」
肩をすくめ、ウンザリ顔の玲一。加納は笑いながら、玲一の背中を軽く叩いた。
「まあ、知らぬ間に泥沼にハマるより、杞憂で終わるなら、息災って事だよ」
「あ!真琴さんなら、花の事知ってるかもね」
「あ、そうか。真琴さんに聞いてみよう」
善は急げとばかりに、ガタンと勢い良く、パイプ椅子から立ち上がる玲一。
すると、クラリッタと加納が苦笑しながら、玲一を制した。
「玲一、私まだ食べてる途中なんですけど」
「あ、ああ。ごめん」
「今はやめとけ。真琴さんなら今、巫女の仕事でてんてこ舞い。合うなら、祭りが終わった後、最後の奉納の舞いが終わった後だな」
「あ、そうか!真琴さん今…」
「閃いた!ねえ、夜になったら、みんなでお祭り行こうよ。夜店とか行ってみたい!」
時刻は同じくして、場所は【喫茶 黙示録】
八百万組合の出先機関は、青嵐学園のオカルト研究会に代表される様に、無数に存在している。
ここ喫茶黙示録は、その様々な出先機関と八百万組合との、連絡や中継場所にして、
オカルト研究会の大人版とも言える、武闘派ユニット【ドレッドノーツ(命知らず達)】の、溜まり場兼、窓口にもなっていた。
その、昭和の哀愁漂う喫茶店のボックスシートに、二人の女性客が、かしましく会話を重ねている。
一人は、青嵐学園3年A組で、オカルト研究会の部長。氷見ひまり。
艶やかな黒髪ロングで、黒眼鏡の似合う女子高生なのだが、
今日は私服ではなく、既に神父服を着て、エクソシストの立場で、臨戦態勢をとっている。
そして、もう一人は、気品漂いながらも、それを凌駕するほどに色気立つ、妖艶な大人の女性。
もう季節は晩春なのだが、フォーマルドレスの上に、リアルファーのコートを羽織り、白いキツネのマフラーを首に巻く、全く季節を感じさせない、異様ないでたちの女性。
優雅にロシアンティーの香りを楽しみながら、氷見ひまりの、憧れの視線をたっぷり浴びつつ、優雅に受け答えしている。
「長い護衛役、お疲れ様でした。もう、対象の二人は、安定したんですか?」
「うふふ、多分今頃…地脈の恩恵を受けて、温泉気分でまったりしてるんじゃないかしら」
「って事は、その内飽きれば…」
「そうね、またケンカを始めるかも知れないわね」
クスクスと笑うその女性。ひまりはその女性を、ウィルトさんと呼びながら、雑談から、今日の話題へとシフトする。
「夕方5時より、夜店が開店を始めます。それに合わせて、私とお菊さんが、見回りを開始します」
「あら、新人の三名は同行しないの?」
新人の三名とは、話に聞いていたオカルト研究会の新入部員。玲一達の事である。
「彼らにも手伝って貰おうとも思ったのですが、まだ彼らの歳なら、祭りを楽しんで貰いたいな…とも思いまして」
「そうか。てっきり、第一線で活躍してるものだと思っていた。それにしても、君は優しいな」
「いえいえ、まだまだ彼に、彼らに活躍して貰うのは先の話。これくらいの事は、自分でしないと」
「だが、ちょっとだけビジョンが見えたのだが…。どうやら今日、ひと騒動あるかも知れない」
「騒動…ありますか?」
ひまりの表情はこわばる。騒動とはもちろん、妖魔と人間とのトラブルの事。
一年を通じて、北部団地において、一番賑やかなこの日は、人間や妖魔を問わず、気持ちが緩む連中が出て来ても、何ら不思議ではない。
「ケンカは祭りの華」とは、良く言ったもので、そう言うトラブルを楽しみにしている者も、少なからず存在するのである。
「ならば、警戒を怠る事無く、ここへの連絡を、密にします」
「うふふ、いや、良いよ。ひまりも今日ぐらいは、ゆっくりなさい。まだ年頃の女の子なんだから、好きな男の子と夢中にる時間だって、大切な時期なのよ」
「ぐうう…、胸が痛い」
「あら、私変な事言った?」
「いえ、おっしゃる事は理解出来ます。しかし…」
「ああ…、なるほど。踏み込んだ発言はもうしないけど、仕事もほどほどに、良い人探しなさい。案外人生は短くて、気付いた時は、孤独を親友に賞味期限切れ。そうならない様にね♪」
「き、肝に命じます」
「と、言う事で、ひまり達の今日はオフ。私達で、対応します」
「はぁ」
気の抜けた返事で、ウィルトの提案を飲み込むひまり。
そう、ウィルトとは、オカルト研究会の大人版、八百万組合と外界とのトラブルシューター、
「ドレッドノーツ」のメンバー、3人の内の1人なのだ。
女性で「ウィルト」と呼ばれる事に、違和感を覚える者もいるであろうが、あくまでも「ウィルト」とは、彼女の名字・ファミリーネーム。
ファーストネームを知られる事で、彼女のルーツが、明確になるのを防ぎ、自分の正体を、ぼやかしているのかも知れない。
そのウィルト女子が、ひまり達オカルト研究会に「休息」を提言し、ひまりはそれを受け入れた。
いよいよ、彼女……ウィルトを先頭に、ドレッドノーツのメンバーが、明るみになる。
ドレッドノート (命知らず)の複数形、ドレッドノーツの三人組。
果たして、八百万組合のトラブルシューターとは、一体どんな人物達なのか。




